介護事業者が注意したい法務のポイントについて弁護士が解説!

この記事を読むのにかかるおよその時間  約 2

 

【ご相談内容】

当社は、当社が保有する遊休土地を利用し、通所介護事業に参入することを計画しています。ただ、これまでに介護事業を行ったことがないためノウハウがなく、どういった事項に注意するべきなのか見当がつかない状況です。

介護事業を開始するに当たり、気を付けておきたい法律問題について教えてください。

 

 

【回答】

介護事業については確実に需要があり、新規参入者も多い業態です。しかし、許認可事業であることはもちろんのこと様々な法令上の規制があり、しかも事業運営による売上の大半が介護保険に基づく給付に依存するため、事業を継続させることが難しい業態と言われています。

また、介護事業の経営者はいわゆる商売人タイプではない方が多く、事業経営に対する理解不十分に起因するトラブルや、人間関係、特に利用者(高齢者)との独特の関係性に由来するトラブルが多くみられます。

以下では、いくつかの介護事業者の顧問弁護士として活動する執筆者において、介護事業を運営するに際してよく受ける相談事例を中心に、法律上の注意点について解説を行います。

 

 

【解説】

 

1.概要

介護事業は許認可事業であり、当然のことながら許認可を取得していることを大前提となります。さすがに無許可で典型的な介護事業を開始する人は聞いたことがないのですが、許認可が必要な介護事業の範疇と言えるのか、その分水嶺は意外と分かりづらい場合があります。また、利用者は当然介護保険の対象なので自費負担がないと考えていたところ、後で自費負担を求められてトラブルになるといったこともあるようです。

許認可取得の有無に関する調査はもちろんですが、介護保険の対象となるサービスの範囲はどこまでなのかについて、介護事業者が認識することはもちろん、利用者に対して明確に説明できるようにすることがポイントです。

以下では、介護事業を行うに当たり問題となりやすい事項について、人に関する問題、物に関する問題、お金に関する問題、情報に関する問題に分けて解説します。

 

 

2.人に関する問題

 

(1)人材確保(人材紹介会社の利用)

介護業界は慢性的な人手不足と言われており、様々な媒体に求人広告を掲載することはもちろん、人材紹介会社を利用した求人活動が多く行われています。

さて、人材紹介会社を利用した場合、当然のことながら紹介料が発生します。その点は介護事業者も十分確認しているのですが、問題は紹介料の発生条件や返還条件についてです。よくあるトラブルとしては次のようなものがあります。

  • 紹介を受けた人材のスキル・能力とミスマッチングがあるところ、満額の紹介料支払いを要求された。
  • いったん採用を見送った人材につき、後日、他の人材紹介会社からも紹介されたので今度は採用したところ、従前の人材紹介会社よりみなし報酬の請求を受けた。
  • 紹介を受けた人材が直ぐに退職したにもかかわらず、紹介料の返金が行われない。

その他にも色々なトラブル事例がありますが、やはり署名押印した契約書が存在すると、介護事業者が思う通りに物事を進めることは困難となります。トラブル事例を知る弁護士に契約書を精査してもらい、リスクの確認と契約内容の修正など対策を講じておくことが無難です。

 

(2)労働時間の適正把握

介護業界は重労働であると共に、利用者(及びその家族)の動向如何によっては、勤務時間を過ぎての対応を求められることになりがちです。そして、使命感の強い介護職員であればあるほど長時間労働となり疲弊するという悪循環にも陥ります。この対応時間を労働時間として認めない介護事業者も一部存在するようですが、介護職員の自由意思で対応しているとは言い難いところがあるので、認識を改める必要があります。

また、介護職員に求められるスキル等は様々なものがあり、介護事業者によってはスキル等を習得してもらうべく研修制度を充実させていることがあります。研修制度を充実させること自体は問題ないのですが、研修受講時間は労働時間に該当する可能性が高いと言わざるを得ません。研修受講は任意だから労働時間ではないという介護事業者の言い分も散見されるところですが、受講の任意性だけで労働時間の該否が決まるわけではないことに注意が必要です。

なお、労働時間に対応する賃金(残業代等を含む)を支給することは当然必要なのですが、もともと利益率の低い介護業界では残業代等の賃金が適切に支払われていないことも実際にあったりします。後で未払い賃金の請求を受けた場合、遅延損害金や付加金、場合によっては専門家への対応費用等で未払い額以上の金銭負担を強いられることが数多くあります。結局のところは最初から適切に支払っておいた方が安上がりということがありますので、この点は十分に認識しておきたいところです。

介護職員の勤務時間の把握や賃金体系等について、実情やトラブル事例を踏まえつつ対策を講じることができる弁護士と相談しながら構築することが望ましいと考えられます。

 

(3)非正規職員との待遇見直し

働き方改革の目玉である「均等待遇、均衡待遇(同一労働同一賃金)」が2021年4月1日より全面施行されました。介護業界は非正規社員の占める割合が多いと言われていますが、一方で介護業界の慢性的人材不足との関係上、非正規社員も重要な人材となっており、正社員と同様(場合によってはそれ以上)の勤務を行っている場合があります。そして、現場業務に関しては、正社員と非正規社員との間で量的にも質的にも職務内容に差異がないという実情も多かったりします。

そうであるにもかかわらず、正社員と非正規社員との間で、賃金はもちろん福利厚生等で差異が生じているとなると、「均等待遇、均衡待遇(同一労働同一賃金)」の観点からは問題と言わざるを得ません。そして、問題となった場合、正社員と非正規社員との差額分の賃金支払い等を含む金銭的な要求や、労働組合を通じた強い圧力を受けるなど、介護事業者にとって時間と労力と手間と、そしてお金がかかる厄介な問題が勃発することになります。

現場の実情を見ていると、残念ながら全ての事項を法律の趣旨に則って変更することは難しいところがあります。最終的には法律の趣旨に則った変更を行うことになりますが、まずはリスクの大きいところから少しずつ変更を行っていくことで対策を講じるということも考えてよいかもしれません。「均等待遇、均衡待遇(同一労働同一賃金)」はまだ始まったばかりであり、手探りで進めるほかありませんが、法制度を理解し、かつこれまでのトラブル事例を熟知する弁護士と相談しながら、1つずつ対処していくというスタンスが求められます。

 

(4)虐待(セクハラ、モラハラ等)申告に対する対応

ハラスメント問題は従業員同士の問題であることを念頭に対策を講じることが多いのですが、介護業界の場合、利用者が介護職員より暴言等のハラスメント受けたと被害申告をしてきたり、逆に介護職員が利用者よりセクハラを受けたと被害申告してきたりと、従業員以外の関係でハラスメント問題が生じることが多いように思われます。

当然のことながら、介護職員が利用者に対して、暴言や暴行等を行っていたというのであれば、処分を含めた厳然たる対応が求められます。ただ、利用者の一方的言い分だけでハラスメントありと認定して対処すればよいという訳ではありません。執筆者が見聞する限り、利用者の判断能力の低下に起因する妄想の場合もあれば、利用者の主観的な事情でハラスメントをでっち上げる(客観的にはハラスメントに該当しようがない)、といったものがあるからです。一方で、利用者が介護職員に対して、セクハラ等を行っていたという場合も、介護職員のみの主張のみで判断することは危険です。また、セクハラ等の事実が認められたとして、利用者との関係上、介護職員に対して我慢するよう介護事業者が指示することは最悪の対応となってしまいます。

ハラスメント申告があった場合、介護事業者は、利用者と介護職員の板挟み状態となってしまい、身動きが取れないこともあるようです。こういった場合、法律の専門家である弁護士に調査を依頼することで、介護事業者として適切に対処していることを両者にアピールし、まずは両者の不信感を取り除くことからスタートすることを検討するべきです。ハラスメント問題に直ぐに対処することができるよう、日ごろから依頼可能な弁護士を確保しておきたいところです。

 

(5)カスハラ(特に利用者家族から)

上記(4)のハラスメント問題と一部重複するのですが、利用者が介護職員に対して執拗に無理難題を要求するといった嫌がらせに関する相談が、ここ数年で目立ってきたように執筆者は感じます。酷い事例となると、通所利用者を送迎し帰宅させようとしたところ、当該利用者を家族が家の中に入れないといったものまでありました。

あまりにも酷い要求の場合、介護事業者としても毅然とした態度で拒絶するべきです。ただ、悩ましいのが今後の利用まで拒絶する、すなわち契約を解消できるかとなると、なかなか難しいところがあります。というのも、福祉的な視点から、法理論だけでは済ますことができないという暗黙のルールがあるからです。この対処法については、介護事業者と利用者という契約理論ではなく、利害関係人を巻き込み外堀を埋めつつ対処するといった現場実務的発想が必要となったりします。交渉術にたけた弁護士と相談しつつ、対策を講じることが必要となります。

 

 

3.物に関する問題

 

(1)賃貸借契約の内容

賃貸借契約の内容はある程度定型化されており、一般論としては、契約締結時に発生する賃料以外の一時金(敷金・保証金など)支払いの有無、その返還の有無や条件の確認、中途解約の可否及び条件、更新の可否(定期借家か否かの判断)、原状回復の内容、を中心に検討することになります。

介護事業を開始するに際して物件を借りる際も、上記事項を検討する必要があります。もっとも、介護事業の場合、その事業内容の特殊性から上記事項以外の検討事項があります。例えば、利用者が高齢者であることを考慮したバリアフリー対応のための物件改造工事の可否、契約終了時の当該改造工事と原状回復の範囲などがあります。また、介護事業の場合、いわゆる建物全体(一棟)を借りるという形式も多いのですが、建物に付随する敷地内の改造工事についても問題となったりします(例えば、車いす利用者のために敷地をアスファルト整備したところ、家主より無断改造であるとしてクレームが入った等)。

通常の事務所を借りる場合と異なり、大掛かりな改造工事を含め介護事業の場合は色々な特殊性が生じることから、賃貸借契約の内容チェックはもちろん、賃貸人との交渉のやり方や落としどころなど弁護士と事前確認しながら、対策を講じたいところです。

 

(2)事業所開設場所による営業の可否

残念なことではあるのですが、介護事業所を迷惑・嫌悪施設と考えている人が一定数います。この点の影響しているのか、都市計画法上の用途地域では介護施設を開設することが可能であっても、地方公共団体が定める条例により開設不可となっている地域が実はあったりします(執筆者は某市某町某丁目のみ介護事業所は開設不可という条例に出くわしたことがあります)。

都市計画法や建築基準法といった法律については、不動産仲介業者も把握していることが多いのですが、地域の条例レベルになってくると物件オーナーはもちろん不動産仲介業者も知らないということが実はあったりします。どこで誰に聞いたらいいのか等のアドバイスを弁護士にもらいながら、開設場所の選定を適切に行う必要があります。

 

(3)送迎車両の取扱い

通所介護の場合、介護事業者が、利用者の送迎目的で車両を利用することがあるのですが、現時点では道路運送法上に基づく許可は不要とされています(なお、訪問介護の場合は原則許可が必要です)。

ところで、利用者を送迎するに際し、朝夕などの特定の時間帯に車両通行が禁止されている道路をどうしても利用する必要がある、あるいは駐車禁止区域であっても車両を一時的に駐車させる必要がある、といった問題が生じます。そして、これらの問題は結構な割合で近隣トラブルにつながりやすく、介護事業者としても頭を悩ませる問題の1つとなっています。

駐車許可申請や駐車禁止除外指定、通行禁止道路通行許可等を取得の可否はもちろん、送迎に関する社内ルールの制定や、送迎業務に対する人事処遇のあり方(単純にルール違反に対して厳しい処分を課すといった対応だけではNGです)などかなり広範囲にわたった検討を行う必要があります。このような問題を知り、全体を鳥瞰できる弁護士とも相談しながら対策を講じる必要があります。

弁護士へのご相談・お問い合わせ

当サイトの記事をお読みいただいても問題が解決しない場合は
弁護士にご相談いただいた方がよい可能性がございます。

下の電話番号もしくはメールにてリーガルブレスD法律事務所までお問い合わせください。

06-4708-7988メールでのご相談

(4)預かり品の対応

通所介護の場合、利用者に対して多額の現金や高価品は事業所に持ち込まないようアナウンスすることが通常かと思いますが、中には持参してくる利用者も存在します。そして、サービス利用時間中は介護事業者側で預かってほしいと要請してくる利用者も存在します。

介護事業者としても良かれと思って預かる場合もあるようですが、基本的にはトラブルの元ですので、やはり預からないという対応をとるのが無難です。仮に預かる場合は、財布であれば、単に財布を預かるのではなく、財布の中にいくらお金が入っていたのか、お金以外の物(例えばカードなど)が入っていなかったのか等を細かく確認し、確認した預かり品を個別具体的に列挙した紙にサインしてもらうといった対策まで講じるべきです。

なお、預かり品が紛失したと利用者よりクレームを受けた場合、どういった対処を行うべきかを含め、介護事業者はかなり難しい判断を迫られることになります。間違った対応を行うことで、利用者はもちろんのこと介護職員からも信頼をなくしてしまっては、介護事業所の運営自体が危うくなってしまいかねません。事前対策の構築はもちろんのこと、事が起こった場合は早急に弁護士に相談の上、対応方針を定めるべきです。

 

(5)施設物品の損傷に対する損害賠償請求

利用者がサービス利用中に怪我をする…というのはある程度想定しつつ、ヒヤリハット報告を含め、介護事業者としてもできる限りの回避策を講じていることが多いかと思います。しかし、執筆者が相談を受けて意外と多いと思うのが、利用者の身体等に被害が及ぶ事例よりも、利用者が施設の備品を壊した、誤った使用方法で器具をダメにしてしまった…という事例です。理屈の上では、利用者の過失により介護事業者の物品を損壊させた以上、損害賠償請求ができるというのが結論になります。ただ、実際に利用者に請求ができるのかというと、よほど悪質な事例でない限り難しいという現場判断が優先し、介護事業者が負担するという事例も多いのではないかと予測します。

一方、利用者ではなく、介護職員が施設の備品や器具を壊すという事例も当然存在します。この場合、介護事業者は利用者の場合と比較して、介護職員に対して遠慮なく(?)損害賠償請求をすることもあるようなのですが、介護職員=労働者に対する損害賠償請求については一定の制限があるというのが法律の考え方となります。

どういった場合に損害賠償請求を行うのか内部基準を定めておくことで、現場担当者の判断がぶれずに対処しやすく、また加害者の納得も得やすいところがあります。内部基準の設定やマニュアルの作成、実際の損害賠償請求の進め方などについても弁護士に相談しながら進めるのが確実です。

 

 

4.お金に関する問題

 

(1)契約締結能力

お金に関する問題として分類してよいのか分かりませんが、利用者の判断能力に問題があった場合、介護サービス契約の有効性それ自体に疑義が生じます。その結果、介護サービスを提供したにもかかわらず、介護事業者は支払いを受けられないといった問題が起こりえます。

一般的には、契約締結時に親族や福祉担当者が立ち会うなどして利用者の意思確認を行うことが多いのですが、通所介護の場合、重度ではない利用者も多いことから、上記のような立会までは行わないこともあるようです。介護保険対象外となるサービス(利用者自己負担のサービス)については特にトラブルになりやすいことから、できる限り利用者以外の立会人の同席や、契約書以外の説明資料(但し、数ページにもわたる資料は避け、1~2枚程度にすることが望ましいです)を準備するといった対策を講じることが望ましいといえます。

利用者の意思確認を行う方法や、利用者の真意に基づく契約であることの証拠の残し方はコツや工夫が必要です。書類の作成を含め弁護士と相談しながら進めることで、リスクヘッジを図りたいところです。

 

(2)利用料の未払い

介護サービスは契約に基づく有償サービスではあるものの、例えば自費サービスを導入している場合、何らかの理由で利用者が支払わないという場面がどうしても出てきます。

この場合、利用者本人にめぼしい資産がない等の理由で、利用者以外の第三者に請求するといったことを検討することがあるのですが、契約書にサインしている第三者に対して果たして請求が可能なのかはよくよく検討する必要があります。例えば、上記(1)で記載した立会人としてサインしている場合、立会人が未払い利用料の支払い義務を負担しているとは考えられません。また、保証(連帯保証)人としてサインしている場合であっても、2020年4月1日に改正された民法の定めに従って保証契約が締結されたのかを確認しないことには、将来的に保証契約を否定される可能性があるため注意が必要です。問題となるのは身元保証人としてサインしている場合です。一応、身元保証法(正式名称は身元保証に関する法律)という法律が存在するのですが、介護業界の場合、身元保証と称していても同法の対象とは異なる意味で用いられていることが多々あります。また、契約書に定める内容からすると保証人とは異なる意味で用いていることもあるようです(利用者の身上監護に関する単なる連絡先という意味で用いられている場合など)。

利用料の支払いをどうやって担保するのか、その法的対策は極めて重要です。債権回収の専門家である弁護士に是非相談して対策を講じたいところです。

 

(3)介護保険外サービス

介護保険の対象となるサービスのみでは、競合する介護事業者との差別化を図ることができないことから、近年、介護事業者は様々なサービス(介護保険対象外サービス)を展開するようになっています。例えば、通所介護を基本としつつ、宿泊サービスを付加したもの(いわゆるお泊りデイ)などです。

介護保険外サービスである以上、当然のことながら利用者が自ら負担しなければならないのですが、利用者は介護保険による保険金で支払ってもらえる、つまり利用者負担はないと認識(勘違い)していることも、意外とあったりします。上記(1)でも記載しましたが、介護保険対象外となる自費サービスについて、利用者に十分に認識してもらうことが何より肝要です。説明の仕方や意思確認の方法、利用者より了解を得たことの証拠の残し方などは、契約問題に詳しい弁護士に相談して、利用者との金銭トラブルを回避したいところです。

 

(4)損害保険

介護事業所の施設内で利用者が転倒し骨折してしまった、利用者の送迎中に発生した交通事故により利用者のみならず介護職員も怪我をした、利用者が持参した物を介護職員が誤って壊してしまった、等々の損害賠償問題はどうしても発生します。

このような損害賠償問題に対応するため、介護事業者は各種損害保険(任意保険)に加入するのですが、①保険会社による示談代行の有無、②損害保険ではカバーされない事故、③被害者要求額と損害保険金との差額負担、等々のトラブルが起こったりします。

①については、自動車保険については損害保険会社による示談代行があるものの、施設賠償保険等については示談代行がないこと、②損害保険の対象外となる事故とは何か加入前にしっかり確認する必要があること(例えば個人情報の漏洩事故はカバーされていない等。この場合、カバーされていない事故に関して別途損害保険に加入する必要があるのか要検討)、③損害保険会社による提示額に問題があるのか、被害者の要求額に問題があるのかを検討しながら調整を図ること、が一応の回答となります。

ただ、損害保険についてはかなり専門的な知識と判断を必要としますので、弁護士と相談しながら適切な損害保険の加入や損害賠償交渉を行う(場合によっては代理人として弁護士に依頼する)ことが適切です。

 

(5)助成金・補助金等の使用用途

介護事業は、残念ながら大きな売上を達成できる業態ではないため、利益を出すためにはどうしても経費を抑える必要があります。この結果、例えば十分な人件費を確保できず、介護職員の賃金は低額になりがちという現象が起こることになります。

ところで、上記の賃金低額問題の1つの解決策として、国は一定の要件を満たす介護事業者に対して処遇改善加算を認めることで、介護保険の上乗せ給付を介護事業者に行っています。そして、制度上は、この処遇改善加算分を介護職員に対する賃金に上乗せ(処遇改善手当等の名称で支給されることが多い)して支払うという建付けになっています。しかし、残念ながら、受領した処遇改善加算分を賃金に充当しないという介護事業者が一定数存在します。こういった介護事業者は法律違反となりますので、何らの行政指導や処分等を受けますし、最悪の場合は加算分の返還と営業停止といったこともあるかもしれません。

さて、上記の処遇改善加算以外にも、介護事業者は様々な助成金や補助金の支給対象となることがあります。ただ、助成金及び補助金は、一定の目的のために使用することを前提として支給されますので、目的外使用を行った場合、厳しいペナルティを課せられることになります。

目的外使用が発覚した場合の指導監査対応等でご相談いただく場合が多いのですが、正直なところ打つ手は限られます。もちろん弁護士と相談しながら指導監査対応を行った方が良いことは間違いありませんが、できれば申請段階から、目的と使用用途にズレがないか等のチェックを弁護士に相談しながら、申請手続きを進めてほしいところです。

 

 

5.情報に関する問題

 

(1)利用者情報の第三者提供、共同利用

個人情報は重要なものであり、漏洩はご法度、不必要に開示してはならないと認識している介護事業者・介護職員は多いのですが、なぜか利用者情報を無意識のうちに違法に開示してしまっている場合をよく見かけます。

典型的なのは、ヒヤリハット事故に関する介護事業者間での勉強会や発表会といった場面で起こります。おそらく、利用者の生命身体の安全(事故予防)を図るためなのだから問題ないという認識ではないかと想像するのですが、個人情報保護法の観点からすれば問題ありと言わざるを得ません。また、利用者よりプライバシー侵害を主張された場合、なかなか説得力のある反論もしづらいと予想されます。

利用者との間で、個人情報の取得に関する同意書を徴収することが多いと思うのですが、利用目的がカバーできているのか(上記のような勉強会で用いることまで明記しているのか)、第三者提供の同意を得ているのか、共同利用であれば必要な要件を充足しているのか等の確認は必須となります。また、個人情報保護法上の対応とは別に、例えば利用者に関する事例報告を行うに際し、プライバシーへ配慮した開示方法となっているのか等も別途検討する必要があります。

利用者保護に資するものであり、不当目的ではないと考えたくなる気持ちも分かるのですが、法律上そのような考え方が通用するか別問題です。個人情報やプライバシーの問題はかなり厄介な問題が含まれていますので、介護業界の現場感覚だけにとらわれることなく、弁護士と相談しながら対策を講じることが重要です。

 

(2)医療機関との情報連携

介護事業を運営する上で、利用者のかかりつけ医と信頼関係を構築しておくはもちろん、介護事業者側で準備する医療機関との連携は必須となります。この連携に際しては、上記(1)に記載した、利用者個人情報のやり取りを行うことが当然の前提となります。おそらく対処できているはずですが、念のため利用目的の明示や第三者提供への同意等の個人情報保護法上の問題をクリアーできているか確認しておきたいところです。

ところで、医療機関側からすれば、介護事業者は一種の集患機関に見えるらしく、介護事業者が医療機関に利用者(患者)を紹介した場合、医療機関が介護事業者に紹介料(名目は紹介料に限りません)を支払うといった提携話を、医療機関より持ちかけられたりすることがあります。介護事業者にとってはメリットしかないのですが、実は医療機関側は、こういった提携を行うこと自体が禁止されています(なお、医療機関側もこの種の禁止事項について認識していないことも多かったりします)。医療機関側に対する規制なので、介護事業者が直接的に何らかの不利益を被ることはないものの、コンプアライアンスの観点からはやはり問題があると言わざるを得ません。

医療機関との関係性構築を重視するばかりに、思わぬ形で法令違反を指摘されることも有りますので、問題の有無や重大性等について日ごろから弁護士相談しながら対処したいところです。

 

(3)監視カメラの映像情報

監視カメラを設置する費用が安くなったということもあるのですが、事業所内の安全確保やトラブル防止目的などで、監視カメラを設置する介護事業者が増えてきているようです。ただ、利用者はもちろん、介護職員からも懸念や嫌悪感を示されることがあり、新規で設置しようとすると思わぬ抵抗を受けたりすることがあります。

結局のところ、監視カメラの映像情報がどのように使われるのか不安であるというところに根本的な原因があると考えられます。監視カメラ設置に関する社内ルールはもちろん、映像情報の利用目的や保管体制(情報管理対策)といった被写体となる方々からの信頼を得られるような制度設計が重要となります。プライバシーや肖像権との利益調整を図りつつ検討を進める必要がありますので、適宜弁護士と相談しながら対処することが望ましいといえます。

 

 

<2021年6月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 

コンプライアンスのご相談


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

弁護士へのご相談・お問い合わせ

当サイトの記事をお読みいただいても問題が解決しない場合は
弁護士にご相談いただいた方がよい可能性がございます。

下の電話番号もしくはメールにてリーガルブレスD法律事務所までお問い合わせください。

06-4708-7988メールでのご相談

運営事務所

当事務所は大阪で中小企業の法務に特化したリーガルサービスを提供しています。一貫して中小企業法務に力を入れてきたため、高い専門性とノウハウを取得することができました。結果として大阪を中心に多くの企業様から支持を受けています。企業の法務問題で顧問弁護士をお探しの方は、リーガルブレスD法律事務所にご相談ください。

アクセスランキング


人気記事ランキング

MAIL MAGAZINEメールマガジン

法律や話題のニュースを弁護士の視点で解説。
無料で読めるメルマガの登録はこちらから。
プライバシーポリシーに同意の上、登録してください。

メールマガジン登録