HRTech利用時に留意したい法的事項につき、弁護士が解説!

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【ご相談内容】

当社も時代の波に乗り遅れないよう、HRTechを導入する運びとなりました。ただ、正直なところ、HRTechで何が実現できるのかもさることながら、どういった問題点を意識すればよいのかも理解ができていない状況です。

法務的な視点でHRTech導入に際して気を付けるべき事項を教えてください。

 

 

【回答】

一口にHRTechといっても、求職者とのマッチングサービス、労務に関する手続き業務の効率化サービス、人事管理のための判断検証サービスなど様々なものが存在します。この記事では、AIが判断した人事労務情報を用いることによる従来の法制度との衝突を意識しつつ、以下解説を行います。

なお、便宜上、「採用」、「労働時間管理」、「人事処遇」、「退職・解雇」の4段階に分けて検討します。

 

 

【解説】

 

1.採用

 

(1)求職者の適正分析を行った上での求職者情報の提供

HRTechの代表例として、求職者に関するSNS上の投稿情報などを収集しAIで分析した上で求人会社との適性を判断し、その判断結果情報と共に求職者情報を提供するというサービスがあります。

このような情報提供サービスを利用する場合、まず気にしなければならないのは有料職業紹介事業に該当するか、という点です。有料職業紹介事業に該当する場合、職業安定法に基づく許認可が必要となります。求人会社がこの点を確認せず、許認可を得ていないサービス提供事業者と取引を行った場合、求人会社は違法事業者から不当な情報を取得していた等の社会的非難を浴びかねません(なお、有料職業紹介事業に該当しない場合であっても、「募集情報等提供事業」として2018年1月1日より一定の規制が行われることになった点は注意が必要です)。

ちなみに、有料職業紹介事業に該当するか否かについては厚生労働省が公表している「民間企業が行うインターネットによる求人情報・求職者情報提供と職業紹介との区分に関する基準」というガイドラインが参考になります。詳細については厚生労働省のWEB等で確認していただくとして、有料職業紹介事業に該当するか否かについて、当該ガイドラインを踏まえると、「求人会社と求職者と直接連絡を取り合える状態であること」及び「情報提供事業者が求人会社と求職者との連絡に介入することはないこと」を満たさないことには、有料職業紹介事業に該当すると判断されることになります。

なお、以下はサービス提供事業者視点となりますが、有料職業紹介事業に該当させない形式でサービス提供を行おうとする場合、サービス提供事業者は、あくまでも求人企業に対して求職者情報とそれに付随する分析情報を提供しているだけにすぎず、それをどうやって用いるか(採否の判断はもちろん、求職者に連絡を取るのか等の一切の採用活動について)はすべて求人企業の判断である、という立ち位置を徹しないことには職業安定法違反のリスクが生じることになります。

 

(2)求職者のSNS情報取得

上記(1)で記載したようなサービスを利用する場合、前提として、サービス提供事業者は求職者のSNS上の投稿情報を収集することになります。たしかに、SNS上の投稿情報は一般的には公開されているため、公開情報を取得することについて特に問題はないという感覚を持たれるかもしれません。ただ、公開情報とはいえ、投稿されている情報が個人情報に該当する場合は、当然のことながら個人情報保護法に従った対処を行う必要があります。

また、昨今のプライバシー・権利意識の向上等の社会風潮を踏まえるのであれば、情報提供サービスを利用する求人企業としては、サービス提供事業者がSNS情報を取得していることを認識している場合、求職者がエントリーするに際して、SNS上の投稿情報を取得していることを明示しておくのが無難と考えられます。

なお、SNS上の投稿情報と一口で言っても、求職者の業務適性に直接的に関連しそうな個人情報もあれば、いわいる機微情報と呼ばれるものや、個人情報保護法上の要配慮個人情報・個人関連情報といった、採用判断に際しては関係のないと思われる情報など様々なものが含まれることになります。果たしてこれらの情報を機械的に自動取得してよいものなのか、また求職者から承諾を得たからといって無制限に取得し、利用してよいものなのかは法的視点以外にも別途検討する必要があります。すなわち、情報提供サービスを利用する求人企業としても、サービス事業者側からの「承諾を得ているから問題なし」といった説明内容を安易に受け入れるだけでは、いざ何か事が起こった場合、求人企業もサービス提供事業者と同様に社会的非難を浴びせられかねません。

求人企業はサービス提供事業者より、どういった情報を取得して適性判断しているのかできる限り詳細な説明を求め、不必要な情報まで取得していないか等を求人企業自らが検証し、情報提供サービス利用の可否を行う必要があります。

 

(3)採用の自由との関係

求人会社における採用の自由を踏まえると、上記に記載したような求職者情報(適性判断を含む情報)を用いて採否の検討を行うこと自体は、直ちに法律上の問題にはならないと考えられます。

ただ、サービス事業者側における情報取得に何らかの問題があった場合、求人会社において当該情報を用いることが果たして妥当なのかという問題は避けて通れないこと、あらかじめ注意する必要があります。

 

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2.労働時間管理

 

(1)モニタリングにより判明した業務外行為と賃金控除

オフィス内勤務の場合、近時では1人1台のパソコンが貸与されていることが多い状態です。このパソコンに対して例えばモニタリングソフトを導入した場合、当該パソコンの稼働状況を調査することで、業務を遂行しているのか、業務外行動(業務とは関係のないネット記事の閲覧等のサボリ行為)を行っているのかが明らかとなります。

理屈の上では、業務外行動は労務の提供には当たりません。したがって、ノーワークノーペイの原則により、業務外行動の時間を自動的に検出した上で、当該時間に相当する賃金分について控除するということが可能となります。

ただ、ここまで厳格・形式的に運用してよいかは色々と検討するべき事項があります。

例えば、特に最近問題視される傾向が強いタバコ休憩については賃金を控除しないのに、業務とは関係のないネット記事の閲覧の場合は賃金を控除されるとなると、バランスを欠くものと言わざるを得ません。また、そもそも論として、一見すると業務とは関係のないネット記事のように見えても、実は業務との関係性を有する可能性もあり得ます(例えば、取引を開始するに先立ち、取引候補者の評判を調査することを目的としてネット掲示板を閲覧していた場合など)。さらに、いわゆる手待ち時間という反論が行われる可能性も想定する必要があります。

なお、当然のことながら、こういったモニタリングを行うことがプライバシー権と衝突しないか、仮に法的には衝突しないとしても従業員のモチベーション低下(四六時中監視されていることへの不安・困惑・緊張など)につながらないか等も検討する必要があるかと考えられます。

 

(2)遠隔監視と事業場外みなし労働制

HRTechと大袈裟な(?)な言葉を用いなくても、今でも携帯端末(スマートフォン等)の発達により、たとえ会社(事業所)外にいても、いつでも外にいる従業員と連絡が取れる状態となっています。

さて、もともと事業場外みなし労働は、外回りの営業従業員等とは連絡が取りづらく、会社(使用者)による時間管理が困難であることから、あらかじめ定めた労働時間分について業務従事したものとみなす制度です。その点を踏まえると、上記でも記載した通り、現代ではスマートフォン等の携帯端末によって、理屈の上ではいつでもどこでも従業員と会社は連絡を取り合える状況です。また、ニュース等でも話題になった阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)では、結果的には外勤の添乗員について事業場外みなし労働制の適用を否定しています。このような社会情勢の変動があることから、少なくとも外勤だから事業場外みなし労働制が適用されると安易に考えることは危険といわざるを得ません。

このように現時点でも事業場外みなし労働制の適用範囲は徐々に狭まってきている状況下ですので、HRTechの名のもとに、内勤・外勤を問わず従業員の行動を監視できる技術が導入された場合、会社(使用者)は否が応でも従業員の行動管理ができる、つまり労働時間の管理ができることになります。もちろん監視の目の届かないサボリ気味従業員対策として有用な策になる面もありますが、一方で一部の使用者にとっては、恒常的に実労働時間がみなし時間を超過しているにもかかわらず、みなし時間に抑え込むことで残業代抑制策として悪用していた面もあると考えられます。HRTechを導入することで、労使双方ごまかしがきかなくなると考えたほうが良いかもしれません。

ちなみに、従業員の遠隔監視ができることは、いわゆる持ち帰り残業における労働時間該当性、テレワークにおける労働時間管理についても、当然影響を及ぼすことになります。社会一般の動き及び裁判例の動向等を注視する必要があること留意してください。

 

 

3.人事処遇

 

(1) HRTechと健康情報

例えば、従業員の定期健康診断の結果はもちろん、性格、病歴等のパーソナルな情報に加え、実際の勤務時間や休息の頻度、職務内容や職務遂行状況、成果に対する責任の度合い等の就労情報を考慮し、AIが当該労働者についてメンタルヘルス不調をきたす恐れがあるといった予知診断を行う、といったAIシステムがあったとします。

この場合、AIの診断結果をどこまで用いてよいのでしょうか。

まず、そもそも論として、従業員の病歴等のパーソナルな情報を取得するに際して明確な同意が必要であることは、個人情報保護法はもちろん従業員のプライバシー権を念頭に置く限り、必要となることは明白です。そして、取得した情報についてどういった目的で使用するのか、本件事例でいえばAIによるメンタルヘルス不調可能性の予知診断目的といった事項を明確にする必要があると考えられます。

なお、HRTechは日進月歩で発展していくものでしょうから、従業員から同意を得る時点では、将来を見越して個別具体的な同意を取ることは難しいことも事実です。このため、ある程度抽象的な目的を明記する、例えばAIによる業務適性判断といった内容で同意を得たいというニーズが生じるかと思います。たしかに、現状どこまで個別具体的に明記するべきかは一律の基準がない状態です。ただ、本件のような病気の可能性(疾病の発症率と言い換えることもできます)を指摘するようなAI診断に基づく情報となると、通常は他人に知られたくない情報といえますので、設例のような場合は個別具体的に同意を取り付けるのが穏当ではないかと考えます。

 

(2)HRTechと業務適性判断

では、上記(1)のようなAI診断結果が出たとして、当該従業員を業務対応能力なしと人事評価し、担当業務の変更(配置転換)を行うことは当然に許されるのでしょうか。

これについては、結局のところHRTechによるAI診断の信頼度によるとしか回答のしようがありません。診断過程が客観化・可視化することができないことを踏まえると、少なくとも現時点ではAIの診断結果のみを前提に配置転換を行ってもよい(配置転換の正当性を維持できる)という結論にはならないと考えられます。AI診断情報をもとに、会社が当該従業員の意向等をヒアリングしつつ、上司を含めた周囲の従業員等の意見や円滑な業務遂行の可否等を考慮しながら、従来通りの人の判断が現時点では求められるのではないでしょうか。

 

(3)会社における安全配慮義務が増加する?

ところで、上記(1)(2)に関連し、これまでは気が付くことができなかった危険因子(メンタルヘルスの不調をきたする恐れ)を会社が認識できるようになります。裏を返せば、会社としては知ってしまった以上は、適切な対応(安全配慮義務の実施)を求められます。

実質的には安全配慮義務の拡大であり、会社にとっては負担が重くなるといわざるを得ませんが、重大な結果(メンタルヘルス不調とそれに伴う労働トラブル)を招来するより予防措置を講じるほうが会社にとってはメリットが大きいと考え方を改めるほかないかと思います。なお、メンタルヘルス不調について現行法でも一定程度の配慮義務があること注意が必要です。

 

(4)配置転換

AIにより、企業に置かれている特定部門が不要になる、又は一部業務をAIが代替するということは現実に起こり始めています。この結果、当該部門・業務に従事していた従業員をどのように処遇するのかが問題となります。

この点、日本の労働法の解釈論は、未だに長期雇用システムを前提にしたものですので、AIに代替された業務に従事していた従業員を直ちに解雇してよいという結論にはなりません。解雇を回避するべく、別の業務に従事できるよう教育訓練を施し、配置転換することで可能な限り雇用を維持するという対応を使用者(事業経営者)に求めるのが伝統的な解釈論となります。この裏返しとして、従業員は原則として、使用者(事業経営者)からの配置転換命令を受け入れなければならない義務を負うことになります。もっとも、配置転換といっても、(1)同一事業所内での部署変更に留まる場合もあれば、(2)勤務地の変更(いわゆる転勤)という場合もあります。この点、(2)については、ワークライフバランスや育児介護への悪影響防止といった観点から、徐々に使用者(事業経営者)の裁量は狭まりつつあることに注意が必要です。

一方で例外的に、従業員は配置転換命令を受け入れる必要がないという場面もあります。いわゆる職種限定契約や勤務地限定契約を締結している従業員の場合です。ただ、この限定契約は、この道数十年の職務経験に従事したといった事情だけでは認められません。労使双方が意識的に限定することを合意した場合と厳格に解釈されるのですが、最近では、法律に基づき有期雇用から無期転換した従業員について「限定正社員」として取扱い、職種や勤務地の限定契約を締結する場面が増えてきています。今後はこの限定正社員が従事する業務がAIにより代替された場合にどう対処するのか、という方向で問題がクローズアップされるかもしれません。このような限定契約を締結している従業員、あるいは上記の原則的には配置転換命令を受け入れなければならないにもかかわらず拒否した従業員については、配置転換により雇用維持が難しいことになります。そうすると、次に記載する「(普通)解雇」又は「整理解雇」を検討せざるを得ないこととなります。

 

 

4.退職・解雇

 

(1)退職勧奨

いわゆるリストラを行う場合、「希望退職の募集」⇒「退職勧奨」⇒「整理解雇」という手順を踏むのが通例です。

この点、希望退職の募集については、早期退職に関する条件を設定した上で、労働者自らが退職の申出を行うことから、あまりHRTechを活用することはないかと思います。

しかし、退職勧奨を行う場合、誰を退職勧奨の対象とするべきなのかについて、HRTechを活用するという話はありうることです。ただ、HRTechに基づく診断結果のみを根拠として退職勧奨を突き進めてよいかと問われると話は違ってきます。例えば、いわゆる“退職強要”という言葉がありますが、HRTechの診断結果に納得できない対象労働者に対し、上司等の担当者が強引に辞めるよう仕向けることは不法行為に該当しますし、パワーハラスメントといわれるリスクも存在します。

では、HRTechの診断結果に基づき、自動的に退職勧奨が行われるという場合はどうでしょうか。要は上司等の担当者に代わって、コンピューターが退職の告知を行うわけですが、告知を行うことそれ自体は特に問題にはならないように思われます。しかし、そもそも論としてHRTechの診断結果について果たして正当性・妥当性があるのかを考えた場合、現状では不透明といわざるを得ません。このため、HRTechの診断プロセスの不当性を指摘した上で、退職勧奨の違法性を主張してくるリスクは存在するように思われます。その意味で、現状ではHRTechの診断結果はあくまでも対象労働者を判断するための一材料にすぎず、最終的には“人”(経営者を含む担当者)の判断を介在させたほうが無難ではないかと考えられます。

 

(2)整理解雇

整理解雇を行う場合、①解雇の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続きの妥当性、という四要素(要件)を検討する必要があります。

HRTechを活用する場面といえば、主としてAIによる解雇対象の人選という点で③の問題が生じるものと考えられますが、AIテクノロジー全体の問題として考えた場合、AIにより人間の仕事が奪われることになりますので、①の問題もクローズアップされることになります。

まず、整理解雇の対象労働者としてHRTechが診断した場合、果たしてその診断結果だけで③の要素(要件)を充足すると言えるのかが問題となりえます。

この点については、上記(1)の退職勧奨の対象労働者の選定の問題と重複してくるのですが、現状ではHRTechの診断結果について果たして正当性・妥当性については疑義を挟まれる余地が大きいと言わざるを得ません。HRTechが診断するための全体の事実関係に不備がないことはもちろん、判断項目の公平性・客観性などをプロセスの見える化を図りつつ、最終的には“人”(経営者を含む担当者)の判断を介在させる必要があるのではないでしょうか。

次に、AIにより代替されてしまった業務に従事していた従業員を解雇する理由として、「AI代替により業務がない」という主張が正当性を持つのか、という観点で検討を行います。

この点、て、AIによる業務代替にすぎない場合、果たして「整理解雇の必要性」という要件・要素は認められるのか(通常は経営状態が思わしくないといった場面を前提しています)悩ましいところがあります。また、整理解雇に該当する以上、解雇回避努力の1つとして、例えば別の業務に従事できるよう教育訓練を施し、配置転換することや、希望退職の募集や個別の退職勧奨といったことも必要となります。

なお、配置転換等の解雇回避努力を行ったにもかかわらず、労働者が配置転換を拒否した場合などのケースでは、配置転換命令を拒否したことによる普通解雇の可否を別途検討する必要があるかもしれません。

 

(3)有期雇用契約における更新判断

有期雇用契約の場合、一般的には更新するか否かについては雇用主(会社)が判断するという方法がとられています。

では、この更新の有無判断について、HRTechが診断することを契約書に明記し、かつ雇用契約上HRTechの診断結果に従うことに労働者が同意している場合、果たして有効といえるのでしょうか。理屈の上では絶対に否定されるとまでは言い切れませんが、やはりHRTechの診断結果の恣意性を排除できない現段階では、否定的に考えるしかないかと思われます。

 

 

 

<2021年4月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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