【支払い側】損失を回避する会社がやっている賢い法務戦略について、弁護士が解説!

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【ご相談内容】

これまで当社は、お客様重視の営業活動に専念していたため、お客様との間でトラブルがあっても、さっさと要求通りのお金を支払って解決するというスタンスで経営してきました。しかし、最近クレームやトラブルが立て続けに発生し、相手から言われるがままにお金を支払っていては利益が無くなることはもちろん、損失が発生するばかりで、事業が成り立たないということに気が付き、取引先対応の見直しを図ろうとしているところです。

取引先等より何らかの支払い要求を受けた場合、どのような点に注意しながら対処すればよいのか教えてください。

 

 

【回答】

事業活動を行うためには、正当な利益を確保すると共に不必要な損失を回避することが重要であること論を待ちません。

本記事では、主として取引先より売買代金等の支払い要求を受けた場合、第三者より損害賠償請求を受けた場合を念頭に置きつつ、従業員(元従業員を含む)より金銭要求を受けた場合も簡単に触れながら、不必要な損失を回避するために知っておきたい賢い法務戦略につき解説します。

 

 

【解説】

 

1.取引先より代金等の支払い要求を受けた場合

 

損害賠償という紛争性の高い形式での要求が来た場合、会社としても身構え慎重に対応することが一般的かと思います。一方で、通常取引を前提にした売買代金等の支払い要求の場合、紛争性が高いものと直ちに判断できないことから、必ずしも適切とはいい互い初期対応を行ってしまい、後で揉めに揉めてしまうということが少なからず発生します。

そこで、通常取引を前提にした売買代金等の支払い要求があった場合、より慎重に対処することで不必要な損失を出さないという観点から、賢い法務戦略として5つのポイントを解説します。

 

【ポイント1 不払い事実の有無及び原因の調査】

取引先より代金等の支払い要求を受けた場合、まず確認するべきは次の3点となります。

・代金支払いの前提となる取引の有無

・取引に基づく商品・役務提供の有無

・請求書の有無

 

通常の取引フローを前提に、支払い手続きがストップしてしまった理由をまず探るのが賢い法務戦略となります。

ちなみに、不払いを正当化する法的根拠を見出すことが法務の腕の見せ所と考える方もいるかもしれません。しかし、いわいる後払い(掛売)は取引先との信用関係で成り立っている以上、最初から不払いの理屈を探し、自社の正当化を図るという方法は今後の取引継続に重大な影響を与えかねないことから、執筆者個人としてはお勧めできるものではありません。

さて、確認するべき3点ですが、具体的には次のような事項を検討することになります。

1つ目ですが、例えば、会社内の正式な発注ルートを通すことなく、一担当者が無断で発注を行っていたため、会社としては発注した認識を持っていなかったという事例は結構あったりします。この場合、一担当者が取引当事者であるとして会社は支払拒絶を行うのか、あるいは使用者責任等を考慮し会社がいったん支払った上で、内部問題として後日従業員と清算を行うのか検討することになります。

2つ目については、例えば、実は商品が発送されていなかったという取引先の勘違いパターンもあれば、会社内での正式な受領手続きを踏んでおらず、会社として商品受領を認識していなかったというパターンもあったりします。いずれにせよ現実に商品受領が確認できないのであれば支払い義務が生じない以上、その旨を取引先に指摘し、確認を行うことになります。

3つ目については、取引先が請求書を発行し忘れていたというパターンもあれば、会社が受領した請求書を紛失していたというパターンもあります。ただ、契約書で請求書の有無が支払いの前提と規定されている場合であればともかく、請求書が無いから支払い義務を免れると法的に結論付けることはできません。したがって、請求書が無いことだけを理由に不払いを正当化するというスタンスはとらない方が無難です。

 

 

【ポイント2 商品・役務に対する不具合の有無】

上記ポイント1で記載した、「取引がある」、「商品・役務の提供も受けている」、「請求書も受領している」という場合、基本的には支払い義務が生じると考えられます。したがって、変に拘るより、取引先に不払いを詫びると共に、早急に支払いを行うべきという結論にどうしてもなりがちです。

ただ、上記ポイント1で記載した事項は、会社の部署でいえば経理・総務部門の認識のみで判断できる事項に過ぎず、他の部門の認識が反映されていません。そこで、何故あえて支払いを止める自体となっていたのか、時間が許す限り、実際に商品・役務の提供を受けた現場担当者より話を聞いてみることが賢い法務戦略といえます。

なぜなら、商品・役務の提供は受けたものの、想定していたものと異なっていた、初期不良がある、故障ばかりして使い物にならない等々の商品・役務それ自体に不具合が存在し、その不具合が解消されていないにもかかわらず、(心情的に)支払いに応じるのはおかしいという問題点が浮かび上がってくることがあるからです。

仮にこのような問題点を把握できて場合、契約不適合責任(旧瑕疵担保責任)を追及できるのか検証することになります。ただ、契約書において検収合格を前提に支払い義務が生じる旨定めている場合であればともかく、契約不適合責任があるから直ちに支払いを拒絶できるという訳ではありません。

何をもって契約目的を達成しえない不具合というのか検証に時間がかかりますし、場合によっては弁護士等の専門家の見解を得ないことに判断が付かないという事態もあります。そこで賢い法務戦略としては、支払うという態度は示しつつ、不具合問題について調整を図りたいという意思を早期に示すことが重要となります。

なるべく媒体物に残る形で意思を表明したほうが良いので、例えば次のような文書を送付することも一案です。

【参考書式】

●株式会社 御中

ご連絡

××株式会社

代表取締役 ××

(担当 ××)

前略

お問い合わせ頂いておりますお支払いにつき、ご心配及びご迷惑をおかけしております。

ところで、貴社が納品された●●につきまして、当社内で確認したところ正常に作動せず、適切な使用ができない状態です。

つきましては、大変恐縮ですが、お支払いの件と合わせて商品以上の有無についても協議したいと考えますので、改めて日時調整等させて頂けましたら幸いです。

草々

 

【ポイント3 要求額受入れ必要性の有無】

上記ポイント1及びポイント2に基づき検討した結果、支払い義務自体は免れないという場合、早急に売買代金等は支払うべきといえます。

しかし、取引先によっては、当社からの支払いが遅延したことで、売買代金等以外の損害が発生したとして金銭支払い要求を行ってくることがあります(例えば、弁護士に回収手続きを依頼した際に生じた弁護士費用など)。

このような場合、果たして支払う必要があるのか、冷静に判断し、支払不要なものは不要と回答することが肝要です。

ただ、支払いを遅延した場合、心情的に負い目があるのか、あるいは取引先の怒りを鎮めるためか、無茶な要求であってもその場凌ぎで受け入れてしまうことが起こりえます。この場合、一度受け入れてしまったことを簡単にひっくり返すことは難しいことは理解しつつ、後日改めて受け入れを拒否し、あえて長期戦に持ち込む(取引先が諦めるのを待つ)といった戦術を用いることも検討に値します。

要は、不合理な約束以外に法的根拠を見いだせない要求に対しては、あえて法的闘争に誘導する(もっとも、取引先も法的根拠が薄い以上、訴訟等の法的手続きを用いることに躊躇を覚える)といった対策を講じることも賢い法務戦略の1つと言えます。

支払を拒絶する旨意思表明するための参考書式を掲載しておきます。なお、支払を拒絶するのであれば何らかの法的根拠(錯誤、詐欺、強迫など)を本来であれば示しておきたいところですが、なるべく早く支払い拒否の意思表明をしたほうが良いこと、拒絶理由は後で冷静に弁護士を交えて検討するべきであることを踏まえると、端的に支払いは行わないだけの宣言でも致し方ないと考えられます。

【参考書式】

●株式会社 御中

ご連絡

××株式会社

代表取締役 ××

(担当 ××)

前略

●年●月●日、貴社によりご請求のありました××(ご請求額×円)につきまして、法的根拠のない請求であると考えております。

したがって、当社は××に関する×円をお支払いすることはできないこと、本書にて通知します。

草々

 

【ポイント4 一時的手元不如意の場合】

支払い義務があることは争いようがない、取引先からの請求も理に適っているという場合、法的には直ちに支払いを行う必要があるという結論しか出しようがありません。

しかし、支払いたくても支払う金が無いという場合、如何にして対応するかが法務力の見せ所となります(単に支払い義務があると正論を主張するだけでは、会社のための法務とは言えないかと思います)。

(広義での)債務整理の問題として対処することになるのですが、会社の現状及び支払見込みを然るべきタイミングで取引先に説明することが重要となります。

ちなみに、あくまでも1つの考え方に過ぎませんが、取引先が法的回収手段に出ると強く言ってきたとしても、怯む必要はありません。なぜなら、訴訟手続きの実務的な観点からすると、(大阪の場合ですが)仮に弁護士に依頼して訴訟を提起する場合、訴訟提起するだけで約1ヶ月、裁判所が第1回の裁判の日(口頭弁論期日)を設定するのは更に1ヶ月先であることが多く、裁判が実際に開始するまでにスムーズに進んでも約3ヶ月の時間がかかるからです。すなわち、この約3ヶ月の間に一時的な手元不如意を解消できるのであれば、十分交渉の余地があることになります。また、実際に裁判が開始した後であっても、会社の窮状と支払能力について裁判官に説明を行えば、たいていの場合、裁判官が分割払いによる和解協議の場を設定してくれますので、さらに時間を稼ぐことが可能となります。

このような訴訟手続きに要する時間を考慮した上で、資金を確保し支払準備を進めるよう会社に提言することが賢い法務戦略といえます。

なお、一般論として、取引先が債権回収のために訴訟手続きを選択する理由の1つとして、連絡が取れない状態である(社長や担当者と話ができないことを含む)ことがあります。要は、取引先に不信感を抱かせないよう、また訴訟ではなく交渉による解決がベターであることを理解してもらうために、定期的に連絡を取り交渉を継続することも賢い法務戦略となります。

 

【ポイント5 今後の取引への影響(風評を含む)の有無】

支払いが行われない場合、当然のことながらその取引先との今後の取引継続は危ういものとなってしまいます。

また、上記ポイント4のような手元不如意の場合、「あの会社は倒産しそうだ」等々の悪い噂が業界内外に流れやすくなります。この結果、支払未了となっている取引先とは別の取引先より、今後の取引を見直したい、現金取引でしか対応しない、保証金を入れてほしい等々の取引条件の見直しや取引打切りといった影響を受けることにもなります。

こういった悪影響を排除するためには、最終的には支払未了分を如何にして早期処理を行うかにかかってきます。

ただ、これ以外にも信用不安を打ち消すリリースをあえて出すのか、他の取引先に対しては何食わぬ顔をして期日通りの支払いを継続するのか、代替の取引先を確保し立て直しを図るのか等、会社を継続するために周辺環境の整備を図ることも賢い法務戦略となります。

 

 

2.第三者(取引先を含む)より損害賠償請求を受けた場合

 

上記1.と異なり、損害賠償請求という形で要求を受けた場合、危険度が高いものと判断し、慎重に対応することが通常です。もっとも、その慎重な対応が、結果的には敵意をむき出しにする、あるいは一切無視する(協議を拒絶する)といった極端な対応に結びつくことも多く、ややもすると本来の紛争とは別の紛争が生じてしまい、解決をさらに難しくするといった事態に陥ることさえあります。

そこで、損害賠償請求を受けた場合であっても、是々非々で対応するという観点から賢い法務戦略として5つのポイントを解説します。

 

【ポイント1 聞き役に徹する】

例えば、取引先を含む第三者が、当社提供の商品・役務により損害を被ったと主張してきた場合、「そんなはずはない」として一切話を聞かないという対応はもちろんのこと、詳細も聞かずに「申し訳ございません。何とかします」と責任を認めてしまうのも、初期対応として間違いとなります。

初動対応としては、とにかく損害賠償を要求してきた第三者の話を聞きつつ、「いつ」、「どこで」、「誰が」、「誰に対し」、「何について」、「どういった」損害を被ったと主張するのか、時系列を追いながら整理しつつ、「なぜ」当社の責任と考えるのか言い分を聞くだけ聞くというのが、ベターと考えられます。

なぜなら、人は不都合なことは隠したがる傾向があるところ、損害賠償を要求してくる初期段階の場合、相手も興奮状態にあることから不都合なことであっても話をしてくれることが多いからです。要は、初期対応段階で当社に有利な事情を引き出せるかが勝負になるといっても過言ではありません。こられの点を考慮すると、淡々と話を聞きかつ話を整理できる人物を初動対応担当者に充てることが賢い法務戦略と言えます。

なお、クレームの初動対応については、次の記事もご参照ください。

クレームを受けた場合の初期対応のポイントを弁護士が解説!

 

ちなみに、具体的な事実経過や根拠を問い質しても、相手が回答をはぐらかす、感情的な対応に終始する場合、いったんは「不当要求」の可能性ありと判断し、対処するという方針を予め決めておくことも重要となります。もちろん、初期段階では相手も混乱・困惑・怒り等の感情をコントールすることが難しかったものの、時間がたつにつれて冷静となり会話ができるようになるというパターンもあります。その場合は、「不当要求」という判断を撤回し、通常対応に戻すといった柔軟な判断が求められます。

なお、不当要求を受けた場合の対応については、次の記事もご参照ください。

不当要求があった場合の対処法について、弁護士が解説!

 

【ポイント2 保険による対応の可否】

一通り話を整理できた段階で、会社として責任があるのかという点を検討することになります。ただ、法的な観点からの有責・無責の判断は専門性が高いため、最終的には弁護士に相談して判断したほうが確実と考えられます。

ところで、会社として責任があるか否かの判断を行う前であっても、何らかの損害保険に加入しているのであれば、損害保険を利用して解決を図ることができないかと考えを巡らすのが賢い法務戦略となります。

なぜなら、クレーム内容が保険事故の範囲に含まれる場合、保険会社が調査した上で有責・無責の判断材料を提供してくれるからです。また、保険事故として対応できる場合、当然のことながら被害者への賠償を保険金で充当してくれますので、会社の金銭負担が減ることになるからです。なお、自動車保険の場合を除き、保険会社による示談代行はありませんが、自社で被害者対応を行うことが難しい場合、保険会社より弁護士を紹介してもらえること及び弁護士費用が保険金より支給されること通常ということも知っておいて損はありません。

損害保険については、会社が認識していないオプションが付保されていることが多いので、物は試しで保険事故に該当するのか問い合わせだけ問い合わせてみるというスタンスは持っておきたいところです。

 

【ポイント3 責任論と損害論の切分け】

取引先を含む第三者が損害賠償の要求をしてきた場合、会社として意識したい事項として、①責任があるのか、②相当な損害といえるか、の2点を分けて考えるということです。これは、執筆者を含む裁判実務を経験している弁護士からすれば、①の責任論では勝てても、②の損害論で実質負けてしまった(裁判所は法律上の損害として認めなかった)という事例が多くみられるからです。

現場実務を見ている限り、①の責任論については、会社としても必死で検証するものの、②の損害論については深く検討しておらず、結果的に余計なお金を支払っているというパターンを見かけますので、「相当な損害として認められるのか」という意識を持つことが賢い法務戦略となります。

ちなみに、「迷惑料として×円支払え」とか、「慰謝料を支払え」とか、「機会損失を補償せよ」といった要求を受けたことはないでしょうか。

この点、迷惑料という法律上の損害項目は存在しない以上、支払い義務はないと考えることが原則となります。また、慰謝料については人身損害が生じている場合であればともかく、物的損害に留まる場合は支払い義務なしと考えることが原則となります。さらに、機会損失(逸失利益)については本当に取引が成立したといえるのか、取引を確実に履行することができたのか、取引によって利益を得ることができたのか等の将来にわたる不確定要素が多いことから、支払い義務なしと考えることが原則となります。

もちろん、早期解決を図る目的で、法律上の損害とは言えない金銭を支払うこともあるかと思います。しかし、当社に責任があるから、相手の要求する損害を何でもかんでも認めてしまうことは問題が多い、という視点を持ち合わせていただければと思います。

 

【ポイント4 合意書に記載するべき条項】

取引先を含む第三者より損害賠償請求を受け、何らかの支払いを当社が行うことになった場合、これ以上の支払いを食い止める、すなわち支払った後もなお何らかの金銭支払いを要求される事態を避けなければなりません。

したがって、いわゆる清算条項を明記した何らかの証拠(通常は相手がサインした書面)を最終的に入手できるように交渉を進めることがポイントとなります。ただ、この何らかの証拠の内容(書面に記載する規定・条項)にこだわり過ぎて、最終クロージングができずに交渉が膠着するといった場面を見かけたりします。

こういった場面が生じた場合、改めて何をゴールとするのか、目標設定を確認することが重要となります。そして、これ以上のクレームは受け付けないという点にあるのであれば、次のような簡易な書式にてクロージングすることも十分であるといった発想の転換を持つことが賢い法務戦略となります。

ここでは「簡易版」と「やや厳格版」の2種類の参考書式を掲載しておきます。

【参考書式 簡易なもの】

誓約書

当社は、本日までに発生した貴社との一切のトラブルの解決金として、金●円を本日受領しました。よって、今後当社は当該トラブルに基づく金銭支払いその他要求は行いません。

年  月  日

××株式会社 御中

住所

会社名

代表者名                                 ㊞

 

 

【参考書式 やや厳格なもの】

合意書

●株式会社(以下「甲」という)と××株式会社(以下「乙」という)とは、次の通り合意した。

1. 乙は甲に対し、下記トラブルに関する一切の解決金として、既払金以外に金●円の支払い義務があることを認める。

(※トラブル内容を5W1H形式など参照しながら簡潔に記述する)

以上

2. 乙は甲に対し、前項に定める金員を●年●月●日までに、甲の指定する次の口座に振り込んで支払う。なお、振込み費用は乙の負担とする。

●銀行 ●支店 普通 口座番号● 口座名義●

3. 甲及び乙は、本合意書に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

以上の通り合意したので、本合意書を2通作成し甲乙署名押印の上、各自1通を保有する。

年  月  日

 

【ポイント5 交渉打ち切り】

相手の主張する内容を踏まえて検討する限り、当社に責任があるとは考えられない、相当な損害とは考えられない等の理由で、相手の要求に応じられないという場面がどうしても生じることがあります。

この場合、当社の正当性及び根拠を根気よく説明し、相手に納得してもらうという交渉方針をとることが通常です。ただ、相手が一切引かず、双方が同じことを繰り返すだけの交渉が延々と続いてしまうこともあります。このような状態となった場合、交渉担当者が疲弊することはもちろん、会社としても「解決できない」という焦りが生じてしまい、事例によってはたとえ不当要求であることが分かっていたとしても、根負けして相手の要求に応じてしまうといったこともあり得ます。

このような理不尽な結論を招かないために知っておきたいこととして、交渉事は「相手が納得して、書面にサインすることが全てではない」ということです。すなわち、

  • 協議を尽くしたが合意に至らなかった場合、交渉を打ち切ること
  • 相手が新たなアクションを起こしてきてから、改めて当社も対応すればよいと決断すること
  • 相手が新たなアクションを起こさない限り、いわゆる塩漬け状態にすること

といった選択肢があることを認識し、適宜選択することが賢い法務戦略となります。

ちなみに、交渉打ち切りのタイミングはケースバイケースの判断が求められるため、一律の基準で判断することにはなじみません。ただ、一例として、日を改めて協議を行ったが、同じ主張と反論の繰り返しであり、これが3回連続したといった事例であれば、交渉打ち切りの1つのタイミングとみてよいかもしれません。いずれにせよ、どこまで交渉を継続し、どのタイミングで交渉を打ち切るかについては、交渉事に長けている弁護士に相談しながら決めるべきです。

なお、交渉を打ち切る場合、相手にその旨連絡するのが鉄則となります。「対応を放置されていた」と相手に言わせないためです。そこで、例えば次のような書面を相手に送付し、交渉打ち切りを宣言するといったことが考えられます。

 

【参考書式】

●株式会社 御中

ご連絡

××株式会社

代表取締役 ××

(担当 ××)

前略

先日より断続的に協議を行っております××の件につき、ご連絡申し上げます。

さて、貴社もご承知の通り、貴社のご主張とこれに対する当社の認識とには大きな齟齬があります。この齟齬を埋めるべく協議を重ねてまいりましたが、前回の協議でも明らかなとおり、双方歩み寄ることが難しいかと存じます。

よって、大変遺憾ながら、当社は協議による解決は難しいと判断したこと本書にてご連絡申し上げます。

なお、貴社におかれましてご主張されたいことがございましたら、正確性を期すべく書面にてご連絡いただければと存じます。

草々

 

 

3.(参考)従業員(元従業員を含む)より支払い要求を受けた場合

 

損をするか得をするかは取引先との取引内容次第というのが商売間隔だと思いますが、会社全体として考えた場合、損失を生む経費には従業員との取引(労使関係)も問題となってきます。

賢い法務戦略として5つのポイントを簡単に解説します。

 

【ポイント1 紛争拡大可能性の確認】

典型的な例として、1人の従業員より未払い残業代の支払い要求があった場合、他の従業員も一緒に要求してこないか、慎重に社内情勢を見極める必要があります。

当然のことながら、未払い賃金があれば支払わなければならないのですが、1人からの請求であっても資金繰りに及ぼす影響は相当あるところ、同時に複数人より多額の支払い要求を受けた場合、重大な経営危機に直面する、場合によっては倒産するしかないという状況に追い込まれるからです。

あまり大きな声では言えませんが、将来的に未払い残業代の支払い要求を考えている従業員を見つけた場合、表立って要求してくる前に協議解決を図ることが賢い法務戦略となります(表立って支払い請求してきた場合、労使双方とも時間・労力・金をかけた徹底抗戦になることが多く、最終的に会社は疲弊するだけということが多いため)。

なお、退職者からの未払い残業代の支払い要求があった場合、在籍中の従業員も一緒になって支払い要求してくる事例もありますが、パターン的には他の退職者も一緒になって要求してくる事例の方が多いように思います。したがって、退職者だから他には飛び火しないと安易に考えることは禁物です。

 

【ポイント2 今後の出方を見極める】

例えば、元従業員が退職後に、ハラスメント被害を受けていたとして損害賠償請求を行う通知書を元従業員の個人名義で送付してきたという事例があった場合、会社としても、元従業員が指摘するような事実関係の有無を確認し、事実が無いのであれば要求を拒否する回答を行うことになるかと思います。これ自体は非常に重要なことなのですが、同じく重要なこととして、回答を行う前に、元従業員はどこまで責任追及してくるか(代理人弁護士を立ててくるのか、労働組合に駆け込むのか、労働基準監督署等の行政機関に駆け込むのか、訴訟提起まで視野に入れているのか等)を予想することも重要であり、この点を意識しながら方針を組立てることが賢い法務戦略と言えます。

なお、相手が何を考え、今後どのような動きをとるのかを完全に予測することは不可能です。もっとも、例えば通知書の体裁からすれば、専門家を付けずに文書を作成した等の判断は可能であり、企業側で労使問題を多く取り扱う弁護士であれば、それを手掛かりに今後の動き方についてはある程度予測することができる場合があります。紛争が拡大するリスクがあるのか、弁護士に法的鑑定を依頼することも選択肢として持ってほしいところです。

 

【ポイント3 損害額の妥当性】

従業員又は元従業員が会社に責任があるとして損害賠償請求を行ってくる場合、弁護士等の専門家が付いているか否かに関わらず、往々にして吹っ掛けた金額を要求してくることが多いように思われます。

前述2.ポイント3でも解説しましたが、従業員側の指摘する事実関係に間違いがなく、会社が責任を免れることが難しいと判断できた場合であっても、相当な損害といえるのかを検証し、減額根拠を見つけ出すことが賢い法務戦略となります。

なお、いくらであれば妥当な損害額といえるのかについては、インターネット等を探しても的確な情報を発見することは困難と思われます。こういった場合は弁護士に是非相談してほしいところです。

 

【ポイント4 保険利用の可否】

労災事故の場合、公的な労災保険では対象外となる損害(慰謝料など)をカバーする民間保険があることは比較的知られていますが、労使問題それ自体をカバーする損害保険など存在しないのではと考える方もいるかもしれません。

ただ最近では、労使問題を対象とする保険が販売されていますし、例えば従業員が発生させた会社車両の自損事故については自動車保険(車両保険)で対応可能となる場合があります。

したがって、労使問題だからと諦めずに保険対応可能か調査することが賢い法務戦略となります。

 

【ポイント5 支払方法と清算条項】

従業員側からの支払い要求に対し、会社としてゼロ回答ができないと判断した場合、何らかの支払いを行って終結することが通常です。この終結するに際し、会社としては、従業員がこれ以上の要求は行わない旨の約束を取り付けるべく、何らかの書面を締結することが多いのですが、この際に留意したい事項があります。

1つ目は、清算条項を定めるに際し、清算範囲がどこまで及ぶのかを意識するという点です。例えば、ハラスメントに関する損害賠償交渉が妥結し、その書面上「本件に関し、何らの債権債務が無いことを相互に確認する」といった清算条項を定めた場合、後で当該従業員より未払い残業代の支払い要求があったとしても、会社は清算条項を盾に支払い義務なしと主張することはできません。これは「本件に関し」という限定が付されていることが原因です。したがって、安易に「本件に関し」を明記しないよう注意することが賢い法務戦略となります(なお、厳密には、「本件に関し」を明記しなないことで、常に上記のようなリスクを排除できるわけではない…という厄介な問題が実はあります)。

2つ目は、口外禁止条項を定めることに意識するという点です。上記3.ポイント1でも記述しましたが、労使紛争は他の従業員等に拡大しやすい傾向を持っているところ、解決を図った従業員が他の従業員に対して変に煽ったり唆したりすることを防止する必要があるからです。紛争拡大を防止する観点から口外禁止条項を盛り込むよう注意することが賢い法務戦略となります。

3つ目は、誹謗中傷禁止条項をできる限り定めるようにするという点です。要は両当事者とも相手方の名誉・信用を毀損するような言動を行わない旨明記するということなのですが、厄介なのはこのような条項を定める場合、従業員に対してのみ義務負担させることは難しく、会社も義務負担に応じなければならないという点です。労使トラブルが発生した場合、結果はどうなったのか他の従業員としても関心事であり、会社としても何らかの説明を行う必要が生じる場面があるのですが、その際に会社からの説明内容には細心の注意を払う必要があります。

なお、誹謗中傷禁止条項を規定する場合、会社としても注意するべき事項が増えますが、しかし最近では、例えば転職サイト等に悪い口コミをかかれてしまい、風評被害を受けるといった事例も散見されるところですので、誹謗中傷禁止条項を明記することは賢い法務戦略と言えます。

以上の点を考慮した、合意書案の参考書式を掲載しておきます。

 

【参考書式】

合意書

●(以下「甲」という)と株式会社●(以下「乙」という)は、甲乙間の労働契約にかかる問題(以下「本件問題」という)に関し、次の通り合意した(以下「本合意」という)。

1. 乙は甲に対し、本件問題の解決金として金●円の支払義務があることを認める。

2. 乙は甲に対し、前項の金員を、●年●月●日までに甲の指定する口座に送金して支払う。なお、振込手数料は乙の負担とする。

3. 甲及び乙は、本件問題の発生及び経過、本合意に至るまでの交渉内容及び本合意の内容について、法令上要求される場合等の正当な事由なくして第三者に開示・漏洩してはならない。

4. 甲及び乙は、今後、互いに誹謗、中傷し、また互いの名誉、信用及び業務を毀損する言動等を行わないことを約束する。

5. 甲及び乙は、本合意書記載事項のほか、甲及び乙との間には何ら債権債務のないことを相互に確認する。

 

以上のとおり合意に達したので、本合意書2通を作成し、甲乙署名押印の上、各1通を保管するものとする。

年  月  日

 

 

 

<2022年6月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 

リスク管理・危機管理のご相談


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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