「新しい生活様式」を前提に、企業が留意するべき人事労務の課題を弁護士が解説!

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【ご相談】

新型コロナウイルスへの感染対策として政府が公表した「新しい生活様式」を踏まえ、当社では人事労務対応の見直しを行っています。法律上の観点からは、どういった事項に留意すればよいのでしょうか。

 

【回答】

「新しい生活様式」を踏まえての人事労務対応となると、出社を必ずしも前提としないテレワーク(在宅勤務)の検討が避けて通れません。

また、出社を要請するにしても、会社が負担する安全配慮義務の観点から、時差出勤や就労時のマスク着用義務付けなどの、会社がどこまで業務命令権を行使してよいのかを検討する必要があります。

以下では、これらの問題を検討する際に必要となる法的留意事項を解説します。

 

【解説】

 

1.テレワーク(在宅勤務)について

 

(1)テレワーク(在宅勤務)を一方的に命じることが可能か

一般的な企業では、就業規則等の社内規程にテレワーク・在宅勤務を命じることができる旨の明示的規定を設けていないと考えられます。しかし、明示的な規定がないから、テレワーク(在宅勤務)を業務として命令することができないと考える必要はありません。

なぜなら、労働契約の解釈論として、会社は包括的な人事裁量権があるとされています。また、会社は広範な配置転換権を有することが判例上も認められているからです。

したがって、就業規則等の社内規程が存在しなくても、あるいは就業規則の変更・社内規定の整備等を図らなくても、会社はテレワーク(在宅勤務)を業務として命令することは可能と考えられます。

なお、後でも触れますが、テレワーク(在宅勤務)に伴う通信費を労働者負担とする場合、労働基準法第89条第5号を意識する必要があります。すなわち、通信費を労働者負担とする旨の就業規則の変更が必要となります。

 

(2)労働条件通知書の再交付は必要か

就業規則の変更・社内規程の整備を図らなくても、テレワーク(在宅勤務)を業務として命令することができることは上記で説明した通りです。

ところで、会社担当者より、「勤務場所の変更となるので、労働契約法第15条に基づく労働条件通知書を再交付する必要があるのか」という問い合わせを受けることがあります。

結論としては、再交付不要です。これは行政通達として、労働条件通知書は雇入れ直後の就業場所を記載すればよいとされているからです。もっとも、従前より勤務していた労働者ではなく、今後新たに労働者を雇い入れる場合は、テレワーク(在宅勤務)を前提にした就業場所の記載が必要となること要注意です。

 

(3)新たに労働契約書の締結は必要か

テレワーク(在宅勤務)の実施に当たり、就労ルールを明確にするという観点から、会社と労働者との間で労働契約書を新たに締結するという対応をとる会社もあります。

新たな労働契約書を締結することが義務付けられているわけではありません。しかし締結すること自体は問題ありません。ただ、従前の労働条件と比較して労働者に不利な労働条件を会社が一方的に設定することは、新たなトラブルになりかねませんので、十分な説明と労働者の了解を取り付けるようにする必要があります。

なお、労働者の了解を得たとしても、就業規則に定める労働条件を下回る労働契約は法律上無効となります(労働契約法第12条)。例えば、上記でも触れましたが、就業規則上は通信費を労働者負担とする旨の規定なし、労働契約上は通信費を労働者負担する旨規定あり、という状況の場合、労働契約の定めが無効となりますので注意が必要です(会社は通信費を負担しなければならないことになります)。

 

(4)テレワーク(在宅勤務)の実施手続きの整備はどうすればよいか

テレワーク(在宅勤務)を実施するに際して、まずは誰を対象者とするのかを明確にする必要があります。この点、厚生労働省が公表している「テレワークモデル就業規則~作成の手引き~」(以下「モデル規則」といいます)では、次のようなサンプル条項を掲載しています(一部改変しています)。

ちなみに、現場トラブルとして、労働者が会社に対してテレワーク(在宅勤務)の実施を要求するといったものがあります。労働契約の解釈論としては、当該要求を会社が受け入れなければならない法律上の義務は発生しないと考えられますが、社内規程の整備を行うのであれば、こういったトラブルを踏まえて、あくまでもテレワーク(在宅勤務)を実施するか否かは会社の判断であることを明確にすることがポイントになります。

第×条(対象者)

1 在宅勤務の対象者は、就業規則第×条に規定する従業員であって次の各号の条件を全て満たした者とする。

(1)在宅勤務を希望する者

(2)自宅の執務環境、セキュリティ環境、家族の理解のいずれも適正と認められる者

2 在宅勤務を希望する者は、所定の許可申請書に必要事項を記入の上、1週間前までに所属長から許可を受けなければならない。

3 会社は、業務上その他の事由により、前項による在宅勤務の許可を取り消すことがある。

4 第2項により在宅勤務の許可を受けた者が在宅勤務を行う場合は、前日までに所属長へ利用を届け出るものとする。

なお、上記モデル規則では、会社がテレワーク(在宅勤務)を命令することができる旨の規定がありません。明示的規定がなくてもテレワーク(在宅勤務)を会社が業務として命令可能であることは先述した通りです。ただ、せっかく社内規定の整備を図るのであれば、例えば「会社は、業務上の必要がある場合、在宅勤務を命じることができる」という一文も入れておきたいところです。

 

(5)テレワーク(在宅勤務)特有の服務規律とは

テレワーク(在宅勤務)を実施する場合、どうしても会社の機密資料等が社外に持ち出されることになります。この結果、情報漏洩リスクが格段に高まりますので、この点を考慮した服務規律を追加することが望ましいと言えます。例えば、モデル規則では次のようなサンプル条項が掲載されています(一部改変しています)。

第×条(服務規律)

在宅勤務従事者は次に定める事項を遵守しなければならない。

(1)在宅勤務の際に所定の手続に従って持ち出した会社の情報及び作成した成果物を第三者が閲覧、コピー等しないよう最大の注意を払うこと。

(2)在宅勤務中は業務に専念すること。

(3)第1号に定める情報及び成果物は紛失、毀損しないように丁寧に取扱い、確実な方法で保管・管理しなければならないこと。

(4)在宅勤務中は自宅以外の場所で業務を行ってはならないこと。

(5)在宅勤務従事者は、会社が指定する場所以外で、パソコンを作動させたり、重要資料を見たりしてはならないこと。

(6)在宅勤務従事者は、公衆無線LANスポット等漏洩リスクの高いネットワークへの接続を行わないこと。

(7)在宅勤務の実施に当たっては、会社情報の取扱いに関し、関連規程を遵守すること。

なお、セキュリティ対策を含む服務規律については、BYOD(Bring Your Own Device)すなわち従業員の私用端末を業務用に利用する場面とパラレルに考えることが可能です。必要に応じてBYODに関する考え方も参照してください。

 

※2020年9月14日追記
総務省が「中小企業等担当者向けテレワークセキュリティの手引き(チェックリスト)」を公表しています。
こちらも参考になると考えられます。

 

(6)労働時間の管理・算定をどのように行うか

在宅勤務(テレワーク)は、上司その他管理者による直接的な時間管理ができません。このため、会社としては、労働者の労働時間の把握が行いづらいということがどうしても生じます。特に長時間労働とそれに伴う残業代対策は、会社として悩ましい問題です。

そこで、まず考えられるのが、在宅勤務(テレワーク)はいわゆる外回り勤務と同視し、事業場外みなし労働時間制を採用するという方法が考えられます。例えば、モデル規則では次のようなサンプル条項が掲載されています(一部改変しています)。

第×条(在宅勤務時の労働時間)

在宅勤務従事者が次の各号に該当する場合であって会社が必要と認めた場合は、就業規則第×条を適用し、第×条に定める所定労働時間の労働をしたものとみなす。

(1)従業員の自宅で業務に従事していること。

(2)会社と在宅勤務従事者間の情報通信機器の接続は在宅勤務従事者に任されていること。

(3)在宅勤務従事者の業務が常に所属長からの随時指示命令を受けなければ遂行できない業務でないこと。

事業場外みなし労働時間制を採用する場合、「労働時間を算定しがたい」ことが要件となります。この要件を充足するためには、事業所外で業務従事していることを前提に、①情報通信機器が、会社の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと、②随時会社の具体的な指示に基づいて業務が行われていないこと、が必要と考えられています(モデル規則の解説参照)。上記モデル規則ではさらっと触れられていますが、第2号が①要件に関係するもの、第3号が②要件に該当するものとなります。

ちなみに、①要件についてですが、物理的に通信を切断せよと言っているわけではありません。指示待ち状態でパソコン等の端末前で労働者が待機している場合はNGとしているだけにすぎません。要は通信接続状態であっても、業務指示に対して即応しなければならないといった義務が課せられていないのであれば、①要件は充足可能です。一方、②要件についても、業務の期限等の基本的な事項を指示するに過ぎないのであれば問題ありません。会社が逐一進捗状況を確認するといった状況はNGであると考えれば足ります。

上記のように事業場外みなし労働時間制を採用する場合、実質的には会社が適時指示することは不可能です。このため、会社が適時指示しながら労働者に業務遂行させる必要があるという場合には、他の制度を検討する必要があります。

 

労働者の職種・担当業務によっては裁量労働制(専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制)を用いるということも検討することが可能です。ただ、裁量労働制の適用対象となる労働者の範囲は相当絞られますので、裁量労働制ではカバーできない労働者が存在することも想定する必要があります。

この場合、結局のところは、通常出社と同様の時間管理を行うほかありません。ただ、労働時間についてはどうしても労働者の自己申告にならざるを得ないところがあり、実際には行っていないにもかかわらず残業申告し、残業代の不正請求があった事例も存在します。どこまで対策を講じるのかは会社の考え方になってしまいますが、例えばパソコンの使用時間の記録を提出させる、パソコンに内蔵しているカメラで監視するといったことも検討する必要があるかもしれません。また、残業許可制の導入と厳格な運用も考慮する必要があります。

なお、テレワーク(在宅勤務)とフレックスタイム制は親和性が高い労働時間の管理方法と考えられますが、一方でフレックスタイム制であっても労働時間(総労働時間)の管理が必要となる点では、通常出社の場合と同じです。事業場外みなし労働時間制のように形式的に労働時間を算出することができるわけではないことに注意が必要です。

 

(7)必要経費(通信費など)の負担はどうするか

通信費については、就業規則と労働契約の内容が矛盾する場合に注意が必要であるという点で先述しましたが、テレワーク(在宅勤務)によって生じる経費についてどのように清算するのかルールを明確にすることが望ましいといえます。この点、モデル規則では次のようなサンプル条項が掲載されています(一部改変しています)。

第×条(費用の負担)

1 会社は、在宅勤務従事者が負担する通信費(但し、資料送付に要する郵便代は除く)のうち、業務負担分として毎月月額×円を支給する。

2 在宅勤務に伴って発生する水道光熱費は在宅勤務従事者の負担とする。

3業務に必要な郵送費、事務用品費、消耗品費その他会社が認めた費用は会社負担とする。

4 その他の費用については在宅勤務従事者の負担とする。

通信費のように、テレワーク(在宅勤務)を実施することで、会社にとっては新たな負担として考慮しなければならない経費が存在する一方で、逆に会社にとっては負担が軽減される経費があります。例えば通勤交通費です。

通勤交通費については、既に支給済みの通勤交通費にかかる期間がテレワーク(在宅勤務)となった場合にどのように清算するのかという問題と、新たに通勤交通費を支給する場合に出社日のみ実費支給するという形式に切り替えてよいのか(定期券代を支給しない)という問題を分けて検討する必要があります。

前者については、定期券の払い戻し等が可能であればその範囲内で清算を行うことになると考えられます。後者については、実費支給が可能である旨就業規則等に明記したほうが無難です(例えば、モデル規則では「在宅勤務(在宅勤務を終日行った場合に限る)が週に4日以上の場合の通勤手当については、毎月定額の通勤手当は支給せず実際の通勤に要する往復運賃の実費を給与支給日に支給するものとする」というサンプル条項が掲載されています)。

 

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2.会社出勤を行う場合

 

(1)時差出勤を命じることは可能か

時差出勤の検討を行うに際し、まず確認しなければならないのは就業規則の記載内容となります。なぜなら、就業規則の絶対的記載事項として、始業・終業の時刻を明記する必要があるところ、例えば始業9時、終業18時と記載しているだけにすぎないのであれば、この始業・終業時刻を会社都合で動かすことができないからです。

多くの就業規則では、例えば「業務の都合そのやむを得ない事情により、始業・終業時刻を繰り上げ又は繰り下げることができる」といった規定が設けられていると思います。したがって、あまり問題にはならないと予想されますが、万一このような規定が存在しない場合、就業規則の変更が必要となることは要注意です。なお、時差出勤の導入に伴い、労働条件通知書の再交付が必要かという問い合わせを受けることもありますが、先述のテレワーク(在宅勤務)のところで記載した通り、再交付は不要です。

 

ところで、時差出勤を導入した場合、現場でやや取扱いが困るのが「休憩」の問題です。時差出勤に伴い繰り上げで出社する従業員もいれば、繰り下げで出社してくる従業員もいるのですが、法律の建前上は、休憩は全従業員に対して一斉に付与する必要があります(なお、運輸交通業など休憩一斉付与の例外となる業種もあります)。そうすると、繰り下げ出社の従業員は出社してすぐに昼休憩に突入するなど、かえって業務の効率が損なわれたりすることがあります。

休憩時間について差異を設けたいと考える場合、一斉付与の例外に該当する業種なのかの確認し、該当しないのであれば労使協定の締結を行う必要があります。

 

(2)マスク着用命令は可能か

接客業の一部利用者からは、従業員のマスク着用に嫌悪感を覚えるといった不評がありますが、これはあくまでも顧客対応(顧客満足度を高める等のマーケティング戦略)の問題であり、ここで検討するのは、会社が従業員に対してマスク着用を義務付けることが可能か、という問題となります。

ケースバイケースで検討する必要はありますが、少なくとも本記事を執筆した2020年8月時点で検討した場合、新型コロナウイルスの感染が再び拡大している状況下において、公衆衛生上の観点からはもちろん、従業員に対する安全配慮義務の履行という観点からは、会社が業務命令を出し、従業員に着用を義務付けても違法性はないと考えてよいかと思われます。そして、業務命令を出したにもかかわらず、従業員がマスク着用を行わない場合、相当な懲戒処分を課すことも問題はないと考えられます。

なお、業務命令としてマスク着用を義務付ける以上、マスク代の負担は会社負担が原則になると考えるべきです(従業員負担とするのであれば就業規則の変更が必要となること、テレワーク(在宅勤務)における通信費の負担と同じ議論となります)。

 

(3)出社命令を出すことは可能か

労働者は出社して業務遂行すること、これは一般的な労働契約に基づく労働条件になっているはずです。このため、会社が出社命令を出すことが直ちに違法と判断されることはあり得ません。ただ、一方で会社は従業員に対して安全配慮義務を負担している以上、必要な措置を講じないまま新型コロナウイルスに従業員を感染させるわけにはいきません。

結局のところは、業務遂行の必要性と具体的な感染リスクの蓋然性とを総合考慮しながら判断するほかないのですが、例えば、行政機関が一切の外出禁止を要請しているという状況が存在するのであれば、出社命令の正当性を維持することは困難と思われます。

 

 

<2020年8月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

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