製造業が注意したい法務のポイントについて弁護士が解説!

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【ご相談内容】

当社は、主として大手家電メーカーが販売する商品に組み込まれる部品を製造加工する事業者です。今般、大手家電メーカーより、今後製造ラインは海外に移す予定なので、段階的に取引量は減少していき、最終的には取引はなくなる予定である旨の説明を受けました。

当社としても生き残りをかけて、新規取引先の確保及び事業の多角化等に取り組む方針なのですが、これまで大手家電メーカーの指示通りにしか動きたことがなく、何をどうすればよいのか、また新たな動きに伴いこれまで隠れていた問題点が一気に噴出するのではないかと気になっています。

製造事業者としてどのようなトラブルに注意するべきなのか、その防止策を含め法的観点からアドバイスをお願いします。

 

 

【回答】

ご相談者のように、中小の製造事業者の多くは専属下請けのような格好で、特定の注文主に依存していることが多いという特徴があります。そして、注文主も一種のファミリー企業として、製造事業者に代わって問題解決の支援を行い、製造加工業務に集中できる環境を提供してきたという実情もあるようです。この結果、中小の製造事業者は問題解決のための方策やノウハウを持ち合わせていないことはもちろん、そもそもどういった問題が起こり得るのかさえ知識を有していない場合も多いようです。

そこで、複数の製造事業者の顧問弁護士として活動する執筆者において、これまで見聞した相談事例を参照しつつ、特に気を付けたい法律問題についてピックアップし、以下解説を行います。

 

 

【解説】

 

1.概説

中小の製造事業者は現在変革期を迎えており、新規営業や業務の多角化など従来では見られなかった業務活動が活発化しています。ただ、これに伴い、旧来型の職人気質でトラブルを好まず表立って行動しない従業員ばかりではなく、権利意識の強い従業員も中小の製造事業に関与するようになったことから、労使問題が多くなってきたように執筆者は感じています。また、当たり前のことではあるのですが、今までは法律上の問題があったとしてもなぁなぁで解決してきたものが、取引先等から、正当な法律上の権利であると真正面から主張されてしまい、どう対処すればよいのか分からないという困惑型相談と呼ぶべきものも増えてきた印象です。

一方で、自社のノウハウ等を守るために、今まで以上に権利指揮を持ち、自ら必要な防衛策を講じないことには、生き馬の目を抜くが如く、自社が立ち行かなくなるという事例も増加してきました。

中小の製造事業に関する法律問題の分類方法は色々あると思いますが、人に関する問題、物に関する問題、お金に関する問題、情報に関する問題に分けて、以下解説を行います。

 

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2.人に関する問題

 

(1)均等待遇・均衡待遇

製造業には様々なものがありますが、中小企業における製造業となると、完成品に組み込まれる部品の一部について、大量に製造加工し特定の注文主に納品するという事業者が多いようです。そして、同一部品を大量製造加工する場合、機械化できない作業については人手に頼るしかなく、アルバイト・パートを中心に大量の人員を雇う事業者が多いことが特徴です。

さて、機械ができない作業について正社員と非正規社員が混じって対応する場合、作業内容については同一となることが通常です。また、中小の製造事業者の場合、製造加工する工場は1ヶ所しかないということも多いこと、正社員といえども1人が複数の製造加工の工程を担当することがなく同一工程の業務に従事することが多いことから、いわゆる転勤(配置転換)が行われることも通常は有りません。この結果、正社員と非正規社員との待遇差を根拠づけるだけの業務上の差異を見出しづらいという実情があります。

2021年4月1日より中小企業に対しても均等待遇・均衡待遇(同一労働同一賃金)が適用されるようになりました。均等待遇・均衡待遇(同一労働同一賃金)については、処遇面の格差について製造事業者が説明義務を負うという点も厄介な話なのですが、それよりもインパクトが大きいのが、均等待遇・均衡待遇(同一労働同一賃金)違反となった場合、正社員と非正規社員とで相違ある賃金の差額分について、製造事業者に支払い義務が生じるという点にあります。この種の紛争については、正直なところ非正規社員より要求を受けた時点では既に製造事業者になす術がなく、厳しい結果になってしまいがちです。

したがって、表面的には紛争が生じていないときに、賃金を含めた処遇について、どのように対応するのがよいのか弁護士と相談しながら進めていくのが、結果的には一番負担の無い方法となります。

 

(2)偽装請負

自ら工場を保有することなく、注文主の工場内スペースを借りて製造加工業務に従事する製造事業者も多く存在します(いわゆる構内下請)。自社で製造加工する部品のうち、一部の業務フローについて、自社以外の製造事業者を受け入れて行う場合、偽装請負という指摘を受けないか注意を払う必要があります。

当然のことながら、工場内でのスペースが独立しており、当該製造事業者が機械設備を持ち込んだうえで、注文主(自社)の介入を受けることなく製造加工業務に従事している状態であれば、偽装請負の問題は発生しません。しかし、工場内のスペースが独立していることは稀ですし、機械設備も注文主(自社)が保有し、製造事業者に使用させている事例も多く存在します。このような場合、当該製造事業者の従業員に対して直接作業指示を行った方が効率がよいといった事情もあり、どうしても構内下請を担当する製造事業者の従業員に対して、を自社の従業員と同がように指揮命令しがちです。このような状況となった場合、法律上は偽装下請けと言わざるを得ず、違法行為となります。そして、偽装請負については労働基準監督署等の行政機関も取締りを強化しており、偽装請負という指摘を受けた場合は従前どおりの体制で業務遂行ができないことはもちろん、職業安定法や労働者派遣法違反として処罰される可能性があるなど、かなり大きな問題となってしまいます。

契約書等の取り交わしをはじめとした形式面の整備はもちろん、現場での指示の出し方を含めたルール作りと実践方法などは、色々とコツもいりますし何より法律の正確な知識が必要となります。会社側の立場で労働問題に取り組んでいる弁護士と相談しながら、必要な対策を講じるべきです。

 

(3)外国人労働者

製造業に従事する人手が不足していることから、近年は外国人労働者を積極的に受け入れて業務従事させる中小の製造事業者も多くなってきました。外国人を雇入れる場合、在留資格の確認が必要となることは、製造事業者もある程度認識していると思われます。

しかし、例えば、新卒予定の外国人を採用する場合であれば、現時点では学生である以上、就労資格を保有していないため在留資格変更が必要となること、及び学部・学科・専攻科目と職務内容の関連性がない場合は在留資格変更が認められない場合があるといった注意点はあまり知られていないようです。また、留学生を採用する場合、原則的には就労不可であり必ず資格外活動許可を受ける必要あること、及び資格外活動許可を受けたとしても、労働時間は1週間につき28時間以内にする等の制限があることも意識されていないように思われます。

就労するために在留資格がないにもかかわらず業務従事させた場合、製造事業者は不法就労助長罪として処罰されるリスクがあります。また、最近では外国人労働者の就業環境の酷さにも注目が集まっており、外国人労働者に対する問題が何か起こった場合、法的な問題に止まらない強度な社会的制裁(世間からの非難、不買運動、注文主から取引を打ち切られる等)を受ける可能性もあります。

外国人労働者の問題は、当該外国人労働者とのコミュニケーションの取り方が難しい等のこれまでとは異なる労働問題が発生しがちです。弁護士と適宜相談しながら対処することが望ましいと考えられます。

 

(4)雇止め、派遣切り

製造業は単純労働となる業務も多く、そういった単純労働については非正規社員に業務を担当させることが多いようです。そして、非正規社員は、雇用期間が一定期間に限定される点で、正社員よりどうしても弱い立場にあるため、製造事業者の業績に応じた人員整理の対象となりがちです。

たしかに、裁判例を紐解いていくと、正社員の整理解雇を検討するに際しては、先に非正規社員に対する人員整理を行ったかを検討している裁判例も存在し、一般論として、正社員に先立って非正規社員を人員整理の対象とすること自体は、直ちに誤りとは言えません。しかし、雇用期間が残っているにもかかわらず、ある日突然辞めさせるという対応はもちろん問題がありますし(不当解雇の問題)、繰り返し契約更新を行ってきた非正規社員に対して突如次回は契約更新しないとする対応も問題があります(雇止めの問題。なお、無期転換ルールとの関係にも注意が必要です)。

もちろん、事業環境の変化等の様々な理由により人員過剰となった場合には、人員整理を実行せざるを得ませんし、法律も一切の人員整理を禁止しているわけではありません。ただ、人員整理については法律上のルールがあること、また近年の非正規社員の不安定な身分に対する社会的関心の高さを踏まえると、法律上のルールを超えた“配慮”が必要となっていることを、製造事業者も知っておいたほうが良いと考えられます。

雇止め等の法律上のルールを知っておくことは大前提として、雇止め等の対象となった従業員とのコミュニケーションをどのようの図るのかが、紛争防止の上で重要なポイントとなります。整理解雇等を含む人員整理問題を取扱っている会社側の弁護士と十分に事前協議を行い、適切なプロセスを構築した上で対処することが、トラブルと余計な費用負担を避けられる唯一の方法となります。

 

(5)工場閉鎖に伴う整理解雇

注文主が海外に製造工場を作り、国内の製造拠点を廃止するという対応を取り続けていることは周知の事実かと思います。国内の製造拠点が廃止された場合、当該製造拠点に部品等を納入していた中小の製造事業者にも影響があり、最悪の場合は注文主との取引自体が無くなってことも珍しくありません。

注文主との取引が無くなってしまった場合、たいていの中小企業の場合は代替の取引先を発掘することができないことから、当該注文主用のために稼働していた工場を閉鎖するほかありません。この結果、閉鎖対象となる工場で勤務していた従業員をどのように処遇するのか、かなり頭の痛い問題が出てくることになります。単純に当該従業員をクビにしてよいと考える製造事業者も少なくないかもしれませんが、残念ながら法律上のルールはそうではないというのが重要なポイントとなります。

大量の従業員を人員整理の対象とせざるを得なくなる場合、当該地域の行政機関(市町村など)や労働組合が介入してくることも多く、大規模な紛争となってしまうリスクがあります。大規模な紛争となってしまった場合、(余計な)金銭面での支出は避けられませんし、また風評被害等による社会的制裁も受けたりします。たいていの場合、注文主から一定期間前に製造拠点の廃止に関する連絡が入るはずですので、当該連絡が入ったらすぐに弁護士と相談し、限られた時間内で何ができるのか選択と集中を行いつつ、よりリスクの少ない対策を講じていくことが肝要となります。

 

 

3.物に関する問題

 

(1)金型の処理

中小の製造事業者の場合、注文主の下請けとして業務従事することが多いかと思います。そして、注文主からの製造加工注文に対して効率よく対処するため、中小の製造事業者が創意工夫して金型を制作することも多いとされています。

この金型についてですが、悪しき慣行といえばよいのでしょうか、従来までは中小の製造事業者が創意工夫し、自らの費用負担で制作したにもかかわらず、なぜか注文主に所有権等の権利が帰属するという取扱いになっていました。金型は、中小の製造事業者にとってノウハウの塊であり、これを一方的に注文主に取られてしまうとなると色々と不都合です(場合によっては、他の製造事業者が当該金型を使って部品等を安価に製造加工することで、取引自体が無くなってしまうということも有ります)。このため、近時は行政機関(経済産業省、中小企業庁など)を巻き込んだ、金型の権利関係の適正化を図る周知が行われているところですが、まだまだ注文主との力関係などへの配慮もあり、中小の製造事業者にとっては厳しい状況が続いているものと思われます。

金型の権利関係が曖昧なことに起因するトラブルがあることを十分に認識しつつ、金型を制作することになった場合は、制作初期の段階で注文主と権利関係に関する交渉を行うことが一番の有効策となります。この交渉の進め方(注文主に配慮しつつ、言うべきことは言うというスタンスとその方針の組み立て方など)や、何らかの事由で金型の権利帰属についてトラブルが生じた場合の対処法などについては、弁護士と相談しながら対応する、場合によっては弁護士に代理交渉を依頼することまで視野に入れつつ、譲れないラインを明確にしながら対応することが重要となります。

 

(2)仕入契約

完成品にせよ部品にせよ、製造加工するためには資材が必要です。注文主から資材が供給される場合もありますが、製造事業者が自ら取引先を探して資材を仕入れる場合もあります。

さて、資材の仕入れ取引を行う場合、単なる注文書と受注書のやり取り(場合によっては口頭のやり取りのみ)で行われることもまだまだ多いのですが、徐々に基本契約書を締結するという動きが広がってきています。契約書を締結する必要性を認識すること自体は歓迎するべきことだと考えますが、問題はその契約書の書かれている内容についてです。仕入先が提示した契約内容について一切検討せずに署名押印する製造事業者もいれば、一応内容は検討するものの仕入先に遠慮して何も言わないまま署名押印する製造事業者がまだまだ多いというのが執筆者個人の実感です。

売買取引に関する基本契約書の検討の仕方、及び契約書一般については検討の仕方については以下の別記事も参照していただきたいのですが、最低限確認してほしい事項は、①通常の支払いサイトに関する内容と、②資材に不具合があった場合の対応に関する内容です。中小の製造事業者の場合、いずれも注文主との関係性を考慮する必要があるからです。すなわち、①については、注文主から支払ってもらう加工賃等を支払原資に充てるのか、それとも製造事業者独自で支払原資を確保しておく必要があるのかによって、仕入先への支払いタイミングが大きく異なります。一方②については、注文主が製造事業者に対して不具合に基づく責任追及を行うことが可能な期間(例えば3年)よりも、資材仕入の取引先が負担する責任追及可能期間が短期に設定(例えば1年)されている場合、製造事業者は注文主に対しては責任を負いつつ、その責任を資材仕入の取引先には転嫁できない、すなわち自腹を切るほかないという事態に追い込まれる可能性があります。

そのほかにも色々と注意してほしい事項はあるのですが、やはり契約書に署名押印する必要性が生じたというのであれば、署名押印する前に弁護士に契約書を見てもらい、優先して修正要請したほうが良い事項、修正可能であれば要請しておきたい事項、修正が難しいようであればあえて要請せずに他に責任転嫁ができないか検討するべき事項等を弁護士に分析してもらいつつ、契約交渉の進め方や落しどころについて弁護士よりアドバイスを受けることが、将来的な禍根を残さないためにも有効な方法と考えられます。

 

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(3)協力会社への製造委託(再委託、下請)

注文主に対して納品する部品等について、製造事業者のみで製造加工することができない場合、協力会社にその一部の作業を手伝ってもらうことになります。製造業も多重下請構造になっていることが多いのですが、中小の製造事業者といえども注意しておきたいのが下請法の問題です。

大企業による中小企業イジメに対処するために下請法が制定されたとイメージされている製造事業者も多いかもしれません。たしかに、そのような一面もあります。しかし、たとえ中小企業同士であっても、製造関係の取引であれば基本的には下請法が適用されると考えておいたほうが良いくらい、その適用範囲は予想以上に広いと考えておくべきです。下請法が適用される場合、法定記載事項を明記した注文書(いわゆる3条書面)の発行、下請法が禁止する11項目の遵守、支払いサイトの適正化など様々な義務を負うことになります。また、下請法違反の場合、中小企業だから甘く見てもらえるといったことはなく、行政機関は形式的に適用して処分を下すというのが実情です。注文主がコンプライアンスに力を入れている場合、下請法に違反した製造事業者はコンプライアンス認識が不十分であると評価され、最悪の場合は取引を打ち切られてしまうこともありうる話です。

協力会社との取引については、下請法以外にも色々と注意するべき事項がありますが、トラブル事例を知るに弁護士に、トラブルを回避するための方法等のアドバイスを受けながら適切な取引を行うことが重要と言えます。

 

(4)納品先(注文主)との契約内容

注文主が大手であればあるほど、分厚い基本契約書(品質保証協定書やクレーム補償協定書などを含む)の提示を受け、署名押印を求められることが通常と思われます。契約書の内容についてはよく確認する必要があること、必要に応じて修正交渉等を行う必要があることについては上記(2)でも記載した通りです。また特に大手企業が注文主となる場合、①他の注文主との取引を事実上禁止されていないか、②納品物に対する長期の供給義務が課せられていないか、③納品物の交換部品等の確保・保管義務が長期となっていないか、についてもよく確認する必要があります。

すなわち、①については、ノウハウの漏洩等を防止する目的で注文主と競業する事業者との取引禁止を求めてくる場合があるのですが、中小の製造事業者としては一社依存型になり非常に危険な経営環境となりますので、受け入れについてはよくよく考える必要があります。また②については、例えば世界的な木材不足(ウッドショック)が生じており、人工木材を用いた代替品による製造加工を行うべき環境となっているにかかわらず、一定の予告期間を経過しない限り代替品による納品は行えないこと、すなわち採算度外視で納品を強いられるという問題があります。さらに③については、廃番となった商品や注文主との取引自体が無くなってしまったにもかかわらず、不具合による責任追及期間を超えて交換部品や保守用品の確保・保管義務が課せられることにより、製造事業者に余計な費用負担が生じているといった問題があげられます。

その他にも上記(1)で記載した金型の権利帰属問題など、大企業に該当する注文主と取引する場合は、その契約内容につき、かなり慎重に検討を行わないことには、将来的に問題が発生しても有効な対策を講じることができず、相手の言われるがままにしか対処できないという事例も実際あります。もちろんパワーバランスの問題もありますので、一筋縄で契約内容が修正されることはないのですが、大手だからこそ理論的な根拠をもって修正要請を行った場合、意外と話を聞いてもらえることも有ったりします。大手だからといって諦めることなく、また浮足立つことなく、弁護士としっかり相談して、譲歩できるラインとリスクヘッジのあり方を検証しつつ、製造事業者にとって核心的利益となる条項のみ修正要請するといった、戦略的交渉が求められます。

 

(5)工場、機械等の権利関係

製造事業者の場合、物理的な意味での製造場所が必要となるため、土地建物の不動産に関する契約は事業を行う上で必須となります。また、不動産契約と一口で言っても、例えば土地を購入する場合と建物を賃借する場合では、リスクに対する考え方や検討対象事項も全く異なります。したがって、契約内容を検討するにしても、大変遺憾ながら素人判断での検討は避けてほしいと考えるところです。例えば、不動産の長期使用を念頭に置いていたにもかかわらず、何も考えずに定期借地契約を締結した場合、一定期間でしか土地を使用できないことはもちろん、契約終了に基づく原状回復義務により、賃貸借期間中に投資した工場や設備等が全て無駄になる(撤去・廃棄せざるを得なくなる)リスクが生じます。そして、このリスクを回避するために地主に契約の延長をお願いした場合、足元を見られた交渉となり、著しく不利な借地契約を受け入れざるを得なくなってしまうといった事態になることもあります。

また、不動産以外の機械設備(動産)についても、購入するのか、購入するとして所有権留保が付されていないか、購入せずに賃借するのか、賃借するのであればどういった条件となるのか、リースを受けるのか、リースであれば返却条件や再リース条件はどうなっているのか等々、契約類型によって検討するべき事項が全く異なってきます。

土地建物や機械設備は、長期使用を前提とすると共に簡単に買換え・交換ができないものとなります。将来的に製造事業を円滑に継続させるためには、スタートラインとなる土地建物や機械設備の契約で躓かないことが肝要です。是非とも弁護士に相談し、事業の継続に支障を来すような内容となっていないか等の検証と、その打開策についてアドバイスを受け、必要な対策を講じたいところです。

 

 

4.お金に関する問題

 

(1)支払い条件・決済条件

注文主より支払いを受けるタイミングと仕入先や協力会社へ支払いを行うタイミングに齟齬がある場合資金繰りが可能なのか、下請法違反となる支払いサイトを定めていないのか、という点については、上記3.でも解説した通りです。

ここでは製造事業者が注文主に対し、加工賃等の委託報酬を請求するための要件が過重なものとなっていないかという点を触れておきます。

例えば、注文主に対して製造加工した部品等を納入した場合、注文主は検査を行い、検査合格したものに対して委託報酬を支払うという規定を設けることが通常です。ただ、検査期間が異常に長く設定されているため(場合によっては検査期間が定められておらず注文主の裁量となっている場合もあります)、なかなか検査合格通知が行われず、委託報酬の支払いが数ヶ月先ということも現場実務ではありうる話です(なお、下請法の適用がある場合、引渡し後60日に以内に支払うよう請求することが可能となりますが、実際に注文主に対して下請法を持ち出すこと自体難しいというということもあるようです)。また、現金払いではなく手形払いの場合、手形の支払期日が数ヶ月先に設定されている関係上、資金繰りのために手形割引にて現金化せざるを得ず、割引手数料等の関係で委託報酬の全額を実質的に受けることができないといった不利益も生じているところです。さらに、検査合格の通知日から直ちに請求書を作成し、注文主に当該請求書が県佐郷克通知日より数日内に届かない限り、約定期日による支払いが行われない(支払いが1ヶ月以上先延ばしにされる)といった、製造事業者側にとってかなりタイトなスケジュール管理となるといった問題も見受けます。

支払い・決済条件については、製造事業者にとって重大な利害事項となりますので、契約書等の内容確認はもちろんのこと、現在の支払い・決済条件では資金繰り上難しいというのであれば、条件変更を申出る必要があります。契約書のチェックはもちろんこと、条件変更の交渉の進め方等については、弁護士と相談し、理論武装してから望みたいところです。

 

(2)継続的契約の打切りと損失補償

中小の製造事業者の場合、特定注文主の専属下請けとして稼働しているところが多く、特定注文主に依存しすぎていることに問題があることは従前より指摘されているところです。もちろん、特定注文主が未来永劫事業を継続し、製造事業者に対して発注を行い続けてくれるのであれば、営業活動も不要であり、会社経営は盤石なものといえます。しかし、国内人件費の高騰等の理由で、注文主に当たる大手メーカーは、一昔前は中国、今は東南アジアに製造工場を作り、国内では製品の製造加工を行わなくなる、したがって、取引のあった中小の製造事業者との取引を打ち切っていくという動きはここ数年で急増しています。

たしかに、中小の製造事業者からすれば、大口の取引先(場合によっては唯一の取引先)である注文主からの依頼が無くなる以上、会社の倒産危機を招く死活問題となります。しかし、契約書が存在する場合であれば、たいていは中途解約の規定や契約を更新しないことを可能とする契約期間の定めが設けられており、取引打ち切りに対する有効な対抗手段を契約書から見出すことができないのが通常です。一方、契約書が存在しない場合、未来永劫契約が継続することの保証や約束を裏付ける根拠資料など存在しないことが通常ですので、やはり有効な対抗手段を発見することは困難です。

今後も発注が継続すること期待することにつき、法的にもこういった期待が認められることを前提にした継続的契約があると評価できる場合には別論ですが、単にこれまでの長い付気合があるといった程度では上記の継続的契約と評価することも困難です。

したがって、今後も発注を継続するよう要請することは筋が悪く、何らかの損失補填を含めた金銭解決をどうやって図るのかが対応のポイントとなります。どのような資料を準備すればよいのか、発注主との交渉はどのように進めればよいのか、発注主の対応如何によっては弁護士が代理人として交渉を行ったほう良いのではないか等、弁護士と緊密に連絡を取り合いつつ、ゴールの設定とゴールに向かうまでの交渉方針や進め方を弁護士にアドバイスしてもらい、想定問答も含めて緻密な交渉戦略を練っておくことが非常に重要となります。

 

(3)PL保険の適用範囲

製造事業者の規模に関係なく、製造加工物に欠陥があった場合、その欠陥により生じた人的損害・物的損害を賠償しなければならないとするのが民法の不法行為責任であり、また民法の特別法である製造物責任法の規定です。たとえ製造事業者が製造加工する物が単価1円のものであったとしても、当該物を搭載した完成品を使用していた人が当該完成品の欠陥により死亡し、その欠陥の原因が当該物だった場合、当該物を製造加工する製造事業者は数千万・数億の損害賠償責任を負うことになりますので、そのインパクトは重大です。

こういった欠陥事故に備えて、製造事業者は生産物賠償責任保険(PL保険)に加入することが通常なのですが、執筆者が知る限り、この生産物賠償責任保険はなかなかの曲者であり、法律上支払い義務が生じる損害賠償の範囲を全てカバーしきれていないという保険も見かけたりします。例えば、次のような事例です。

  • PL保険で損害賠償金の支払い対象となっているのは、製造事業者が製造加工する物に対する補償のみであって、当該物を搭載した完成品を通じて生じた損害賠償については補償対象から外れている(いわゆる拡大損害がカバーされていない)。
  • 欠陥物により生じた損害賠償については補償対象となっておらず、リコール対応費用を補償対象とするものであった。
  • 製造加工した物の使用対象範囲が変更となったにもかかわらず、保険会社に告知していなかったため、使用対象範囲が異なる製造物の欠陥により生じた損害について、保険金の支払いを拒否された。

そのほか、よく耳にする不満話としては、PL保険では保険会社が示談代行してくれないというものもあります(なお、示談代行が認められているのは自動車保険のみであり、その他の保険では保険会社による示談代行は行われません)。

生産物賠償責任保険(PL保険)については、加入してから数年以上何も触っていないという製造事業者も多いようです。製造事業者にとって必要となる補償範囲はどういったものがあるのか弁護士に相談し明確にしてもらった上で、保険会社の担当者との間で、当該補償範囲が保険でカバーされているのか確認することが重要です。なお、保険でカバーされていないことが判明した場合、製造事業者のミスにより保険に加入していなかったのか、保険会社のミスにより対象範囲が異なる状態となっていたのか等を弁護士に見極めてもらい、場合によっては保険会社との交渉も視野に入れつつ対策を講じる必要があります。

 

 

5.情報に関する問題

 

(1)業務提携・共同研究開発に伴うノウハウ等の情報開示と保護策

一昔前までは、大手製造メーカーは研究開発設備を持ち、新たな技術等を自社開発するという方針を取ることが多かったようです。しかし、最近では他社が保有する技術等を導入する、他者との共同研究開発を行うといった、自社開発に拘らない大手製造メーカーが増加してきました。一方、中小の製造事業者も専属下請による一社依存型からの脱却を図ることを目的として、大手製造メーカーに対する技術等の売込みを行い、新規取引の開拓に力を入れ始めています。

大手製造メーカーと中小の製造事業者との利害が一致することにより、業務提携が多くなってきているのですが、ここでよく生じるトラブルは、主として中小の製造事業者が保有する技術情報を大手製造メーカーに開示したところ、いつの間にか大手製造メーカーが当該技術情報を勝手に利用していたという事例です。こういったトラブルが発生する背景事情としては、中小の製造事業者の情報管理の甘さに由来します。すなわち、情報それ自体は原則的に法律上の保護が与えられません。例外的に不正競争防止法にある営業秘密に該当するのであれば法的保護が及ぶのですが、残念ながら中小の製造事業者において、営業秘密に該当するだけの秘密管理を行っていることは非常に稀な状況です。この結果、中小の製造事業者が将来的な取引確保を期待して情報を開示した途端、大手製造メーカーは法的保護が及ばないことを奇貨として自らの技術情報として取り込んでしまい、用が済めば中小の製造事業者との取引を打ち切ってしまうということが起こってしまうのです。

なお、こういったトラブルを防止するために秘密保持契約を締結することが必須となります。ただ、秘密保持契約についても、大手製造メーカーが提示する雛形について条項内容を十分検証することなく締結してしまう事例が後を絶ちません。当然のことながら、大手製造メーカーが提示する契約書である以上、中小の製造事業者にとっては都合の悪い内容も多く含まれており、いざトラブルとなっても秘密保持契約書だけでは十分な対抗策を講じることができないという事例も存在します。

これから取引を開始しようとする相手当事者を疑ってかかるのは同義に反すると考える中小の製造事業者もいるかもしれません。しかし、取引交渉の場面では性善説に立って行動するのは禁物です。正当な対価を得てビジネスを遂行したいのであれば、技術情報の取扱いや管理方法について弁護士にアドバイスをもらいつつ、中小の製造事業者が守られるような契約内容となっているのか、場合によっては弁護士に契約書の作成依頼を行い対応するといったことまで考えておく必要がします(なお、自社のひな形から外れる内容への修正要望する事業者)とは取引を行わない、といった判断も必要となります。情報は原則的に法律上の保護が及ばない以上、例外の方策を作り上げていく作業が重要です。是非弁護士と相談しながら、自社の技術情報を守り有効活用できる体制を整えてください。

なお、秘密保持契約書とPoC契約書のチェックポイントについては、次の記事もご参照ください。

 

秘密保持契約書を検討する際のポイントを弁護士が徹底解説!

 

PoC(技術検証・実証実験)契約について、弁護士が解説!

 

(2)職務発明~従業員との権利帰属

一昔前の話とはなりますが、青色発光ダイオードに関する200億円訴訟についてはどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。製造事業者としては一従業員に対して、なぜ多額の報奨金を支払わなければならないのか等の疑問もあったかと思うのですが、日本の法制度上はこういった問題はどうしても起こりえます。

こういった問題が生じる原因は、特許法では、従業員が業務遂行を通じて考案した発明について原則的には従業員に権利帰属すると定められているからです(職務発明。なお、実用新案法と意匠法も特許法と同じです。ちなみに、著作権法は取扱いを異にします)。青色発光ダイオード訴訟の影響が大きかったためか、その後特許法は何度か改正がされていますが、従業員への権利帰属を原則とする制度自体は現在も変更がありません。

このような職務発明に関する対応策は、製造事業者に発明等に関する権利が帰属すること及び権利帰属に対する対価支払いルールを設定すること、すなわち社内規程の整備を行うことに尽きるのですが、執筆者が知る限り、あまり社内規程の整備は進んでいないのが実情のようです。なお、就業規則に職務発明に関する規定が設けられていることも有るのですが、特許法改正前の内容に従った規定であったり、就業規則作成者自身が職務発明について誤解していると思われるような規定であったりする等、実際のところは使い物にならないことがありますので注意が必要です。

中小の製造事業の場合、経営者と従業員との距離が近い分、信頼関係構築しやすい反面、一度信頼関係が壊れてしまうと、私怨といえばよいのでしょうか、従業員より徹底的に反撃され紛争が拡大化・長期化する傾向があります。社内規程の整備は、信頼関係があるうちに対処するのが一番です。特に、製造事業者にとって稼ぎ頭になっている技術等があるのであれば、権利関係に不備がないか意識していただき、弁護士と相談・協議の上、早急に社内規程の整備を含めた実効性のある対策を打つことが肝要です。

 

(3)宣伝広告と景品表示法

多くの中小製造事業者の場合、大手製造メーカーの下請けとして部品等の製造加工を行い納品する、すなわち事業者間取引のみを行っており、エンドユーザ(消費者)に完成品を販売するということは行われていなかったというのが実情のようです。もっとも、大手製造メーカーの専属下請けとして一社依存型での経営は危険であるという認識をもつ中小の製造事業者も増加しており、その一環として一部の製造事業者は、消費者向けに完成品を製造販売するという取引も見かけるようになってきました。

ただ、上記のような製造事業者は、もともと消費者向け販売に関するノウハウや情報をもちろん、BtoC取引ルールに関する知識を持ち合わせていないことも多く、知らない間に法に抵触する行為を行ってしまうという事例が多発しています。そして、その典型例の1つが景品表示法違反となります。消費者に対して訴求力ある宣伝広告を行いたいと考えるのは事業者であれば当然のことであり、見様見真似も含めてマーケティングに関しては熱心に取り組むことが多いようです。もっとも、景品表示法のルール自体が非常に抽象的であり(優良誤認や有利誤認と言われても、直ぐには判断ができないのが通常かと思います)、しかも事業者の認識ではなく、あくまでもユーザ(消費者)の受け止め方を基準に判断することから、製造事業者側の検討だけでは予測しづらいというところがあります。

景品表示法の問題については、製造事業者による内部検討だけではどうしても判断基準にぶれが生じてしまいます。弁護士をエンドユーザに見立てて、どういった認識を持つのか意見を聞きつつ、一方で法的専門家として過去の違反事例を考慮しながら限界基準に関するアドバイスを弁護士より受けるといった方法を通じて、必要な対策を講じることも検討してよいと思われます。

 

(4)知的財産権非侵害保証~特に海外との関係

大手製造メーカー等が提示する契約書の雛形に定められていることが多いのですが、特許等の知的財産権を侵害してないこと(非侵害調査義務)について、日本国内のみならず全世界とされていることがあります。製造加工品の納入を受ける側からすれば非侵害の表明保証が欲しいということは理解ができるものの、中小の製造事業者においては日本国内でさえ知的財産権侵害の有無について十分調査することができないにもかかわらず、全世界を対象として調査をすることは土台無理な話と言わざるを得ません。

したがって、知的財産権を侵害していないことを表明保証される条項については、ならかの見直し要請を行うことが無難と考えられます。なお、関連して、納入した製造加工品を、注文主の都合で海外に輸出する場合、外為法や輸出管理令に違反しないことを製造事業者側に求めたり、調査義務を課したりする条項もあるようですが、執筆者が知る限りの中小の製造事業者の実情からすると、これについても相当無理があるように考えています。

これらの条項修正については、別途検討を行ってくれる注文主も結構いるように思いますので、どのように修正協議を提案するのか、修正内容をどういったものにするのか等々を弁護士等相談しながら、現実的な義務負担に留まるよう契約交渉する必要があります。

 

 

<2021年6月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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