ハラスメント通報受付担当者・調査担当者が知りたい疑問点につき、弁護士が解説!

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【ご相談内容】

ハラスメント防止のための体制構築が義務化されたことを受け、会社内に通報窓口と社内調査制度を設けたのですが、試行錯誤の繰り返しであり、現場運用に混乱を来しています。

現場で悩ましいと考える事項について、QA方式で教えてください。

 

 

【回答】

社内通報制度を設けたとしても、現場運用が難しいという話はよく耳にします。

また、執筆者も内部通報の社外受付窓口になっていますが、どのように対応すればよいか非常に難しいと感じる場合もあります。

そこで、以下では、執筆者が相談を受けた中で、複数の事業者から問い合わせを受けた事項をいくつかピックアップし、QA方式で解説を行います。

 

 

【解説】

 

1.通報受付段階

 

(1)匿名通報の場合

Q:通報者より「匿名で対処してほしい」と強い要請があった場合、当該要請をそのまま受け入れて問題はないか。

A:通報者が匿名を希望する場合、会社としてはその希望を尊重するほかないというのが実情です。

ただし、通報を受付け、会社が適切な調査を行えば行おうとするほど、周囲の者において通報者の絞り込みが行われていくという矛盾をはらみます。一方で、通報者の匿名性を維持すればするほど、迅速かつ正確な調査は困難となります。

したがって、会社としては、通報者に対し、匿名によるメリット・デメリットを十分に説明し、場合によっては匿名希望を翻意するよう働きかけることも必要と考えられます。

 

Q:通報者より、「あなただけで対応してほしい」、「加害者には調査しないでほしい」等の要請を受けたが、当該要請を受け入れるべきか。

A:通報された内容・情報につきその開示範囲を制限された場合、会社が行う調査に重大な支障を来す、場合によっては調査を行うこと自体が不可能ということにもなりかねません。

したがって、まずは今後の調査が難しくなることを通報者に説明した上で、開示範囲の制限について翻意するよう説得する必要があると考えられます。

なお、通報者が開示範囲の制限につき翻意しない場合、一旦は受け付けた上で、できる限りの調査を行い、調査不十分で結論が出せないとして終了させるほかないと考えられます。

 

 

(2)第三者からの通報の場合

Q:ハラスメントを目撃したとする第三者より通報があった場合、被害者からの通報と同様に調査を進めても問題ないか。

A:通報自体は受付ける、というのが会社の基本的な対応となります。

ただし、目撃した第三者からのヒアリング調査を受け、いざ被害者とされる本人に調査を行ったところ、本人は何とも思っておらず、むしろ会社から調査を受けること自体が迷惑であり負担であるといった反応を示してくることもあります。そして、これをきっかけに、被害者とされる人物と目撃したと主張する人物との人間関係が悪化したり、場合によっては別のトラブルを引き起こすことさえあり得るところです。

したがって、目撃したとする第三者からの通報を受付けた際、被害者とされる本人より通報してもらうことは可能か、といった誘導を試みることも必要と考えられます。

 

Q:通報窓口に差出人不明の郵便物が届いたところ、具体的なハラスメントの内容が記述されていた。この場合、会社として気を付けるべき事項は何か。

A:ハラスメント防止のための社内体制として、従業員のみを通報者と想定し、社外からの通報があった場合のルールが定められていない会社も存在するようです。この場合、社外からの通報であるという理由だけで通報を受付けないという対応はとるべきではありません。例えば、公益通報があったとして取扱う、あるいは安全配慮義務を履行するための業務の一環として取扱うといった根拠に基づき、必要な調査を開始するべきです。

もっとも、差出人不明の場合、いたずらである可能性も否定できず、結果的に事実無根であった場合、今度は加害者と名指しされた者より、差出人を探し出すよう会社に要請が来ることもあります。

したがって、会社としては、対処する範囲はあくまでも郵便物に記載されている内容の真偽であり、差出人の特定作業は含まれないことを事前に対象者に説明し、了解させるといった対応を行うことが必要と考えられます。

 

 

(3)通報者の態度に難がある場合

Q:怒り心頭の通報者が「××を早くクビにしろ!」、「私は被害者だ!」等々の感情的な発言を、繰り返し長時間にわたって行い続け、業務に支障をきたしている。受付を拒絶することができるか。

A:通報者の言動如何によっては、受付業務の遂行に支障を来すこともあり得る話です。

感情的な態度も未来永劫続くことはない以上、例えば30分を経過したら一度話を打ち切り、後日聞き取りを行う方向に誘導する、あるいは主張したいことを紙に書いてもらう(但し、自由記載にすると趣旨不明なものが提出される恐れもあるため、5W1H・時系列などの記載事項を指定した専用書式を準備し、その専用書式に記入してもらうようにする等の対応を検討するべきです)といったことも検討に値します。

したがって、いくら業務に支障を来すからとはいえ、受付を拒絶することは問題のある対応であり、他に代わる手段を模索する必要があると考えられます。

なお、本件とは逆に、ショックを受けて無口になってしまう(直ぐに泣いてしまう等)という通報者も存在します。この場合はゆっくり時間をかけてヒアリングを行う、場合によっては受付担当者以外の者を同席させる(セクハラ案件であれば同性の者に立ち会ってもらう。メンタルヘルス疑いがあるのであれば産業医に立ち会ってもらう等)といった対策も検討する必要があります。

 

Q:10年以上前に発生した、既に会社にいない人物からの嫌がらせ行為を通報してきたが、調査困難であるとして受付を拒絶してよいか。

A:通報内容からして調査困難であることが分かっていたとしても、受付を拒絶することは問題ありと言わざるを得ません。

受付けるだけ受付けた上で、通報者より誰からヒアリングを行えばよいか、何か証拠となるようなものが存在するのか等々、適切な調査を行うためには通報者の協力が必要不可欠であるという姿勢を示しつつ、調査にはどうしても限界があることを分かってもらうといった方法を検討するのも一案です。

したがって、調査困難な通報であっても受付自体は行い、対応可能な調査を行った上で限界が生じた時点で通報者に説明するといった対応が必要になると考えられます。

 

 

2.ヒアリング等の調査段階

 

(1)ハラスメント非該当が明確又は他者との関係で問題が生じそうな場合

Q:通報された内容が、どう考えてもハラスメントに該当しないと判断される場合、調査を行うことなく終了させてもよいか。

A:例えば、通勤交通費を不正に受給し続けていたことが発覚し、上司より不正受給分を返金しない場合は懲戒処分もあり得る旨告げられたこと(怒鳴られたり、感情的に言われたわけではない)につき、脅迫されたという通報事例があった場合、一般的な感覚からすればハラスメントに該当するとは到底思われません。

しかし、通報受付担当者が先入観をもって対応することは、通報者より不信感を招く行為であると共に、第三者から見ても通報制度が適切に運用されていないと疑われても仕方がない行為といます。

したがって、通報を受付けることはもちろん、必要な調査を淡々粛々と行い、調査結果を踏まえて対処するという通常対応を行うべきと考えられます。

なお、このような通報内容それ自体は箸にも棒にも掛からぬ事例であったとしても、これを端緒に調査を開始したところ、もっと根深い社内問題が発覚したりすることも実はあったりします。結果的にはトラブルの事前予防や問題拡大防止に役立つことになりますので、フロー通りに調査業務を行うことをお勧めします。

 

Q:通報された内容が、かえって加害者と指摘される人物の人格権を侵害するようなものであった場合、調査を行うことなく終了させてもよいか。

A:例えば、汗をかきやすいことからやや体臭が気になる人物よりスメハラを受けている、汗をかいてそのまま社内にいることが気持ち悪い・不快であるといった通報の場合、当該人物が入浴しない等で不衛生なところがあるのであればともかく、汗をかくこと自体は生理現象である以上、ことさら糾弾するべき事項ではないと考えられます。

また、こういった通報があったこと自体を、加害者と名指しされた人物に伝えた場合、通報者の指摘は不適切であるとして人間関係に軋轢を生む可能性があります。

さらに、通報受付担当者の言い方にもよりますが、加害者と名指しされた人物に対して「体臭がきつい」等と指摘した場合、人格非難である・人格権の侵害であるとして大きなトラブルに発展する可能性(言い方によっては通報受付担当者がパワハラを行ったと指摘される可能性)も否定できません。

そこで、このような事態を回避するために調査を行わないということも考えたくなるのですが、通報制度の信頼性を維持するためにも、調査担当者が勝手に調査を打ち切る等の対応は行ってはなりません。

したがって、社内ルールに則り、適切な調査を実施できるよう手続きを進めるべきです。なお、体臭による業務遂行への悪影響の度合いについては、客観的な基準が設けられているわけではないため、調査に基づく結論を出しづらいところもあります。その結果、双方に配慮を求めるという形で幕引きを図らざるを得ない場合もあり得るところと考えられます。

 

Q:通報された内容について、通報者の気持ちが分からないでもないが、加害者と指摘された人物も違法行為を行っているわけではないことが明らかである場合、調査を行うことなく終了させてもよいか。

A:例えば、室内温度につき冷房を強く設定する人物がいるため、体調不良に悩まされているとする通報内容であった場合、加害者と指摘された人物は違法行為を行っているわけではないことはもちろん、不適切な行為と断定できるわけではないことから、ハラスメントとは言い難いものと考えられます。

しかし、実際に体調不良に悩まされていると被害申告を行ってきている以上、調査をすることなく、通報者に我慢を強いるという対応を取ることは不適切と言わざるを得ません。

したがって、調査を実施し、室内温度について何らかのルールを設定するなどして、働きやすい職場環境の構築に努めるべきです。ちなみに、社内の室内温度については、事務所衛生基準規則第5条第3項では17度から28度以内(なお、執筆時点ははっきりしませんが、最低温度は18度に改正予定です)と定めていることから、この温度幅を前提にしつつ、ルールを設定することがポイントになると考えられます。

 

 

(2)ヒアリング対象者が指定された場合

Q:通報者より、××氏(加害者・被害者のどちらにも該当しない)からのヒアリングは必ず行ってほしい旨要望があった場合、その要望に応じる必要があるか。

A:会社としても、××氏がどのような立場にあるのか、何を話すのか等の関心は生じるとは思うのですが、あくまでも調査権限は会社の裁量に委ねられています。

したがって、会社は、通報者が指定する人物からヒアリングを行わなければならない義務などありません。

もっとも、唯一無二の目撃者であるとか、加害者と指摘された人物と被害者の双方が同一人物からのヒアリングを希望する場合、重要な証人であるという推定が働きます。こういった場合は、会社としても積極的にヒアリングを行うべきです。

なお、ヒアリング対象を適切に絞り込むことなく、むやみやたらにヒアリングを実施した場合、秘密裡に調査することが困難となること(外部に情報が漏れだしやすくなること)に留意が必要です。

 

Q:通報者より、××氏だけは絶対にヒアリングしないでほしい(××氏以外の人物より話を聞いてほしい)との要望があった場合、その要望に応じる必要はあるか。

A:いくら調査権限は会社の裁量に委ねられるとはいえ、通報者の社内における人間関係等を考慮し二次被害の防止を図る観点からすると、この要望については一定の配慮をせざるを得ないと考えられます。

もっとも、会社が調査する中で、××氏が重要な証人と位置付けられる場合、事実の確認に迫るためにはどうしてもヒアリング対象にしたいと判断することもあり得るところです。

したがって、会社として指摘された人物からのヒアリングが必須と考える場合は、通報者に対し、真実の解明、同様の被害発生の防止、通報者への不利益扱いがないこと、報復措置への予防策を講じること等を説明し、要望を撤回するよう説得するというのが原則的対応になると考えられます。

なお、通報者がどうしても要望撤回に応じない場合、通報者保護の観点から当該人物へのヒアリング調査を断念することは致し方ないと思われます。

 

(3)対象者がヒアリングを妨害してきた場合

Q:対象人物に対してヒアリング調査を行おうとしたところ、対象者は弁護士の同席を要求してきた。この要求に応じるべきか。

A:確実な証拠を取得できており、ヒアリングと言うよりは加害者と指摘された人物からの弁明聞き取りの場になるというのであれば、調査手続きの適切性を担保させる目的で(後で当該人物からヒアリング時に強要された等の主張をさせない目的で)、あえて弁護士を同席させるという作戦も考えられるところです。

しかし、当該人物が認識している事実関係を聞き取るためであれば、法律の専門家である弁護士を同席させる必要性は乏しいと考えられます。

したがって、会社として弁護士を同席させるメリットがあると判断する場合はともかく、弁護士の同席要求を拒絶しても問題ありません。

ちなみに、同席要求を拒絶しているにもかかわらず、弁護士が会社施設内に立ち入ろうとするのであれば、施設管理権に基づき立ち入りを拒否すれば足ります(それでもなお立ち入ろうとするのであれば、警察を呼んで対応するほかありません)。そこまで事を大きくしたくない場合、発言権の無いオブザーバーとして同席させるという方法もありますが、弁護士の職責上、発言はしなくても依頼者である加害者と指摘された人物にあれこれ指示を出して、ヒアリングを事実上妨害してくる可能性は十分あり得るところです。この点を考慮した場合、オブザーバーとして同席させるのではなく、別室待機に留めるといった対策を講じたほうが無難ではないかと考えます。なお、弁護士がどうしても発言したいというのであれば、後日書面にて提出するよう指摘すれば足り、その場で発言させる必要性はありません。

 

Q:対象人物よりヒアリング調査を行おうとしたところ、体調不良を理由に欠勤し、休職制度の申請を行うことで、調査に協力できないと回答してきた。会社としては受け入れるほかないのか。

A:会社からすれば、対象人物は都合よく体調不良と主張していないか、詐病ではないか等々の疑いの目を持ってしまいがちですが、ここで慌てて不適切な対応を取ると、逆に会社が対象人物より攻め立てられることにもなりかねません。

したがって、会社としては、ヒアリング調査に耐えうる状態なのか客観的に確認する必要があると考えられます。

すなわち、就業規則上の根拠があればもちろん、仮に就業規則に根拠がなかったとしても会社の業務命令権に基づき、まずは主治医の診断書(ヒアリング調査に耐えうるか否かに関する見解を記載したもの)を提出させると共に、産業医の協力を仰いで本当に調査が難しい健康状態なのかを確認することが必須です。

仮に調査に耐えられない健康状態であるという場合、基本的には復調してからヒアリング調査を行うことになりますが、復調するタイミングが分からない場合、質問状を送付し、書面で回答してもらうといったヒアリングに代わる手段を講じることも検討したほうがよいかもしれません。

一方、調査に耐えうる健康状態であれば、ヒアリング調査に応じるよう業務命令を行うことで対処することになります。

 

Q:対象者がヒアリング中に暴れ出したり、勝手に退席しようとして、ヒアリングに応じない姿勢を見せてきた場合、会社としてどのような対策を講じればよいか。

A:加害者と指摘された人物はもちろんのこと、第三者証人の場合であっても、調査担当者に対して敵意を向けてくる場合があります。この場合、調査担当者が売り言葉に買い言葉的な対応に終始してしまうと、適切な調査を行うこともできず、通報者からはもちろん、社内通報窓口に対する信頼性を損なう事態にもなりかねません。

したがって、調査担当者としては、ヒアリング調査に協力することは業務命令であること、業務命令であるが故に妨害行為を取り続ける場合は別途懲戒を含めた不利益処分の対象となるといった制裁をチラつかせつつ、一方でやましいことがないのであれば、この場でしっかり説明してほしいと人情に訴える(?)といった、飴と鞭を使い分けて説得を行いつつ、努めて冷静に対応する必要があると考えられます。

なお、暴力沙汰があらかじめ予想される場合、ヒアリングを実施する場所の工夫、例えば出入り口側に調査担当者が座りいつでも逃げられるようにする、室内には灰皿等の凶器となるような備品を予め撤去しておく等の事前対策も求められます。

 

(4)ヒアリング対象者からの質問対応

Q:ヒアリング調査を行っている際、対象者より「誰がそのようなことを言っているのか教えてほしい」との要請を受けた。当該要請に応じる必要はあるか。

A:対象者が強くこだわり、場合によっては回答しない限り調査が進まないということもあることから、調査担当者としてはついつい回答したくなりがちです。

しかし、発言者を特定できる情報を回答することで、対象者が報復措置その他嫌がらせ行為を行う可能性は否定できません。また、対象者が何らの行動を起こさなかったとしても、発言者より対象者に何と思われているか分からず不安であるとして、調査担当者にクレームを申し入れられることもあります。そして何より、安易に発言者を特定できる情報を回答してしまった場合、今後他の者がトラブルを避けて調査に協力してくれなくなる悪影響も懸念されるところです。

したがって、質問にある「誰」が通報者を指す場合、当然のことながら要請に応じることはNGです(但し、通報者が予め承諾していた場合は除く)。また、証言をした第三者を指す場合であっても同様にNGと考えるべきです。

 

 

3.ハラスメント該当性判断の段階

 

(1)証言のみからの判断

Q:第三者の証言等を踏まえるとハラスメントに該当すると判断できる場合であっても、加害者と指摘された人物は否定又は記憶がないとして認めていない場合は、ハラスメント有と結論付けることはできないのか。

A:加害者と指摘された人物と被害者との双方に利害関係のない第三者が証言する内容については、原則として信用に値する証言として取扱うことが可能です。また、複数の第三者の証言が重複する場合、よほどのことがない限り相互補完的に証言の信用性が高まると考えて差し支えありません。

したがって、加害者と指摘された人物が認めていなくても、ハラスメントに該当すると判断することは可能です。

但し、第三者の証言は原則信用性が高いとはいえ、客観的な証拠(例えば録音データや私的なメール・LINE等のやり取りなど)と矛盾する内容がある場合、第三者の証言のみに依拠するのは危険であり、もう少し深堀した調査が必要になると考えられます。

また、第三者の証言について信用性を高く考えてよいのは“事実”に関する証言であって、“評価”に関する証言ではないことに注意を要します。例えば、加害者と指摘された人物が「お前はサル以下の低能だ」と発言した“事実”に関する第三者証言は、その信用性を高く評価することができます。しかし、加害者と指摘された人物の発言の内容それ自体ではなく、「あの言い方は酷く、パワハラそのものだ」といった“評価”に関する第三者証言は、一考を要します。なぜなら、複数名がパワハラだと感じても、社会通念に従って判断した場合はパワハラとは評価されないということもあり得るからです。この観点から、第三者証言を収集する場合は、具体的な“事実”(発言内容、行動、態度など)を聞き取ることが重要となります。

 

(2)証拠使用の制限

Q:通報者よりハラスメントを裏付ける決定的証拠の提示を受けたが、一方で通報者より「絶対に加害者に開示しないでほしい」との要望を受けた。この場合、会社はこの要望を受け入れる必要があるか。

A:たしかに、加害者と指摘された人物がハラスメントを否認する場合、決定的証拠を突き付けて自白させたいと考えるかもしれません。

しかし、社内通報を受けた場合の処理ルールは、調査担当者による調査を踏まえて会社が該否を決定すればよいだけであって、加害者に自白させることではありません。あくまでも会社が合理的証拠に基づき、客観的に結論を出せば事足ります。

したがって、会社は、通報者からの要望を受けいれても問題はありません。

但し、加害者と指摘された人物が社内調査結果(に基づく処分)に不服があるとして、何らかの裁判等に打って出る可能性も否定できません。この可能性を考慮し、調査担当者は通報者に対し、「社内調査段階では証拠を加害者に開示することはないが、裁判等になった場合は開示せざるを得なくなる。この点は予め理解してほしい」等と説明し、裁判等の場面では開示可能である旨の事前了解を取り付けておくことが望ましいと考えられます。

 

(3)被害者の認識

Q:目撃者からの通報に基づき、被害者にヒアリング調査を行ったところ、被害者自身はハラスメントに該当するとは考えていないと回答してきた場合、ハラスメント無しとして調査を終了させてもよいか。

A:被害者が全く気にしていない場合、調査を継続させる必要性もなければ、加害者と指摘された人物に対して不利益な取り扱いをする必要などないと考えられるかもしれません。

しかし、社内通報制度の目的は、被害者救済を唯一の目的とするわけではなく、会社内の秩序維持及び会社による安全配慮義務の実行という側面も有します。すなわち、せっかく通報があったにもかかわらず、会社が適切な措置を講じなかったことで、加害者と指摘された人物が自らの言動につき問題なしと誤信し、今後さらに大きな問題を引き起こす(新たな被害者を作り出してしまう)リスクを想定する必要があります。

したがって、被害者の意向ではなく、加害者と指摘された人物の言動が社会通念上ハラスメントに該当するか否かを客観的に判断し、社内調査の結論を出すことが必要となります。なお、被害者の意向については、社内調査を踏まえての懲戒処分の軽重に反映させるべき事情なのかもしれません。

 

(4)被害者の言動と内心との不一致

Q:通報に基づき、加害者と指摘された人物よりヒアリング調査を行ったところ、相手は嫌がっている様子はなかった、むしろ感謝された等と反論してきた。そこで、被害者に対して再度調査を行ったところ、たしかにその場の雰囲気を考え、お世辞で上記のような言動は行ったことはあるが、内心は嫌で嫌で仕方がなかったと申し述べてきた。この場合、ハラスメントの該否につき、どのように判断すればよいか。

A:厳密に考えると、被害者は当時問題なしと認識していたものの、後になって態度を翻してきたという場合もあるため、どちらの言い分を採用すればよいかは非常に難しい問題となります。

ただ、最近の裁判例は、加害者に迎合的な態度を示したことだけを理由として加害者にとって有利な事情と考えることは否定する傾向が見て取れます。

したがって、会社としては、実際に行われた言動(事実関係)を抽出した上で、当該言動が社会通念上相当と言えるのかという観点から判断するほかないと考えられます。もっとも、この判断は相当困難を伴いますので、必要に応じて弁護士等の専門家の見解も収集しておき、会社として合理的に判断したとする裏付けを残しておいた方が無難かもしれません。

 

4.該当性判断後の対応段階

 

(1)再調査要求への対応

Q:社内調査に基づき結論を出したところ、被害者が結論に納得がいかないとして、再調査を行うよう要求してきた。会社はこれに応じる必要があるか。

A:たしかに、被害者が新たな証拠を提出してきた場合、再調査を行ったほうが良い場合も考えられます(もっとも、なぜ後になって新証拠を提出してきたのかについては吟味が必要です)。

しかし、社内調査を行った上で出した結論につき、結論変更につながりかねない安易な再調査を行うことは、社内調査への信頼性を欠く行為であり、お薦めできるものではありません。

したがって、原則として再調査に応じるべきではないと考えられます。

 

(2)示談への仲介

Q:通報者である被害者は、加害者からの謝罪を要求しているところ、加害者もこれに応じる意向を示しており、会社に仲裁を依頼してきた。会社はこの依頼に応じるべきか。

A:双方当事者が望むのであれば…と考え、会社が間に入って仲介するという考え方もあり得るところです。

もっとも、謝罪の場がかえって新たな紛争の場に発展することが起こりがちです。例えば、謝罪の仕方が気にくわないとか、言動に誠実さがないといった被害者からのクレームがあるかと思えば、その場で無茶要求をしてきたり、感情的に罵詈雑言を浴びせることによる加害者からのクレームが生じたりするなど、間に入る会社担当者としては非常につらい立場になることさえあります。

したがって、会社が仲介するにしても、双方当事者に対して節度・誠意のある対応を取ること、その場で議論をしないこと等の注意喚起を行うといった準備が重要になると考えられます。

なお、いわゆる金銭示談を行うことになった場合、会社が示談金額を提示し、双方に説得するといった対応は避けたほうが無難かもしれません(仮に行うのであれば、弁護士に事案に応じた相場を事前に聞いておき、一応の根拠のある状態にしておくべきです)。これは、後で一方又は双方より金額に妥当性が無いと攻め立てられることを防止するためです。

 

 

 

<2022年7月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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