小売業で注意したい法務のポイントについて弁護士が解説!

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【ご相談内容】

当社はもともと事業者向け卸売業を行っていたのですが、昨今の社会情勢を踏まえ一般ユーザ向けの小売業にも進出することになりました。商品を仕入れて第三者に売るという点では卸売業も小売業も異ならないとは思うものの、販売先が事業者と一般ユーザとでは取扱いや考え方が異なるかと思います。

一般ユーザ向け小売業を行うに際しての法務課題などの注意点を教えてください。

 

 

【回答】

一口に小売業といっても、100円ショップに代表されるような安価な消費財を商品として大量販売する形態もあれば、自動車のような最低でも数十万円以上はするような商品を販売する形態まで幅広く存在します。このため、商品の特性に応じて法務課題も微妙に変わってくるのですが、以下では、複数の小売業の顧問弁護士を務める執筆者が、商品の特性に関わらず、一般的な小売業であれば必ず直面すると考えられる法律問題について解説を行います。

なお、小売業にはEC(eコマース)事業も含まれてきますが、これについては除外しています。EC(eコマース)事業については次の記事をご参照ください。

 

EC(eコマース)事業者が注意したい法務のポイントについて弁護士が解説!

 

 

【解説】

 

1.概説

小売業において人に関する問題を検討した場合、規模が大きくなればなるほど非正規従業員の占める割合が増加するという傾向が強くなります。このため非正規従業員にまつわるトラブルが起こりやすい環境であることに注意が必要です。また、近時は利用客からの理不尽なクレーム対応についても検討を行う必要があるとされています。

物に関する問題については、成功を左右する立地場所に関する法律問題を意識することは当然のこととして、商品の流通にまつわる法律問題、例えば代理店制度、PB商品や輸入品の取扱い、ネット通販への進出等に関連する法務課題を検討しておきたいところです。

お金に関する問題については、即時現金決済が少なくなりつつある状況下でキャッシュフロー経営を意識しつつ、未回収問題や本来業務と外れたところで生じる費用負担への対処法につき考えておく必要があります。

情報に関する問題については、利用客に来店動機を促すための情報(広告)戦略に関する法務課題を確認するべきです。例えば個人情報の取得と利活用、ポイント等の付与、宣伝広告内容の適法性などが中心的課題となります。

以下では、人に関する問題、物に関する問題、お金に関する問題、情報に関する問題に分けたうえで、具体的な法務課題への対応方針につき解説を行います。

 

 

2.人に関する問題

 

(1)均等待遇・均衡待遇(日本版同一労働同一賃金)

コンビニエンスストアやスーパーマーケット等に代表される小売業においては、非正規従業員の方が多く、中には正社員と同等以上のパフォーマンスを発揮していることもあります。ただ、正社員と非正規従業員とでは賃金格差をはじめ勤務条件や福利厚生などの待遇差が大きく、従前より問題視されていました。そして、一連の働き方改革に関する議論により、2020年4月1日より中小企業においても均等待遇・均衡待遇(日本版同一労働同一賃金)が導入されたことは、どこかで聞いたことがあるかと思います。

2020年は新型コロナの流行による社会的混乱もあったため、均等待遇・均衡待遇に関連したトラブルが急増したわけではないようです。しかし、執筆者が知る限り、多くの中小企業では、正社員と非正規従業員との待遇差を踏まえた対応(待遇差が発生する合理的根拠の整備、待遇差説明義務への準備など)ができていないように思います。今後、新型コロナによる影響が限定的となり社会的混乱が収まってきた場合、働き方改革により導入された非正規従業員を守るために整備された法改正に関連したトラブルや紛争は激増するのではないかと予想されるところです。

正直なところ、働き方改革により導入された法制度について、中小企業が一挙に導入することは現実的に難しいところがあります。ただ、難しいからといっていつまで放置するわけにはいきません。特にこの種の問題は、一労働者だけの問題にとどまらず、同僚等の他の労働者にも影響を及ぼしますし(例えば、複数の労働者が差額賃金の支払い同時に要求してきた場合、相当な金額となり会社存続の危機となることもあります)、数珠つなぎのように一気にいろいろな労務問題が噴出して収拾がつかなくなることもあります。今からでも少しずつ、できることから始めていくことでリスクを軽減することが肝要です。均等待遇・均衡処遇に関する問題について何から始めるべきなのか対策の優先順位や、就業規則等の社内規程の整備、従業員向けへの説明のやり方等について、弁護士と継続的な関係を構築しながらある程度時間をかけて進めていくべきです。

 

(2)雇止め

非正規従業員についてはもともと雇用の調整弁といったところがあり、小売事業者の経営状況が悪化した場合、人件費削減の一環として非正規従業員の雇用を打ち切るという対策を講じることが通常です。

たしかに、整理解雇の裁判例の中には、正社員よりも先に非正規従業員の雇用解消を進めるべきと指摘するものも存在しますので、上記のような対策は直ちに間違いとは言えません。しかし、非正規従業員の中には、契約更新を繰り返すことで相当長期の勤務となり事実上正社員と同視できる者がいたり、もともと小売事業者より長期雇用を前提にした説明を受けて勤務を行っている者もいたりします。このため、非正規従業員における雇用期間が終了(満了)したから、形式的に退職させてもよいと法律上は扱われていません(労働契約法第19条)。いわゆる雇止めと呼ばれる問題ですが、この問題については、雇用契約を打ち切る前の段階から適切な対策を順次行っていかないと、後で雇用契約の打切り無効で争いとなった場合、かなり厄介(時間、労力、費用等の負担が大きい)なことになりますので注意が必要です。

なお、最近では、非正規従業員の無期転換が絡む雇用契約の期間満了による打切りトラブルが増加傾向となっているようです。これも雇止めの問題の1つとして対策を講じる必要があります。

非正規従業員を契約期間中に辞めさせることは解雇となりますので、なかなか難しいことは小売事業者も理解していることが多いのですが、契約期間が満了さえすれば簡単に止めさせることができると考える小売事業者はまだまだ多いと思われます。残念ながら、この問題については、小売事業者が常識と考えることとは真逆になる方向で、法律による大幅な修正が入っています。したがって、決して安易に考えず、本当に問題がないのか、問題が起こりそうであれば今からでもできる対策はないのか等を含め、必ず弁護士と相談し、できる限りの対応を行うべきです。

 

(3)シフト制

24時間営業をはじめ小売業の場合、1日当たりの営業時間が長時間となることが多い業態となります。一方で、労働基準法では1日当たり8時間以内での勤務を原則としていることから、一従業員に全ての営業時間に業務従事させることは難しいところがあります。このため、多くの小売業では勤務交代制・シフト制を採用し、特定の営業時間帯ごとで勤務する従業員を割当てて対処しています。

もっとも、交代制・シフト制については、小売事業者においてかなり誤解が多いように執筆者は感じています。

というのも、就業規則の整備や適切な労働時間理など、法律上必要となる対策が不十分なことが多いからです。また、現場実態を踏まえると、変形労働時間制を前提にしたシフト制が組まれていることがあるのですが、肝心の変形労働時間制について法律に従った手続きが行われておらず、変形労働時間制を適法に実施しているは言えないという事例も多く見かけたりします。

既にシフト制を導入し運用実績もある場合、事実上の業務ルールとなっていると考えられます。このため、いきなり法律に則った制度に変更することは現場の混乱をきたしますので、なかなか実行しづらいかもしれません。しかし、放置していても違法状態が継続するだけですし、ある日突然違法であることを指摘された場合、小売事業者としては対抗策がなく、極めて不利な状態に追い込まれます(例えば未払い賃金等について労働者の言い分通りでの支払いを余儀なくされる等)。なるべく現場実務への影響を最小限にしつつ、適法なシフト制へ移行するべく是非弁護士を活用してください。そして、適切なアドバイスを受けながら手続きを進めていくことで、将来の憂いを無くしてください。

 

(4)取引業者からの応援人員

小売業の中でも家電製品分野で多いといわれているのですが、売場にいる担当者が小売事業者の従業員ではなく、家電メーカーからの応援人員ということが結構あったりします。もちろん、小売事業において、売場の人員配置につき小売事業者の従業員で全て埋めなければならないという法律上の規制はない以上、家電メーカーの応援人員が担当すること自体は問題ありません。

問題となるのは、応援人員を出すことを小売事業者が家電メーカー等に強要していないか(応援人員に要する人件費は家電メーカー等が負担することが多い)、売場における応援人員への指示等が必要以上に細かく行われ、使用従属性を満たすのではないか(=小売事業者の労働者と同視できないか)という点です。

前者については独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当しないか等を検討する必要がありますが、人に関係する問題ではないことからいったん検討対象から外します。後者については、使用従属性を満たすような指揮命令が行われているとなると偽装請負の問題に発展することになります(労働者派遣法違反)。

応援人員については、小売業者にとっては不足しがちな売場人員を確保できるメリットがあり、家電メーカー等にとっては自社製品を売るために利用客と接触できる機会を得られるメリットがあり、基本的には両者にとってメリットが大きいといわれています。したがって、小売事業者側もついつい法令対応が甘くなりがちなのですが、労働基準監督署等の取り締まりが厳しくなってきていますので、注意が必要です。指揮命令に該当する指示とは何か、応援人員について偽装請負とならない他の法形式は検討できないか等については、専門的な法知識が必要となりますので、労務問題に詳しい弁護士と相談し、必要な対策を講じたいところです。

 

(5)カスタマーハラスメント

近時、利用客からの理不尽な要求が増加し、対応する現場担当者が疲弊しているという話はどこかで聞いたことがあるかと思います。小売事業の現場でも同様であり、執拗なクレームにより担当者が精神的に参ってしまったという話は、どこでも起こり得ることです。

こういった状況を行政も問題視し、厚生労働省は事業者によるハラスメント対策の一環として、カスハラ対策を行うよう指導することを表明しています。したがって、小売事業者としては重要な経営課題としてカスハラ対策を認識、対処する必要があるのですが、通常の顧客対応とクレーマー対応をどのように峻別すればよいのか、毅然とした対応に逆切れしたクレーマーがSNSに一方的な投稿を行うことで風評被害が生じることが怖い、本当に小売事業者に責任がないと断定して対処してよいのか自信を持てない、等々の悩みも多いと聞き及びます。

上記のような問題は、単純に法律論だけでは物事は解決できないことを知る弁護士を味方につけ、いつでも相談ができる体制を構築しておくことがポイントとなります。特に裁判外交渉を多く扱い弁護士であれば、交渉術を含めたアドバイスを行うことが可能となりますので積極的に利用するべきです。

なお、クレームにおける初動対応については、次の記事もご参照ください。

 

クレームを受けた場合の初期対応のポイントを弁護士が解説!

 

 

3.物に関する問題

 

(1)開店場所に関する契約

小売業の場合、一昔前であれば駅前商店街、現在はショッピングモールや大型スーパー内、最近では駅ナカなど、時代やニーズに応じて様々な場所で出店を実行します。そして、通常は小売事業者が所有する不動産で開店するのではなく、他人より店舗を借りて出店します。

ところで、店舗を借りる場合、一般的には賃貸人と賃貸借契約を締結します。賃貸借契約は比較的見慣れた契約であるためか、じっくり検討しない小売事業者もいたりするようです。しかし、例えば、物件の使用目的が適合しているか、賃料額や支払い条件が複雑になっていないか、内外装工事について指定・拘束があるのか、中途解約が可能か・可能であるとして条件はどうなっているのか、契約更新は可能か(定期建物賃貸借契約になっていないか)、原状回復義務はどこまで負担するのか等々、小売事業者に影響を与えうる契約条件は色々とあります。なかなか小売事業者自身が読んだだけでは認識できないリスクもありますので、是非弁護士に賃貸借契約書のチェック依頼を行ってほしいところです。

次に、最近の物件契約について、借地借家法が適用されるのか判別が難しいというタイプが増えてきているようです。例えば、大型スーパーや駅ナカ等のフロアの一部分を借りて小売業を行う場合(外見的にはスーパーの一コーナーになっており、独立スペースとなっていない)などは、借地借家法の適用を否定する裁判例も存在します。賃借人の立場としては、借地借家法の適用があるほうが断然有利なのですが、同法の適用が無いと想定される場合、契約条件については更に厳密に精査しないことには、ある日突然小売事業を行えなくなる等の具体的不利益を被る可能性も出てきます。借地借家法の適用の有無や適用が無い場合の契約書チェック依頼についても、是非弁護士を利用してください。

さらに、一般的な賃貸借契約の場合、賃料は月額固定で支払う必要があるのですが、ショッピングモール等の場合、最低賃料を定めたうえで、さらに月間売上高に応じた変動賃料が上乗せされるという契約条件も存在します。計算方法が複雑であったり(値引き売上分は控除されるのか等)、賃料が事実上変動費になる等キャッシュ上の影響もあったりします。ショッピングモールとの契約書はかなり複雑ですので、必ず弁護士に確認してもらい、何が定められていてどういったリスクがあるのかにつき、出店前に十分把握しておきたいところです。

小売業は立地選定1つで成否が決まると言われるくらい、開店場所が重要となります。ただ、せっかく都合の良い開店場所を見つけても、契約条件に色々と問題がある場合、事業の成功はおぼつきません。是非弁護士に店舗開店に関する契約書のチェック依頼を行い、リスクの把握、契約条件修正のための交渉、リスクの転嫁方法等のアドバイスを受け、事業を進めてください。

 

(2)代理店契約・特約店契約

例えば衣服の小売業の場合、老若男女を問わずかつインナーからアウターまで幅広く取り揃えている総合衣料店もあれば、特定のブランドのみ取扱うブティック(専門衣料店)まで様々なタイプがあります。そして後者の場合、特定のブランドを取扱うために、単なる仕入(売買)契約ではなく、代理店契約や特約店契約と呼ばれる契約を締結することが通常です。

さて、この代理店契約や特約店契約ですが、代理店契約の場合は媒介型(顧客を紹介し手数料を得ることで利益を出すビジネスモデル)、特約店契約の場合は転売型(商品を仕入れ、顧客に販売することで、仕入れ販売差額で利益を出すビジネスモデル)と認識されている事業者が一定数いるようです。しかし、法律上はこのような定義づけはされていません。したがって、代理店契約と称していても転売型の場合もありますし、逆も然りです。契約のタイトルではなく、契約内容をよく確認する必要があります。また、媒介型の場合、顧客と直接の契約関係には立たないものの、商品売買後も事実上の窓口として顧客と接点を持つことを考慮し、アフタフォーロー等をどこまで行う必要があるのか等の役割分担を契約上明確にすることも重要となります。一方、転売型の場合、顧客と契約関係に立つとはいえ、不具合等の修理については直接の対応を小売事業者が行えるわけではないことを踏まえ、顧客へ売渡した後のクレーム対応について契約上明確にしておく必要があります。

その他にも代理店契約や特約店契約を結ぶ小売事業者において、留意していただきたい事項は色々とあります。契約書に書かれている内容を正確に理解するため、本来定めるべき事項が書いていない場合の対処法、契約条件の修正交渉のやり方等については弁護士に相談し、確実な対策を講じたいところです。

 

(3)PBブランド

大型小売事業者を中心にプライベートブランド商品が多く流通するようになってきました。プライベートブランド商品については、一昔前であればナショナルブランド商品より安価であるといった点が主な特徴だったのですが、最近では高付加価値を謳うプライベートブランド商品も出現しており、単なる値段の問題だけではなくなってきています。

さて、メーカーや卸売り事業やより仕入れて顧客に販売するというスタイルの小売業の場合、どうしても値段競争に巻き込まれてしまいます。そこで、中小の小売事業者であっても、その独自性を出すべく、プライベートブランド商品を取扱うことが多くなってきました(特に中小の小売事業者が連携し、共同開発する事例が増加しています)。もっとも、小売事業者の場合、商品企画をどうすればよいのか、原材料の調達はどこで行うのか、製造工場はどうするのか、生産・品質管理はどうやって行うのか、物流及び倉庫管理はどうすればいいのか等々のノウハウや知識を持ち合わせているわけではなく、どうしても第三者に業務委託する必要があります。第三者に委託する以上、何らかの契約を締結することになるのですが、例えば第三者に対して競業商品の取扱いについてどのような取り交わしを行えばよいのか等については、専門的な知識とノウハウを前提にした交渉が必要不可欠です(第三者からすれば、他のクライアントとの関係もありますので、競業商品を一切取扱わないとする契約条件を受け入れることは困難であるため)。1つのプロセス・工程に不具合が生じると商品が出来上がってこないという重大な問題に直面します。1つずつ丁寧かつ慎重に条件を決めつつも、プロセス・工程全体を鳥瞰しながらの検証は小売事業者のみでこれらの検証を行うことは難しいことから、継続的に弁護士と相談しながら必要な対応を行うべきです。

なお、プライベートブランド商品の場合、小売事業者が製造業者となる場合もあるため、PL(製造物責任)対策についても忘れずに対処したいところです。

 

(4)輸入品の取扱い

近時はインターネットを用いて簡単に海外商品を入手することが可能となりました。このため、輸入品を取扱う小売事業者が増加傾向にあります。

ところで、輸入品を取扱い場合に対策が疎かになっていることが多いのがPL(製造物責任)対策です。すなわち、日本のPL(製造物責任)法では、輸入品の場合、輸入者が製造業者として取り扱われることを失念している小売事業者が多いということです。万一、輸入品に何か欠陥等があることで怪我や商品以外の物に被害が及んだ場合、輸入した小売事業者がPL(製造物)責任を負うことになることは要注意です。

日本の消費者向けの取扱説明書の作成、パッケージの適正表記、適切なPL保険の加入など様々な検討事項があります。輸入品を取扱いに際しても弁護士に是非相談してください。

 

(5)インターネット通販への対応

これまで実店舗で小売業を行ってきた事業者にとっても、顧客ニーズに応えるためにはインターネット通販への参入は必要不可欠な状況になってきています(なお、取扱商品によっては、製造業者側よりネット通販での販売を自粛するよう要請されることがありますが、これについては小売事業者として別途対策を講じる必要があります)。

さて、実店舗の場合、顧客を五感の作用により確認しながら対応できる(例えば見た目で未成年者か否かある程度判別できるなど)という特徴があるのに対し、インターネット通販の場合、小売事業者と顧客とのやり取りは原則視覚情報(文字・図表、画像など)のみとなり、全ての五感の作用による接客対応は不可能です。

そして、法律も文字等を用いた視覚情報のみのやり取りがインターネット通販の世界であることを前提に、実店舗での販売では考えられないような様々な規制を及ぼしています。例えば、特定商取引法に基づく表示の義務化や支払い決済に関する規制などです。あえて例えるのであれば、異業種に参入したくらいの気持ちでないと、インターネット通販は業務対応が大きく異なってきます。インターネット通販を行うためのWEB制作契約やインターネットモールへの参加規約、顧客との取引条件(約款)の作成、WEB上で表記するべき事項の確認など、実店舗営業では考えもしなかった様々な事項に対応する必要があります。必ず弁護士に相談し、必要十分な対策を講じた上で、インターネット通販への参入を果たしてほしいところです。

ちなみに、インターネット通販を行うに際しては、次の記事もご参照ください。

 

・ネット通販事業者が知っておきたいネット通販に関する法規制とは?弁護士が徹底解説!

 

・EC(eコマース)事業者が注意したい法務のポイントについて弁護士が解説!

 

 

4.お金に関する問題

 

(1)決済手段と資金繰り

実店舗での小売業の場合、高額商品の場合はともかく、基本的には現金決済が多く、商品販売と同時に入金されるという点では、他の業態と比較すると未回収リスクが少ない業態と言えました。

しかし、最近ではキャッシュレス化が進み、利用客による決済方法として、従来からあるクレジットカードはもちろん、電子マネーやスマホ決済など様々なものが用いられるようになりました。この結果、小売事業者が実際に現金を取得できるタイミングが商品販売より遅れること(通常は1ヶ月前後)が多くなり、実店舗による小売事業者といえども数ヶ月分の経営資金を確保するといった資金繰りが求められるようになっています。なお、キャッシュレス決済を導入した場合、手数料名目の費用が控除されることから、売上額全額を取得できるわけではないことも注意が必要です。

また、ショッピングモール等へ出店した場合に多いのですが、店舗販売による売上金全額がいったんモール運営者に預託され、後日テナント料等を控除した残額が入金されるという出店条件の場合もあります。2ヶ月程度後になって入金されることが多いことから、やはり数ヶ月分程度の経営資金を保有しておかないことには、モールでの店舗運営は立ち行かなくなるリスクがあります。

顧客の利便性を考慮すると、従来のような現金商売は成り立ちにくい環境であることを小売事業者も認識する必要があります。資金繰りというと税理士への相談と思われるかもしれませんが、例えば、決済事業者との取引条件の確認やリスクを踏まえた転嫁方法、資金繰りを確保するための他の取引業者との条件整備や交渉の進め方等については、むしろ弁護士の方が情報及びノウハウを持ち合わせています。資金繰り・キャッシュフローに関する相談も弁護士に是非お声掛けください。

 

(2)サブスクリプション方式と未回収金

小売事業において、近時注目されている販売手法としてサブスクリプション方式と呼ばれるものがあります。もともとは、定額の料金を毎月支払ってもらう代わりに、一定範囲内のサービスを自由にいくらでも利用できるという形式で始まったようなのですが、小売業の場合、「定期便」と称するなどして、毎月定額の料金と引き換えに一定の商品を定期的に配送するという形式で用いられています。

ただ、このサブスクリプション方式について、特にインターネット通販ではトラブル事例が増加しているとのことで、特定商取引法の改正(定期購入に関する表示義務など)が行われたり、罰則導入の検討がされたりするなど現在進行形で規制が強化されていることに注意が必要です。また、小売事業者がサブスクリプション方式を導入する場合、毎月支払う金額は定額であることはもちろん低額に抑えつつ、後払い決済を選択することが多いようです。このため、代金未回収が多発しつつも、1件当たりの未回収額が低額であるため、費用・労力・時間をかけてまで回収手続きを行うことを躊躇し、結局は泣き寝入りするという事態が生じています。

このような低額の債権回収についても、どこまで回収手続きを行うのかを予め合意しておくことで、弁護士に対して債権回収手続きを依頼することも可能です。執筆者も通販事業者からの依頼に基づき、数千円から数万円程度の債権回収手続き受託し、数年にわたって相応の回収成果をあげた実績を持っています。低額だからと諦めることなく、弁護士と相談しながら費用対効果の高い回収手続きを実行してほしいところです。

 

(3)協賛金等

小売事業者にとっては、協賛金等をもらう場合もあれば、支払う場合の両方を検討する必要があります。

まず、小売事業者が協賛金等の名目で何らかの利益を得る場合ですが、商品製造業者が小売事業者に対して販売促進活動の一環として支払いを行うことが多いようです。例えば、小売店内において、利用客に目立つような特設コーナーを設置してもらう、お薦め商品として利用客に説明してもらうといったものや、一定期間内に一定の販売数を超えた場合に支払いを行うといったものです。なお、小売業者が商品製造業者より一定数を確保して定期的に仕入れる場合のリベート(割戻し)も協賛金の一種と言えます。小売事業者が商品製造業者との間で協賛金に関する取り決めを行うこと、それ自体は原則問題ありません。但し、取引上のパワーバランスとして、小売事業者が商品製造事業者よりも強者である場合には独占禁止法上の優越的地位の濫用等の問題が生じえます。また、小売事業者が、協賛金を支払う商品製造事業者の商品ばかりを利用客に勧めてきた場合、利用客から不信を買うことはもちろん、勧誘内容によっては景品表示法違反の問題も出てきます。

一方、小売事業者が協賛金等を支払う場面としては、利用客にモニターとなってもらう場合での対価や、一定数量の購入を約束している利用客に対する割引などが典型例です。このような協賛金を小売事業者が支払うことも原則問題ありません。しかし、上記でも記載したように取引当事者間でのパワーバランスに偏りがある場合、小売事業者として不本意に協賛金等を支払うことになりかねませんので、優越的地位の濫用の問題として処理ができないか検討を行う必要があります。また、一定の市場支配力を有する小売事業者が、他の小売事業者を排除する目的で協賛金等を支払う場合、独占禁止法上の問題(排除条件付取引など)が生じる可能性があります。

協賛金やリベートという言葉は、何だか裏取引でのお金の流れのよう当然に違法性ありと考える方もいるようですが、法律上は原則適法です。但し、一定の限界があるのも事実です。現場実務を運用する上で気を付けなければならない限界基準はどこに設定すればよいのか、協賛金を支払う商品製造業者の顔を立てつつも一方で利用者の信頼を失わない宣伝広告活動の方法などについては、小売業の現場実態と専門の法律知識を持つ弁護士に相談し、必要な対策を講じるべきです。

 

(4)万引き等の迷惑行為への対策費用

実店舗で営業する限り、残念ながら商品を勝手に盗み出す者や、販売商品を汚したり壊したりする者がどうしても発生してきます。そして、こうした迷惑行為者を現行犯で取り押さえた場合、何らかの被害弁償の申入れがなされることがあります。

ある程度の規模の小売事業者になると、迷惑行為者からの被害弁償は一切受け付けない方針(刑事罰による処分を望む)をとるところもあるようです。一方で被害弁償の申入れを受けて示談交渉に臨むという小売事業者も存在すると思われます。さて、この場合に問題となるのが、いくらで金銭的解決を図ればよいのかという基準についてです。理屈の上では、盗み出した商品の販売相当額を弁償してもらえれば、最低限の損害賠償は受けたことになります。しかし、これを超える金銭の支払いを受ける場合、実は法律上の損害として算定することが難しかったりします。世間一般で言う(警察への)口止め料については、法律上の損害ではありません。このため、相場があってないようなところがあり、小売事業者としてどの水準で解決すればよいのか分からないという声は意外と多く聞きます。なお、相場ないからと言って、あまり高額な金額を吹っ掛けると、後日迷惑行為者より恐喝や強要を受けたというクレームを受ける場合がありますので要注意です。

上記のような事例の場合、迅速かつ適切な現場対応が必要です。事前の現場教育はもちろんのこと、何かイレギュラーな事態となった場合の現場からの相談先の確保が重要となります。対応方針のマニュアル化や教育指導のやり方について弁護士と一緒に実施する、緊急時にアドバイスを受けるための弁護士を確保することが重要となります。

 

(5)損害賠償(求償)

小売事業者が取扱う商品について何らかの不具合があったため、当該商品の購入者等に対して小売事業者が何らかの金銭賠償を行った場合、小売事業者は商品製造事業者に対して損害賠償請求を行うことになります。

ただ、この損害賠償請求を行うに当たり、例えば商品製造事業者が海外メーカーであった場合、法制度の違い等もあり一筋縄で対処できません(こういった場合、損害保険でカバーする方がむしろ多いかもしれません)。また、小売事業者が商品に不具合・欠陥があると判断しても、商品製造事業者が不具合・欠陥を認めないため損害賠償に応じないということも現場ではありうる話です。こういった場合、商品製造事業者に対して、どこまで時間・労力・費用をかけて責任追及するのか小売事業者において検討することになりますが、高度の法的専門知識を必要とします。また、今後の商品製造事業者との取引にも何らかの影響を与えることも考慮する必要があります。

戦略的な交渉が必要となりますので、弁護士と常に相談しながら方針を定めて対処していきたいところです。

 

 

5.情報に関する問題

 

(1)顧客情報の利活用

実店舗での小売業の場合、利用客にリピーターになってもらい、繰り返し商品を購入してもらうことが事業戦略上きわめて重要となります。一昔前であれば新聞の折り込みチラシやテレビCMによるマス訴求が主流だったのですが、最近では、電子メールやLINE等でプッシュ型広告を配信したり、Twitter等のSNSを利用したプロモーション活動を行うといった、利用客個人に対して広告宣伝活動を行うことが主流となってきています。

この利用客個人に対して広告宣伝活動を行う場合、例えば個人のアドレスやアカウント情報などを取得することになります。この結果、個人情報はもちろん、法律上は個人情報に該当しなくても広い意味でのプライバシー情報を小売事業者は取得することになります。この点、個人情報を取得する場合には、利用目的の事前明示、利用目的の範囲内での利活用、第三者提供の原則禁止等の個人情報保護法に従った対応を行う必要があります。また、個人情報には該当しないもののプライバシー情報に該当する場合であっても、利用客よりどのような情報を取得するのか、取得した情報をどのような目的で利用するのか、第三者に提供することが予定されているのか等の事前説明と利用者からの同意を得ること

が、昨今のプライバシー問題に敏感な利用者動向を考慮すると重要になると考えられます。

個人情報やプライバシー情報の取得や利活用については、形式的には法律違反には該当しない場合であっても、昨今の権利意識の高まりからの要求や、利用客の見えないところで利活用されていることへの不安に起因した炎上騒ぎが数多く発生する事態となっています。こういった炎上騒ぎとなった事業者は軒並み謝罪に追い込まれると共に、不買運動も含めた事実上の社会的制裁を受けています。マーケティング戦略として顧客情報が重要となることは理解できますが、利用客の意識に配慮した戦略を検討する必要があります。個人情報保護法はもちろんのこと、風評被害等の実情を知る弁護士と協議し、時代の動向に応じて常に見直しを行いながら、上手に顧客情報を利活用することが肝要です。

 

(2)ポイントの付与

実店舗による小売り事業の場合、利用客への来店動機を生じさせる目的等で、商品を購入するごとにポイントを付与するといった取り組みが行われています。付与されるポイントには色々なものがあり、例えば、次回取引で値引きとして使用できる場合もあれば、一定のポイント数が貯まれば何らかの特典を受けることができるといったものもあります。

上記のような小売事業者の自主的な取り組みとしてのポイント付与の場合、原則的には法律上の規制は何ら及びません。但し、ポイントを付与してもらうために、予め対価の支払いが必要となる場合、後述(3)に記載する資金決済法に基づく規制を考慮する必要があります。また、資金決済法が適用されない場合であっても、くじ引き等の偶然性や特定行為の優劣等によってポイント付与の有無が決まる場合、あるいはポイントが利用できる対象商品が限定されている場合(例えばポイントを用いることで特定商品は値引きで購入できる場合)、景品表示法による景品規制を考慮する必要が生じてきます。

利用客より一切の対価を得ることなく、小売事業者による自主努力でポイントを付与する場合、利用客(消費者)を含め誰にも損をさせないことから法律上の規制が及ばないと考えがちです。しかし、公正な競争社会を実現するという建前もあることから、ポイント=景品に該当する場合は景品表示法による規制が及んでくることになります。景品表示法の規制を受けずにポイントを発行するにはどうすればよいか、景品表示法が適用されることを前提にしたポイント発行の場合の注意点は何か、ポイントを発行するに際してのルール作りはどのように行えばよいのか等のマーケティングと法律のバランス論に関する問題については、是非弁護士にご相談ください。

 

(3)前払いと電子マネー・商品券・プリペイドカード等

上記(2)とは異なり、利用客が先にお金を支払い(小売事業者に預託し)、その対価として電子マネー・商品券・プリペイドカード等が発行されることをここでは想定しています。

さて、利用客からの前払いにより電子マネー等を発行する場合、原則として資金決済法による規制が及ぶことになります。但し、電子マネー等について自社のみで決済可能か、自社以外の第三者に対しても決済可能かによって規制内容が異なってきます。また、実務上重要となるのは、電子マネー等の使用期間が6ヶ月を超えない場合、資金決済法の適用が除外されるという例外規定の存在です。資金決済法が適用される場合、届出や登録、供託義務、一定時効の表示義務など色々な制約が課せされるため、できれば資金決済法の適用を免れた形式での制度構築と運用を行いたい考える小売事業者は多いものと推測されます。

小売事業者が販促行為の一環として何らかの特典を付与しようとする場合、法律上の規制が及ぶ可能性がないか、及ぶ場合は回避策や軽減策はないか、及ばないのであれば利用客向けに自主的なルール策定は必要とならないか等々検討するべき法的課題が多数存在します。販促行為が奏功しても、後で販促そのものが法律違反であることが発覚した場合、マーケティングをゼロから見直す必要があり時間・労力・金銭等の余計な負担が生じることはもちろんのこと、究極的には利用客からの信頼を失い経営上の悪影響が懸念されます。事前に弁護士と相談し、適法性と訴求性を兼ね備えたスキームを構築することが肝要です。

 

(4)宣伝広告に関する法規制

実店舗による小売業の場合、従来のような紙媒体(新聞折込チラシ、タウン誌など)はもちろん、最近ではWEB広告やSNS上での配信広告など多種多様な媒体での宣伝広告活動を行うことが当たり前になってきました。

ところで、宣伝広告を行う場合、キャッチコピーを含めた訴求力のある表現を行い、利用客の記憶に残るようなものとするのが通常です(テレビCMなどではイメージ広告と呼ばれるタイプがありますが、中小の小売事業者の場合、このタイプの広告は行わないと思われます)。このため、表現内容が徐々に過激になる傾向があり、一部事業者は売れることだけを優先し、虚偽と言わざるを得ないような宣伝広告を行っていたりします。

宣伝広告内容については景品表示法を基本としつつ、取扱商品に応じた業法規制(例えば、健康食品であれば薬機法や健康増進法など)を意識する必要があります。なお、違反した場合、営業停止処分もあり得ますが、営業停止まではいかなくても違反企業として公表されることになります。この場合、利用客を含むステークホルダーからの信頼を失い、商売自体が成り立たないといった状況にまで追い込まれることもありますので、景品表示法等の法令違反は決して甘く見てはいけません。

訴求を追求すればするほど、違法性が強い広告内容となるといった相反事項をどのように調整するかは、宣伝広告担当者と弁護士とがギリギリまで話し合って決める事例も多く存在します。弁護士であればできる限り訴求力を落とさない代替表現を提案できることも有りますので、宣伝広告内容の審査についても是非ご相談いただきたいところです。

 

(5)流通管理と人権問題

近時、小売事業者が取扱う商品について、商品が製造されるプロセス(サプライチェーン)を精査すること、そのプロセス(サプライチェーン)において人権侵害行為がないかを確認すること、人権侵害行為が明らかとなった場合は他直ちに取引を見直すこと、が欧米を中心に要求されることが多くなってきました。そして、取引を見直さない場合、人権侵害に加担した事業者として制裁を受けてもやむを得ないという社会ルールが形成されつつあるようです。

日本国内のみで取引をしている場合、正直なところサプライチェーンの人権侵害問題については意識することはなかったかと思われます。しかし、米中の経済戦争を発端として、この種の問題が急にクローズアップされるようになりました。また、残念ながら日本国内でも外国人労働者の劣悪な労働実態が明らかになってきており、いつ国際的非難を受けるのか、そして当該非難により一気に社会的注目が集まることで、いつ小売事業者がやり玉にあげられるのかを注視する必要性が高まってきました。

サプライチェーンに関する人権問題の取り組みはまだ始まったばかりであり、現場実務においては色々と迷いが生じる事項と予想されます。弁護士に相談しつつ、弁護士と一緒に試行錯誤しながら対策を講じたいところです。

 

 

 

<2021年7月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 

リスク管理・危機管理のご相談


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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