【ご相談内容】
当社は、大手物流事業者からの業務委託に基づき、トラック運送を主に行う事業者です。近年、委託元である大手物流事業者よりコンプライアンス体制の構築を強く求められるようになり、当社なりに準備を進めているのですが、結局のところ何をすればよいのかよく分からないという状況になっています。
コンプライアンス問題を検討するに先立ち、物流事業者においてトラブルとなりやすい法律問題を押さえたいのですが、どういったものがあるのか教えてください。
【回答】
物流事業者の労務管理は全般的に甘いところが多く、1つの労務問題をきっかけに数珠つなぎで大量の労務問題が噴出し、金銭面での負担はもちろん、労務問題を終結させるのに相当なエネルギーを要することが多い業種のように思います。
また、対内的には従業員、対外的には協力会社等の下請事業者、荷受人等の権利意識の向上により、従前までは受けたことがなかったようなクレームを受ける機会が増加し、担当者が疲弊しているという実情もあるようです。
さらに、最近では物流事業者も従来の一社依存型から脱却しようと自ら営業を行い、新規取引先を確保しようとする動きが出ているところ、新たな取引に伴う金銭面でのトラブルも目立ち始めています。
以下では、複数の物流事業者の顧問弁護士として業務を遂行している執筆者において、特に留意したいと思う法律問題の解説を行っています。
なお、本記事では主としてトラック等の陸上運送を行う中小規模の物流事業者を念頭に以下解説します。
【解説】
1.概説
物流事業は、ITによる代替が利かない事業の典型であり、またインターネット通販の隆盛と共に売買の対象物を運搬する点でなくてはならないものとなってきています。しかし、長時間労働をはじめ肉体的負担が多い3K労働と揶揄されることも多く、特に近年は慢性的なドライバー不足となっているなど人材確保が難しい業態となっています。
このような特徴から労使問題が起こりやすく、また一般人を含む荷受人との人的関係に伴うトラブルが起こりやすいという特徴があります。そして、個々人の権利意識の向上によるクレームの多様化や法的根拠に乏しい要求対応に四苦八苦しているという現状があります。
色々な観点で法律上検討するべき事項はあるかと思うのですが、複数の物流事業者の顧問弁護士として業務遂行している執筆者の経験を踏まえ、人に関する問題、物に関する問題、お金に関す問題、情報に関する問題に分けて、いくつかの事例解説を行います。
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2.人に関する問題
物流業の人にまつわる法律問題は、不規則な労働時間による過重労働・長時間労働に由来することが多いように思われます。そしてこの問題を解消する方向性として、そもそも労働者とではない取扱いとする方向性と、労働者であることを前提に賃金等の待遇面で不満を解消させようする方向性の主に2パターンがあるようです。以下解説します。
(1)労働者性(個人事業主扱い)
ドライバーを雇うのではなく、個人事業主として扱い、いわゆる庸車で手配するといったことは従前より見受けられる形態です。
たしかに、そのドライバーが自由裁量により受注し、業務量と収支の管理もできているというのであれば、当該ドライバーにとってもメリットがあることから、個人事業主として業務従事してもらうということはありうる話です。ただ、ドライバー=労働者とすることによる労働法の規制を免れるために、あえて個人事業主扱いとしているのであれば問題です。
労働者か個人事業主なのかの問題は昔から発生しているため、判断基準や考え方は既に多く公表されています。ご参考までに執筆者が以前に書いた記事を以下あげておきます。なお、いわゆる庸車契約を締結しても問題ないのか等のご相談については、会社側で労働問題を取扱う弁護士に相談しておいた方が安心です。
フリーランスとの取引を開始する場合の注意点について、弁護士が解説!
(2)労働時間管理(過重労働)
物流業の場合、配送物を効率よく動かすという観点から、交通量の少ない早朝や夜間帯での勤務が多くなりがちという特徴があります。また、配送物を預かる場所と納品先との間が離れている場合、連続運転が続く(インターバルが取れない)という特徴もあります。さらに、配送物に関する納品時間は決まっているため、そこから移動時間等を逆算し労働時間の管理は行いやすい一方で、配送物を預かる場合は、依頼者の都合(荷物の受渡しセンターが混雑している等)で時間が読めないということも、よくある話です。
社外で働くという物流業の特殊性ゆえに、実働の労働時間管理は行っていないという事業者も少なからず存在するようです。しかし、例えば居眠り運転等の事故を発生させた場合、被害者に対する法律上の損害賠償問題にとどまらず、昨今では労働基準監督署等の行政機関が厳しく調査し、世間一般からは過重労働を強いていたとしてブラック企業の烙印を押されたりするなど(風評被害を嫌う荷主より取引を打ち切られてしまうリスクもあります)、相当な社会的制裁を受ける事例も相当数見かける状況になっています。
「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(いわゆる改善基準告示)」の順守はもちろんのことですが、今ではデジタルタコグラフや車両位置情報の確認等で、車両の稼働状況が客観的に把握できます。無理のない運行ルートになっていないのか等の確認はもちろんのこと、従前と異なりあらかじめ適切な労働時間の設定しやすい環境となっていることを物流事業者は認識する必要があります。そして、労働時間管理の問題は、次の(3)に記載する賃金の問題と直結しますので、どういったものが賃金支払いの対象となる労働時間となるのかの確認を含め、弁護士と相談しながら対処するべきです。
(3)賃金体系(固定残業代、出来高払い)
物流業の場合、連続勤務が多く、また深夜・早朝労働も多くなりがちで厳しい労働環境にあるといえます。そのため、運行距離数に応じた出来高払いにする、売上高(積荷量、運搬回数、立寄り件数等)に応じた歩合給とする、積荷の揚げ降ろし等の運転以外の肉体負担が伴う場合は別途手当を支給する等の賃金体系を取り、従業員(ドライバー)のモチベーションを高めようと会社も多いようです。
業務の量や質に応じた賃金体系を採用すること自体は問題ないのですが、仮に完全出来高払い制した場合、最低賃金を下回る状態とならないか注意が必要です。
また、連続勤務や夜間運転等の負担に伴う諸手当を設けている場合、こういった諸手当が時間外労働や深夜労働等の割増分を含む賃金(いわゆる残業代)として法律上支給したといえるのか確認する必要があります。執筆者が経験する限り、物流業で未払い賃金問題が発生した場合、せっかくの諸手当が法律上の残業代支払いに充当することが難しいという事例を多く見かけます。こうなると、残業代への充当ができないことはもちろん、諸手当を含めた基礎賃金算定となりますので、思った以上の残業代が発生することにもなりかねず、その経済的負担は計り知れない問題となります(他の従業員も相次いで残業代請求をしてきた場合、その支払いに応じれば直ちに経営自体が成り立たなくなるという重大局面を迎えることも有り得る話です)。
なお、残業が発生することを前提に、各種手当をいわゆる固定残業代(定額残業代、みなし残業代)としている事業者も見かけますが、この固定残業代についても、近時は裁判例の蓄積によりその有効性判断が狭まっていることにも注意が必要です。
残業代問題を乗り切るためには、賃金規程の適切な見直しと実情に沿った賃金体系の構築が重要となります。これは現実の残業代裁判実務を知っている弁護士に相談しながら対策を進めるのが肝要と言えます。
(4)人員配置
物流業の場合、出来高払い制の賃金体系を設定することが多いため、走行距離数が多ければ賃金も比例して増えるといったことが起こります。このため、高賃金を欲する従業員(ドライバー)は、遠距離コースや重労働を伴う配送コース(積荷の揚げ降ろし等の付随業務があるもの)を割り当てるよう希望するのですが、希望者が多ければ希望通りに割り当てることができないといった問題が生じたりします。
また、運行管理者の個人的な感情で、恣意的に配送コースが割り当てられているといった従業員の不満も耳にすることがあり、程度によってはハラスメントではないかと疑われるような事案も存在します。
従業員の健康管理を含めた公平性の問題と、より多くの収入を得るべく長時間・重労働をあえて希望する従業員との対立は、他の業界ではあまり見かけることなく、物流事業特有の問題と言ってよいかもしれません。従業員への説明の仕方を含め、かなり慎重に事を進めなければならない場面も出てきますので、弁護士と十分協議して対処したいところです。
(5)均等待遇・均衡待遇
日本版同一労働同一賃金については、働き方改革の目玉として導入されましたが、この働き方改革の議論が始まった頃から、正社員と非正規社員との待遇差に関する裁判が世間でも注目を浴びるようになってきました。この裁判例については、なぜか物流業に関するものが多く、例えば、ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件、日本郵便事件などの最高裁判決については、どこかで聞いたことがあるかと思います(なお、物流業に関連する近時の最高裁判例としては、歩合給と残業代に関する国際自動車事件もあります)。
物流業、特にドライバー業務の場合、正社員と非正規社員との業務内容に差異が生じにくく、またドライバー業務の場合は配置転換等も考えにくいことから、どうしても均等待遇・均衡待遇の問題は構造上起こりやすいものと考えられ、今後もこういった法廷闘争は続くものと見込まれます。
均等待遇・均衡待遇(日本版同一労働同一賃金)は既に法適用が開始されており、知らなかったでは済まされない状態です。そして、この問題が勃発した場合、集団的労使紛争(労働組合の介入による紛争の過激化・長期化)に移行する可能性が高く、その対応に要する負担は非常に重いものとなります。紛争になった場合は早く弁護士に相談し、紛争の長期化・過激化を避けるよう適切な方針を取ることはもちろんのこと、可能な限り、表面的な労使関係が平穏な時期に、弁護士と相談しながら少しずつ均等待遇・均衡待遇の対策を進めていくのが、結局のところ一番負担が少なくて済むことを知っておいて頂きたいところです。
3.物に関する問題
(1)保管施設と倉庫業法
3PLという言葉に代表されるように、最近の物流業界の動向としては、単なる運搬業務の受託だけではなく、クライアントが担う物流フローの全般(荷物の受入、検品、保管、梱包、出荷、配送等)に関与するという形態が増えてきています。
運送業者がこのような形態に移行する場合に注意しておきたいのが、倉庫業法との関係です。単なる運送契約に基づき荷物を一時的に保管しているにすぎないと評価できるのであれば問題となりませんが、荷物の保管それ自体を目的とする寄託契約であると評価された場合、倉庫業法に基づく登録が必要となります。
運送業者によっては、荷物の仕分けを行うための施設をもともと保有しており、当該施設でついでに荷物の保管を行うことで、クライアントの要望に応えようとするといった業務の拡張を検討することも有るかと思います。ただ、倉庫業法に基づく登録の有無について全く意識していない事例も散見されますので、許認可確認やビジネスの適法性について、事前に弁護士に相談することが無難といえます。
(2)運送品の破損等のトラブル
スポットでの運送取引の場合に有り得るのですが、運送対象物の中身について具体的な説明を受けないまま配送したところ、何かの間違いで破損した、紛失した、延着したといった事故が起こったりします。また、運送対象物の中身が実は高価品であった、壊れやすいものであった、温度や湿度等の特殊な管理が必要であった等の条件があるにもかかわらず、荷主が告知していなかったことに起因するトラブルもあったりします。
理屈の上では運送約款(運送契約)に基づいて、一定額(上限額)の範囲で損害賠償義務を負担することで解決を図ることになるのですが、最近問題となりやすいのは、解決に至るまでのプロセス、すなわち交渉のやり方についてです。一昔前にあったいわゆる東芝クレーマー事件なのが代表例ですが、物流事業者の交渉態度や物の言い方などが全て記録化され、記録化された内容がネット上で公開(場合によってはリアルタイムで公開)されることで、交渉担当者とその所属する物流事業者に対して非難が集中し炎上騒ぎとなる、というパターンが繰り返し発生しています。この風評被害による影響は当事者が思っている以上に重大であり、例えば荷主が大手企業という場合であれば、炎上騒ぎが継続することで、炎上対象となっている物流事業者との取引がある事実をもって自らも非難されることを恐れ、取引を即座に打ち切ってくるといったことも有るくらいです。
炎上騒ぎとなった場合は直ぐに弁護士に相談して、方針確認と効果的な対策を講じる必要があります。また、示談交渉などを進めるに際しては、できればどういった進め方でいくのか、どのようなスタンスで臨むのか、NGワードは何か等を事前に弁護士と確認しながら進めていくといった慎重な態度の方が、何事も公になりやすい今の時代に適したやり方なのではないかと考えられます。
(3)荷主との契約内容(運送約款)
許認可を得て運送業に携わる場合、運送約款・利用運送約款を定めて用いることが義務化されているところ、国土交通省が標準約款を公表していることから、多くの物流事業者は標準約款をベースに運送契約を定めているようです(標準約款をそのまま用いている事業者も結構多いと執筆者個人は認識しています)。
なお、標準約款は国土交通省という行政機関が公表しているので、内容は中立・公平であると考える方もいるかもしれません。しかし、執筆者個人としては、やや物流事業者有利な内容になっていると認識しています。したがって、継続的に依頼を行う大手荷主であれば、標準約款ではなく、荷主独自の契約書を準備の上、そちらで取引を行ってほしいと依頼されることがあります。当然のことながら、内容的には荷主(が圧倒的に)有利となっていますので、物流事業者としては、当該取引条件を契約内容として受け入れてよいのか検討する必要があります。
もちろん、取引上のパワーバランス等の関係で、契約内容修正交渉が難しいということも想定されます。ただ、そういう場合であっても、標準約款と比較してどの点が物流事業者に不利になっているのか、そのリスクを転嫁する方策はないのか等につき、弁護士を交えながら検討することが重要ではないかと思います。また、契約内容の修正を要請する場合、どの部分を特に修正してほしいと要請するのか優先順位の確認はもちろんのことですが、修正を要請する大義名分をどのように理屈づけるのかが意外と重要だったりします。法律論のみならず交渉論のようなところもあり、なかなか物流事業者単独では思いつかない事項やコツがありますので、交渉案件を多く取扱う弁護士と相談しながら対処することも必要と考えます。
(4取引条件の適正化と下請法
インターネットの発達により、無体物である情報は遠隔でもやり取りできるようになりましたが、遠隔地間での有体物の受渡しは物理的な運搬が必要であることに今も変わりはありません。そして、インターネット通販が物販の主流になりつつある現状においては、物流業はむしろ需要が増加しているといえます。
しかし、もともと中小零細の事業者が多く、しかも多重下請構造による取引条件の厳しい物流業界において、近年の規制緩和による新規事業者の増加により、値段を含めた条件競争が激化しており、むしろ少なからずの物流事業者の経営環境は悪化しているとさえ言われています。また近年のドライバー不足についても、物流事業者の経営環境が厳しい状態である以上、重労働に見合った十分な賃金原資を確保できないということもその原因の1つと言われています。
結局のところ、物流事業者は仕事を獲得するための安売り競争に参加せざるを得ない状況であり、これにかこつけて荷主からの不当な減額要請を受けたり、逆に委託先・協力会社に対して不当な運賃カットを強いるという負の連鎖が生じています。このような負の連鎖を断ち切るためにも、荷主等の委託元に対しては下請法違反の指摘を行いつつ、少しでも有利な交渉を進めること、一方で委託先・協力会社に対しては下請法違反との指摘を受けないよう必要な対策を講じることが重要です。ただ、下請法については、そもそも適用があるのかという専門的な知識が必要であることはもちろん、現場実情として、荷主等の委託元に対して形式的に下請法違反を指摘した場合、今後の取引を打ち切られる等の報復も有り得るため、なかなか活用しづらいところがあるのも事実です(下請法は報復措置も禁止していますが、知ってか知らずか報復措置をちらつかせる委託元は少なからず存在します)。
下請法に関する正確な知識やアドバイスを弁護士から受けることはもちろんのこと、交渉に際して、例えば本件交渉には弁護士も関与していることを明らかにする(場合によっては交渉の場に弁護士が立ち会う)などして、委託もとに少しプレッシャーをかけながら交渉を進めることも意外と有効な作戦になることはもっと知られてもよいかと思います。
なお、下請法以外に、自社が有利に交渉を進めるに際して根拠として示しうる公の参考資料としては次のようなものがあります。
・特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法(公正取引委員会)
・トラック運送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライン(国土交通省)
(5)置き配等の新たなサービスへの対応
配送先が事業者である場合はあまりないのですが、個人が利用するネット通販での物の引渡しに際し、家人に直接渡すことなく、玄関やメータボックス内など予め指定され場所に置いておくことで、配達完了扱いとする方法が徐々に広がりつつあります。
上記のような方法を置き配と呼ぶのですが、この置き配については今のところ法律で禁止されているわけではありません。ただ、荷受人に対して直接対面で引渡しているわけではないため、本当にこれで引渡しが完了したといえるのか、指定場所に物を置いてから荷受人が実際に物を取得するまでの間に物が紛失等した場合は誰の責任になるのか、といった問題はどうしても想定する必要があります。
法律上の定めがない以上、置き配を実施するためには自主的なルール整備(例えば、ネット通販における物流であれば、物流事業者だけの問題ではなく、EC事業者の利用規約の整備が必須となります)が必要です。そして、このルールを如何にして荷主等の委託元や荷受人となるユーザとの契約内容に落とし込むのか大きなポイントとなります。
今回は置き配に関する例をあげましたが、法律で明確に禁止されていない新規サービス(例えば代引きサービスなど)を実施する場合、法律が存在しない以上は自由に何でもやってよいということではなく、相手の利益を考慮しつつ自社(物流事業者)にとってリスクヘッジとなるルールをどうやって作り出し、当該ルールの実効性をいかに担保するのかが極めて重要です。ルールの作成や整備等については、日常的に法律というルールと戦いながら業務を行っている弁護士と相談しながら進めていくのが手っ取り早いと考えられます。
(参考)
置き配の現状と実施に向けたポイント(経済産業省 国土交通省)
4.お金に関する問題
(1)損害保険のカバー範囲(一部免責等)
物流事業を行うに際し、施設(荷物保管場所)に関する保険、トラック等の車両に関する保険、荷物に関する保険など様々な損害保険に加入するのが通常です。ただ、様々な保険に加入すると当然のことながら支払保険料が相当高額なものとなります。
そこで、支払保険料を減らすために、例えば一定額を超えない損害賠償事件の場合は保険金が支給されない、一事故当たりの保険金支払総額の上限を設ける等の条件をつけて、保険契約を締結するといったことがよく行われています。
このような保険による補償範囲を削ったうえで支払保険料の減額を図ること、それ自体何ら違法性はありません。
問題なのは、保険契約者である物流事業者が、なぜ支払保険料の減額が実行できているのか仕組みを理解できておらず、いざ事故が生じた場合に保険金でカバーしてもらえない=物流事業者の自己負担分が生じることに後で気が付くというパターンです。時々、物流事業者から、「保険契約時にそんな話は聞いていない、保険会社を訴えたい」等々の相談を受けることも有るのですが、実際には難しい話と言わざるを得ません。
こういった事例以外にも、特定の事故の場合(例えば情報漏洩の場合)は保険金の支払い対象とならない等、保険については色々と難しい問題があります。物流事業者が抱えるリスク内容と保険の対象範囲が合致しているのか弁護士に検証してもらい、何らかの齟齬があるのであれば新たに保険加入する必要性があるのかも含め、保険会社の担当者も交えながら対策を検討することが望ましいと言えます。
(2)自損事故等による従業員への求償、駐禁等の反則金負担
物流、特にトラック運送業の場合、業務を遂行する上で交通事故対応はどうしても発生します。この場合、いわゆるもらい事故である場合であれば、従業員に責任がないので車両等に生じた損害を会社が従業員に請求するということはないのですが、いわゆる自損事故の場合や従業員の過失が著しい場合、果たして会社が車両等に生じた全損害を負担しなければならないのか疑問が生じるということも有りうる話です。
上記のような考えで、重過失の場合や自損事故の場合は、車両等の損害を全額従業員負担にする(賃金から天引きする)といった対応をとっている物流事業者も一定数存在します。ただ、法律上は問題のある対応と考えられます。たしかに、従業員が故意に事故を発生させたというのであれば、全額賠償を要求しても問題はありません。しかし、過失による事故の場合、裁判所の判断は一貫して従業員に対する全額賠償請求を認めておらず、従業員の責任の程度に応じて一定の減額が行われています(なお、従業員に過失があることは間違いないが、さりとて目くじらを立てるようなものではない場合は請求自体が認められない場合もあります)。
従業員に対して請求が可能なのか、可能だとしてどれくらい請求してよいのか等は専門知識を有する事項となりますので、弁護士と相談しながら対応するべきです。
なお、上記のような交通事故に関連してですが、例えば駐禁等による反則金納付について、会社がどこまで負担すべきなのかという問題もあったりします。特に、業務を遂行するに際し、駐車禁止区域での一定時間の車両停止が必須となっており、会社も黙認しているといった場合、従業員のみに費用負担させるのは不合理と考えられます。また派生して、交通違反による行政処分で免許停止等となった場合、ドライバーはドライバー業務に従事できないため、果たして賃金はどうなってしまうのかという深刻な問題に直結することもあります。
物流事業者がドライバーをどこまで守るべきか、また責任を果たすべきかと書くと道徳倫理上の問題と誤解される方もいるかもしれませんが、こういった問題は法律論として適切に検討するべき事項です。法律の専門家である弁護士と相談しながら対処法を決めることをお勧めします。
(3)環境配慮に伴う費用負担
行政によるディーゼル車への規制は既に始まっていますが、今後はガソリン車への規制(電気自動車などより低公害とされる車両への転換促進)などが想定されることは、物流事業者にとって重大な関心事になっているかと思います。そして近年は、SDGsという考え方が浸透しつつあり、荷主等の委託元より、物流事業者が使用する配送車両に対する監視の目が厳しくなりつつあるという状況になっています。
当然のことながら、荷主等の委託元が物流事業者に対し、配送車両を指定する権利を有しているわけではありません。しかし、物流事業者が特定の荷主等の委託元に取引依存している場合、当該委託元の要望を無視するわけにはいかず、事実上の負担を物流事業者が強いられることはありうる話です。
一昔前のガソリン高によるサーチャージの際にも議論がありましたが、このようなどちらか一方の当事者の責任とはいえない社会的要請に基づく費用負担については、交渉の切り出し方、進め方、落ち着け方など高度の交渉戦術が必要となります。交渉戦略に長けた弁護士と随時相談しながら進めていくのが適切と考えられます。
(4)荷主等の委託元からの債権回収
執筆者が相談を受ける事例としては、単純に荷主等の委託元が支払ってくれないといった内容もありますが、例えば、荷主等の委託元が、物流事業者の業務遂行に問題があり損害を被ったと主張して、委託報酬との相殺を主張するといったものが多いという印象を持っています。
物流事業者に何ら帰責性がなく、単に荷主等の委託元が手元不如意であるという場合、債権回収手続き自体はスムーズに進めることが可能です。ただ、手元不如意である以上、どうやって回収するのか=荷主等の委託元のどの財産をターゲットにして任意の支払いを促すのか(あるいは強制的に金銭化して回収するのか)は、専門的な知識が必要となります。訴訟の代理権は当然のこと債権回収に関する幅広い権限を有する弁護士と相談し、時には直接動いてもらいながら、効率の良い回収手続きを図ることがポイントとなります。
一方、上記のようなトラブルが関係する報酬との相殺により支払拒絶事例の場合、そもそもトラブル自体が存在するのか、存在するとして物流事業者に責任があるといえるのか、責任があるとして法律上認められる損害と言えるのか、損害額は妥当なものなのか等々、かなり高度かつ専門的な法的検証が必要となります。法的検証はもちろんのこと交渉の進め方も一筋縄にはいかないことから、是非とも弁護士と相談の上、必要な対策を講じたいところです。
(5)再委託先への支払いサイト
通常は何らかの支払いサイトを定めているはずですが(例えば当月末締翌々月10日など)、協力先等の物流事業者との取引について下請法の適用がある場合、運送業務を提供した日から60日以内に支払う必要があります。このため、例えば4月1日に運送業務を履行し、上記例のような支払いサイトに当てはめた場合、60日を超えて支払うことになりますので下請法違反となります。執筆者の経験上、下請法違反の支払いサイトは結構な頻度で見かける事例ですので、注意が必要かと思います。
なお、協力会社等の再委託先との契約内容として、荷主等の委託元より回収ができない場合は配送料を支払わないといった支払条件を定めていることも有るようです。ただ、下請法が適用される場合はこういった支払条件は無効ですし、仮に下請法の適用が無かったとしても、支払がない以上再委託先は今後業務遂行を拒絶する可能性があり、また再委託先が荷主等の委託元に直談判(直接支払い)を求めて行動するなどして、委託元と新たなトラブルを招くといったリスクを増やすだけの場合もあります。したがって、当該支払条件を根拠に、ある程度の時間に限って支払猶予を求めるという交渉材料に使うことは出来るかと思いますが、当該支払条件を盾に一切の支払いを拒絶するとなると、物流事業者として今後の業務に支障を来すことになりかねないことにも留意する必要があります。
再委託先への支払い条件の定め方、再委託先への支払いに困った場合の対処法などにつても、弁護士と相談しながら対処するのが妥当と考えられます。
5.情報に関する問題
(1)顧客(運送先)情報の取扱い
自らが保有する顧客名簿をもとにDM発送代行等を行っている物流事業者であれば別論ですが、運送業務を主たる業務とする物流事業者の場合、大量の個人情報を自らが取得することは通常あり得ません。しかし、例えば、荷主等の委託元が通販事業者である場合、配送するために必要な個人情報を大量に預かることになります。
個人情報保護法に従った対応が求められることはもちろんのことです。ただ、最近では個人情報に対する権利意識が強くなりすぎていると言えばよいのでしょうか、例えば、不在票等の伝票を玄関扉にある投函口に分かりやすい形で挟んでおいたところ、家人の個人情報が他人に見られたかもしれない、といった一昔前では考えられないようなクレームが出てくるようになってきました。たしかに、最近では特に集合住宅で顕著なのですが、玄関に表札を出さない、ポストに名札を出さない家人も増加しており、そういった方からすれば、あえて隠している名前等の個人情報をさらけ出すようなことは止めてほしい、ということなのかもしれません。
正直なところ、物流事業者からすれば迷惑なクレームだと思うのですが、最近のプライバシー意識の高まりはこういった現場にまで及んできています。時代が変わったものと捉え、ドライバー教育を通じて、本人以外の第三者に伝票等を見られないように工夫するといった対策を講じるほかないと考えられます。
上記は一例ですが、物流事業者に関係する個人情報トラブルは実は意外と多く、従前の感覚からすると過剰なクレームと言わざるを得ないようなものも実際にはあります。どういったトラブルがあるのか事前に知っておけば対処がしやすいことはもちろん、いざトラブルとなった場合に間違った対応をしないようにするためにも、適宜弁護士と相談しながら準備をしておくことをお勧めします。
(2)従業員の健康情報取得と業務配置の関係
ドライバーの長時間労働に起因して、正常な判断ができない状況下で運転を継続し悲惨な交通事故を発生させてしまった…という事例は、一定頻度でニュースになっています。こういったニュースを契機とするまでもなく、物流事業者もドライバーの健康管理には注意を払っているかと思います。
ところで、上記のような日常的な業務の従事に起因する、ドライバーの肉体的・精神的疲労の蓄積を含む健康情報は物流事業者も比較的把握できることが多いのですが、非常に厄介なのが、業務に起因しないドライバー特有の疾患に関する健康情報についてです。定期健康診断である程度の健康情報を物流事業者が把握することが法律上の建前となっていますが、中小零細企業においては、定期健康診断の結果資料を確認することなく従業員に渡し、従業員本人からの自己申告に委ねているというところが、かなり多いのではないと思われます。また、定期健康診断だけでは把握できない業務に支障を来す疾患も存在しているところ、従業員のプライバシーの問題もあり、物流事業者として的確に把握することが困難であるというのが現場の実態と考えられます。
例えば、ドライバーがてんかんの症状を患っている場合、果たして運送業務を任せてしまった良いのかは非常に悩ましい問題です。ドライバー本人への配慮や人事処遇の問題も関係してくる一方、万一の事故のことを想定した物流事業者の責任(法的責任のみならず社会的責任も含めて)を考えると、簡単には答えを出せない問題かもしれません。こういった問題についても、弁護士と相談しながら対処するべきです。
(3)ドライブレコーダー等の監視カメラ
最近では車載カメラ(ドライブレコーダー等)を掲載する車両が多くなり、物流事業者が保有する車両にもかなり搭載されてきている状況です。
ところで、この車載カメラですが、運転席から見た外の状況を撮影するものもあれば、運転席を中心とした車両内の状況を撮影するものもあります。そして、最近ではインターネットと接続しリアルタイムで映像を確認することができるといったものも存在します(当然映像の録画も可能)。そうすると問題となってくるのが、ドライバーのプライバシーとの関係です。
物流事業者からすれば、ドライバーの運転状況を把握できるので、適切に業務遂行しているか(サボっていないか)等の監視ができ、労働時間の削減(賃金の適正化)に資するといったメリットがあると思われます。しかし、最近であればテレワークによる遠隔業務の際に、端末上のカメラを通じて四六時中監視することに対する嫌悪感や問題点の指摘などを考慮すると、やはり業務遂行中の常時監視については色々と問題があるように思われます。
法律上明確な基準が設けられていない以上、物流事業者によるルールの設定と従業員の納得によりこの問題への対処は可能です。落しどころをどこに設定すればよいのか等を含め、弁護士と相談しながらルールの設定と運用方針等を決めていくことがポイントです。
(4)情報漏洩(SNS等)への対応
個人が不特定多数の者に対して何の制約もなく情報発信ができるようになったこと、これは大きな事業環境の変化と言えます。そして、この情報発信ができるが故の新たな問題、典型的には従業員の不適切な投稿により、勤務先までもが炎上騒動に巻き込まれ深刻な風評被害を受けてしまうといった事例や、会社の重要な機密情報を従業員がインターネット上に流出させ、取り返しがつかない状態(取戻しができず、永遠にインターネット上に残り続ける状態)になってしまう事例などが多発するようになり、物流事業者としては新たなリスクとして検討する状況となってきています。
物流事業の場合、ドライバー等の従業員は悪気がないと言えばよいのでしょうか、ちょっとした悪ふざけ感覚で不適切な情報発信を行う傾向があるように執筆者は感じています。悪ふざけが会社にとってはもちろん、本人にとっても取り返しがつかない事態を招きかねないことを教育し、ドライバー等の従業員に理解してもらうことが最も効果的な対策ではないかと考えます。
従業員教育等の社内セミナーや、SNSの利用を含む情報の取扱いに関する社内ルールの整備、万一の情報漏洩事故への対応などは、情報分野に詳しい弁護士に依頼するなどして対策を進めておく必要があります。
<2021年6月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
弁護士 湯原伸一 |