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【ご相談内容】
機密情報の漏洩や炎上騒ぎを防止する目的で、従業員によるSNS投稿につき、会社として何らかのルールを設けることを検討しています。どういった点に注意してルールを定めればよいのか、教えてください。
【回答】
会社は従業員に対して指揮命令が可能であるという観点から、従業員によるSNS利用は禁止することは可能と考える会社もあるようですが、間違いと言わざるを得ません。
なぜなら、業務時間外でも会社の指揮命令が及ぶと考えることはできないからです。
業務時間中への規制と業務外(プライベート)時間への規制の根拠が異なることを意識することはもちろんですが、発信される情報内容に応じて規制できないかという視点でルールを設定することがポイントとなります。
【解説】
1.はじめに
一昔前は、情報を発信できるのは、政府又はマスコミといった一握りの集団に限定されていました。しかし、今はインターネットを通じて、日本国内のみならず世界中の誰もが、情報発信できる状態になりました。まさに「一人一放送局」と呼んでも良い状況です。
ただ、情報を発信する手段ばかりが発達し、情報を発信すればどうなるのか、情報の受け手側はどう感じるのかという観点からの検討は放置されてしまっているのが現状です。この結果、安易に発信した情報により、受け手側が不愉快になること、これが進んでいわゆる炎上状態となり、情報発信者が非難されると共に当該情報発信者が属する企業にまで悪影響が及ぶ時代になっています。この様な時代の中、企業としては、従業員による情報発信についてどの様なスタンスで臨むべきか、真剣に検討する必要があります。
ただ、従業員によるSNS利用を禁止するルールを設ければそれでよいかというと、そういうわけにはいきません。以下解説します。
2.SNS自体の利用制限の可否
(1)SNSの利用を全面禁止することは可能か
いわばリスクあるものに近付かせないことで、企業にとって都合の悪い情報発信を未然に封じてしまう方法論と言えます。
これができれば企業として非常に簡単に対策をとることが可能となります。しかし、企業が保有するパソコン・スマートフォン等の端末から、各種SNSへのアクセスブロックを行うことは企業の施設管理権という法的根拠を見いだせるものの、従業員が私的に利用する端末を通じてSNSを利用することについてまで、一切の利用を制限する法的根拠は存在しないと言わざるを得ません。むしろ、ここまでやってしまった場合、過度に私生活上の行状を監視していると言わざるを得ず、場合によっては逆に慰謝料請求の対象にもなりかねません。
したがって、従業員によるSNS利用を全面禁止するというルール設定は不可となります。
(2)SNSの利用と事前届出制
SNSを一切利用不可とすることは難しいのは前述のとおりです。では、SNSの利用それ自体は認めるものの、企業としても書き込み内容を監視したいので、どのようなSNSを利用しているのか届出させること(アカウント届出義務を課すこと)は可能でしょうか。
前述(1)の全面禁止よりは私生活上への行状に対する規制は幾分弱まっているところは確かにあります。しかし、やはり業務外での従業員の私的活動に対する制約である点では同じであり、相当性はないと言わざるを得ないでしょう。
したがって、SNSの利用状況について事前に届出を課すことも不可となります。
ちなみに、少し前にソーシャルハラスメント(略してソーハラ)という言葉が用いられました(本記事を執筆した2021年ではあまり聞かなくなりましたが)。
定義ははっきりしないのですが、典型的な用語例使用場面は、フェイスブックにおいて、上司が部下に対して友達申請を行う場面とされています。部下からすれば、承認すればプライベートなこと(たまには上司の悪口も投稿している?)があからさまになってしまうので不安・不愉快・困惑することになります。しかし、さりとて上司からの承認申請を無碍に断る訳にもいかず、悩ましい事態になることから「嫌がらせ」になるようです。
法的には、上司の友達申請が不法行為に該当するとは通常考えられません。したがって、当該申請による上司及び会社に法的責任が生じないといえます。その意味で、法的な問題として捉えるよりは、コミュニケーション・人間関係の構築に関する道徳上の問題という側面が大きいと考えられます(なお、友達申請を断ることで、例えば人事評価を不利益に扱う等と上司が言ってきた場合、これは上司の問題行為として会社は対処する必要があります)。
3.会社指定情報に対する投稿制限の可否
(1)SNS利用に対する規制の根拠
上記2.のとおり、就業時間中であればともかく、就業時間外におけるSNSという媒体使用を包括的に制限することは難しいと言わざるを得ません。
ただ、だからといって従業員によるSNS利用を野放しにするわけには行かないのも事実です。そこで考えられるのが、私生活上の行状であっても一定の制限があるという裁判例の存在です。すなわち、「会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない」という規範が示されていることからすると、
- 包括的にSNS使用を制限することはできない
- しかしSNSに投稿される個々の記事内容について、当該投稿記事内容が会社の社会的評価に重大な悪影響を及ぼすようなものについては予め制限を課すことは可能
と整理することが可能です。
上記のように整理した場合、次に検討するべきは、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような記事内容はどういったものになるのか、それをどの様な形で従業員に対する規制として及ぼすのかが問題となります。どういった記事内容の投稿に注意を払うべきかについては、次のような観点から具体的に例示するよう各企業で検討することが必要です。
【絶対禁止の投稿例】
- 顧客情報や機密情報に関する投稿は絶対に行わないこと
- 著作権や肖像権などの第三者の権利を侵害する投稿は絶対に行わないこと
【できる限り控えるべき投稿例】
- 会社の業績や経営戦略に関する投稿は控えること(但し、株式上場会社の場合は絶対禁止に分類する必要あり)
- 自社商品やサービスを過度に持ち上げる投稿は控えること、その他やらせ行為や誤解を招く投稿は控えること
- 他人、特に競業他社への批判は控えること
【一社会人のマナーとして考慮するべき投稿例】
- ネット上での喧嘩を売ったり買ったりするような言動は慎むこと
- 粗暴な言葉遣いは慎むこと
- 投稿者自身が実名で胸を張って投稿できる記事内容であるか、投稿前に確認すること
- 会社の見解ではなく一個人の見解であることを明示すること
(2)ソーシャルメディアポリシー(ガイドライン)の策定
上記(1)で解説した根拠に基づき、会社は従業員に対して、SNS上への投稿につき一定の制限を課すことが可能と考えた場合、この制限内容を従業員に周知する必要があります。そこで、最近では、ソーシャルメディアポリシーを作成する会社が多くなってきています。例えば、次のようなものです。
第1条(総則)
社員が情報発信を行う場合の取扱いは、法令及び会社が定める社内規程に定めるもののほか、この規定の定めるところによる。
第2条(定義)
この規定において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
①情報発信…テレビ・ラジオ番組等への出演、講演・討論・講習若しくは研修における指導若しくは知識の教授・著述・監修・編纂、又はインターネットの利用その他の情報通信技術を利用する方法により不特定多数の者に公表されるもの若しくはその蓋然性が高いものへの寄稿・投稿・掲載
②業務…社員が現在担当している事務及び社員が過去に担当していた事務
第3条(情報発信の内容に関する留意事項)
1 社員は、情報発信の内容に関し、次に掲げる事項に留意するものとする。
①個人又は団体を中傷し、若しくは誹謗する内容の情報発信を行わないこと
②当社の信用を傷つけ、又は当社の不名誉となる内容の情報発信を行わないこと
(※この部分については、上記(1)で記載したような具体的な投稿例を明記するのも一案です)
2 社員は、業務上知ることのできた秘密、個人情報、その他公表が予定されていない業務上の情報について、情報発信を行わないよう留意するものとする。他の情報と組み合わせることによりその内容を特定されるおそれのあるものについても、同様とする。
第4条(情報発信の時間に関する留意事項)
社員は、情報発信の時間に関し、次に掲げる事項に留意するものとする。
①勤務時間中に、公開が予定されていない業務上の情報及び業務外の情報発信については、短時間であっても許されないこと
②出張においても、勤務時間中に公開が予定されていない業務上の情報及び業務外の情報発信を行うことは許されないこと
③その他業務に専念する義務に違反する業務外の情報発信を行わないこと
第5条(匿名による情報発信等)
社員は、匿名による情報発信であっても他の情報と組み合わせることにより発信者を特定することができる場合もあること、個人の見解であることを明示している場合であっても業務上の情報発信と受け止められる場合もあることを踏まえ、このような情報発信を行うに際しても前2条に規定する事項に留意するものとする。
第6条(研修の実施等)
会社は、業務に関する情報発信の適切な実施を図るため、社員に対し、必要な研修を実施するものとする。
第7条(細則)
この規定に定めるもののほか、この規定の実施に関し必要な事項は、別に定める。
(3)就業規則との連携
ソーシャルメディアポリシーの策定は、事前対策的な位置づけになります。ただ、いくらソーシャルメディアポリシーを策定したところで違反した場合の制裁措置がないことには実効性もありませんし、従業員に対する感銘力も喪失します。懲戒処分等の不利益処分はあくまでも事後対策とはなってしまいますが、実効性を担保するためにも、ソーシャルメディアポリシーを作成するのであれば同時に就業規則も改定するべきです。
具体的な改定ポイントは次の3点となります。
①服務規律への追加
例えば、「業務上取り扱い又は取り扱った情報については、ソーシャルメディアポリシーに従い、在職中はもちろん退職後においても及び就業時間内外を問わず、他に開示、漏洩してはならない。」といった規定を追加することが考えられます。
なお、一般的な服務規律には「常に品位を保ち、会社の内外を問わず、会社の名誉や信用を毀損する行為をしてはならない」といった規定が盛り込まれているはずです。SNSへの情報発信によって会社の名誉や信用を害した場合は、当然この規定の適用があるのですが、会社の名誉や信用を害したか否かは評価を伴うものであり、一律に判断することは難しいこともあります。したがって、端的にソーシャルメディアポリシーを遵守する旨の規定を設けること、業務上の情報を投稿すること自体が問題となることを明記した方が運用しやすいと考えられます。
②懲戒規程の追加
例えば、解雇事由の一つとして、「ソーシャルメディアポリシーに違反して業務上の情報を発信することにより、会社の名誉・信用を著しく害した場合」といった内容を追加することが考えられます。なお、一般的な懲戒規程には「服務規定に違反した場合」が懲戒事由として定められているかと思います。たしかに、上記①の対応を行っておくことで、懲戒対象にすることは可能になりますが、服務規定には軽度な違反から重度な違反まで含まれており(バスケット条項に近い性質があります)、重めの懲戒処分を課すには運用上やや難があること、SNS上の不当な情報発信に対する会社の姿勢を明確に示すという意味で、独立した懲戒事由にするべきではないかと考えます。
③ソーシャルメディアポリシーと就業規則との関係
ソーシャルメディアポリシーの位置づけを、単なる従業員の行動規範に留め、ソーシャルメディアポリシーに違反した場合であっても何らの不利益処分を課さないというのであれば、就業規則に準じた手続き、すなわち、従業員代表からの意見聴取、労働基準監督署への届出、周知化という一連の手続きを行う必要は無いかもしれません。
ただ、昨今の安易な情報発信による投稿者に対する誹謗中傷や炎上化現象、それに派生して企業不祥事の一類型と見る社会的風潮からすれば、ソーシャルメディアポリシーを単なる行動規範に止めるというわけには行かないと考えられます。特に、会社を取り巻くステークフォルダーへの説明その他社会一般への企業として適切に対処したというメッセージを発信するためにも、ソーシャルメディアポリシー違反による社内処分を行うことは必須と考えられます。その観点から、従業員との労働契約の内容を構成する就業規則の一部(労働基準法第89条第9号及び同第10号を参照)として位置付ける方が望ましいといえます。
したがって、不利益処分を課すための根拠にできるよう、就業規則に準じた手続きを行うべきではないかと考えます。
4.従業員教育
SNS上での炎上騒ぎは毎日のように起こっていますが、おそらく大多数の従業員は、どこか遠い世界の出来事、すなわち我が身に降りかかるとは思っていないのが実情かと思います。そこで、従業員教育を行うに際しては、直近の事例を挙げながら、会社に迷惑をかけることはもちろんのこと、ネット住民による投稿者特定作業により、最終的には自分自身がさらし者になってネット上で公開処刑されてしまうこと、このさらし者状態は永久にネット上に残ってしまうこと、つまるところ自らが一生涯のキズ(不名誉)を抱え込むことを強調しておくと良いでしょう。
なお、執筆者自身がソーシャルメディア利用に関する従業員教育を行うに際しては、つぎのような項目を立てて話をするようにしています。ご参考までに項目を記載しておきます。
1.背景と目的
2.ソーシャルメディアとは(定義の確認)
3.ポリシーの適応範囲
4.ソーシャルメディア利用の基本ポリシー(就業規則との連動、就業時間内は不可)
5.ソーシャルメディアに対する認識
(1)プライベートな空間ではないこと
(2)匿名は見せかけに過ぎないこと
(3)投稿内容は永遠に残ること
(4)閲覧制限・限定公開はあり得ないこと
6.ソーシャルメディアの利用の仕方
(1)設定
・ID・パスワード管理の重要性
・プロフィール
・公開/非公開設定
(2)利用
・情報共有機能
・位置情報機能
・ローカルルール
・アプリダウンロードの際の注意事項
(3)発信(投稿)内容
・投稿不可の具体例
・情報受領者は同じ気持ちとは限らない
・間違えた場合は素直に訂正する
7.リスクを感じた際の対応
8.業務中の利用
9.モニタリング
10.制裁
11.社内での問い合わせ窓口
<2021年7月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
弁護士 湯原伸一 |