一定期間内に退職した従業員に対し、違約金支払い義務を課すことは可能か(ショート記事)

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企業・事業者様よりご相談を受けていると、ある程度似通ったご相談をお受けすることがあります。

このWEBサイトを訪問されている方におかれまして、ご参考までの情報共有として、以下記載します。

 

 

ご相談

当社の提供するサービスの特性上、採用した人材に対し、最低でも半年間の育成を行わなわないと顧客対応を任せることができない。

ところが、育成期間中に退職し、育成期間中に身につけた技術等を他社で活かそうとする者が増え、悩みの種となっている。

育成期間中に退職した場合は一定の違約金を課そうと考えているが、問題ないか。

 

結論

労働契約の不履行(契約違反)に対する違約金を定めても、法律上無効となりますので、有効な対処法とは言い難いです。

代替案として、育成期間中の教育費用を労働者負担とした上で会社が教育費用を貸付け、一定期間が経過した場合は貸付金を免除する(一定期間内に退職した場合は貸付金の支払い義務が発生する)といった対処法を検討したほうがよいかもしれません。

 

解説

雇用(労働)契約書の作成依頼を受けた際に、違約金を定めておいて欲しいというご要望を受けることがあります。

しかし、このような違約金の定めは、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定める労働基準法第16条違反しますので、無意味です。

 

一方、上記の「結論」に記載したような代替案については、一定の条件の下で有効性が認められています。

例えば、ご相談事例とは異なりますが、私費留学の事例、すなわち、労働契約期間中の留学に当たり、留学費を会社が労働者に貸付け、留学終了後、一定期間は会社で勤務した場合は留学費を免除し、一定期間内に退職した場合は労働者が支払い義務を負うという社内制度について、その有効性を認める裁判例が存在します。

もっとも、本来会社は労働者に対し、会社の責任と負担で教育指導を行う義務を負う以上、何でも貸付金扱いにしても問題ないと考えるわけにはいきません。特に、自社のみでしか通用しないスキルであれば、会社の責任と負担で教育指導して然るべきであり、このスキルを身に着ける費用を労働者に負担させるというのは、労働基準法第16条の脱法行為と言わざるを得ません。

また、労働者の退職の自由を事実上奪う制度という評価も成立しうるため、貸付金の支払い義務が免除される期間が長期にわたる場合、貸付金制度の有効性が否定される可能性が高いと思われます。

 

以上のことから、労働者のスキルアップに要する費用を労働者負担にした上で、会社が貸し付けるという制度を設計する場合、次のような点に注意を払う必要があると考えられます。

①労働者が取得するスキルは、他社で容易に学ぶことができないものといえるか。

②労働者が取得するスキルは、転職先等を含む他社において有用な特殊スキルといいうるか。

③労働者は、自己負担となってもスキルを身に着けるための教育・技術指導を受けたいと考えているか。

④そのスキルを身に着けなかった場合であっても、労働者は勤務可能か。

⑤(採用段階で労働者の自己負担が発生する場合)求人票など募集条件に負担が発生することを公表しているか。

⑥(就業規則が存在する場合)就業規則に費用負担が生じる旨定めているか。

⑦社内貸付制度が適切に構築されているか。

⑧教育・技術指導の申込、貸付条件・返済条件等について、労働者と書面による契約を取り交わしているか。

⑨貸付条件、返済免除条件について労働者の自由な意思に基づく同意を取得したといえるか。

⑩返済免除条件は社会的合理性の範囲内にあるといえるか。

 

上記①から⑩すべてを充足する必要があると考える必要はありませんが、事例によって検討項目の強弱が生じると思われます。

会社としては、効率的な人材投資を可能にするという意味で魅力的な制度と言えますが、法的有効性は紙一重のところがあることを十分に押さえておく必要があります。

 

 

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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