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【ご相談内容】
当社はインターネット上で商品販売を行っています。商品販売に際しての取引条件は、すべて利用規約に定め、この利用規約をユーザが同意しない限り、当社は当該ユーザとの取引を行わないことにしています。
さて、民法が2020年4月1日に改正され、利用規約について見直しが必要と聞いているのですが、どのような事項に注意しながら見直しを行えばよいのでしょうか。
【回答】
利用規約=サービス提供者が定めた取引条件であり、ユーザは当該条件を受け入れて取引を行うしかないこと、すなわち、ユーザにおいて取引条件変更の余地がないことを意味する場合、2020年4月1日に改正された民法に定める「定型約款」に該当すると考えられます。この結果、改正民法のルールに従う必要があるのですが、見直しを図る場合、具体的には次の事項を検討することになります。
・利用規約等に定める内容が不当・不意打ちに該当しないか、条項内容の見直し
・利用規約等に定める約定を合意(契約)内容とするためのルールの見直し
・利用規約等に定める条項を将来的に変更する際のルールの見直し
【解説】
1.利用規約等の見直しを検討する前に確認したい事項
(1)なぜ定型約款の規定が設けられたのか
たとえば、怪我をしたので、加入している生命保険会社に対して保険金請求を行ったところ、生命保険約款に定める不支給事由に該当するので保険金の支払いを受けることができなかった。しかしながら、そもそも論として約款など読んだこともないし、生命保険に加入する前に約款集の交付さえ受けたことがない。なぜ約款に従わなければならないのか、といったトラブルは結構あったりします。
上記のようなトラブルの根本原因は、実際のところ、ユーザは約款内容について知る機会が乏しく、(同意書等で内容を理解したと書いてあったとしても)現実的にユーザが明確に約款内容を了解したとは言い難いところにあります。もっとも、理屈はともかく、現場運用の必要性とでも言えばよいのでしょうか、従前より約款については、契約内容として組み入れられ、ユーザはその内容に従わなければならないという取扱いが行われてきました。
このような、何だかよく分からない取扱い(慣行)を打破し、法律上のルールを明確にすることを目的として、2020年4月1日改正の民法では「定型約款」という概念が定められるに至りました。
(2)民法改正前に運用開始されていた利用規約の取扱い
一般論として、法律の改正前に合意した内容は改正法の適用を受けず、改正前の旧法のルールに従って運用されます。
しかし、定型約款については、この一般論が通用せず、たとえ民法改正前に利用規約等を定めてユーザとの取引を開始していたとしても、2020年4月1日以降は改正民法が原則適用されます(なお、経過措置として2018年4月1日から2020年3月31日までに、改正民法の適用に反対する旨の意思表示を取引当事者に行った場合、改正民法の適用はないとされていますが、現場実務でこの取り扱いを行っているのは少数と予想されるため、本記事では経過措置については無視します)。
(3)定型約款とは
上記【回答】でも記載した通り、「利用規約」等の名称で開示されている取引条件は、民法に定める定型約款に該当することが多いと考えられます。
民法に定める定型約款とは、次の①と②の両方に該当するものを言います。
①定型取引に用いられること
※定型取引とは次の2条件を充足するものをいいます。
・不特定多数の者を相手方として行う取引であること(不特定多数要件)
・取引の内容の全部又は一部が画一的であることが契約当事者双方にとって合理的であること(合理的画一性要件)
②定型取引において、契約の内容とすることを目的として、定型約款準備者により準備された条項の総体のこと
上記定義を踏まえると、約款という名称は付いているものの、例えば建設工事標準請負約款などは、民法に定める定型約款には該当しないことになります(上記①の要件を充足しないため)。
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2.合意内容とするための要件(みなし合意・組入)
ここでは、見直すべき事項の1つ目と2つ目に関連する事項、すなわち、(ユーザが十分確認を行わないことが多い)利用規約等に定めた事項を合意内容とするための条件面の整備について解説します。
なお、この1つ目の見直し事項とは、不当条項や不意打ち条項に該当しないかという観点で利用規約等の条項内容を修正することを意味し、2つ目の見直し事項とは、例えばインターネット通販の場合であれば、申込画面における利用規約の表示の仕方(利用規約に対する同意の取得方法)といった利用規約の内容修正とは直接関係のない事項となります。
(1)条項内容の見直し(不当条項、不意打ち条項)
改正民法の内容は、利用規約等について、ユーザが必ずしも内容を熟知しているわけではないにもかかわらず、合意内容に組み入れようとする“荒業”と言えるものなのですが、ユーザが熟知していないことにかこつけて、利用規約等を定める側(サービス提供者)が好き勝手に利用規約等の内容を定めてしまうというのは、やはり問題と言わざるを得ません。そこで、改正民法では、不当な内容を定めた条項及び不意打ち的な内容を定めた条項については、そもそも合意内容としないと規律しました(民法第548条の2第2項)。
①不当条項
例えば、契約違反した場合にユーザは違約金として1億円を支払う…といった条項などが想定されます。もちろん、ユーザとの取引内容にもよりますが、いくらユーザが契約違反したからと言って、サービス提供者が1億円もの損害を被ることは通常想定されず、本当に1億円を支払ってもらうとなると、サービス提供者は不当な利得を得ると考えざるを得ないからです。
また逆に、サービス提供者に契約違反があったにもかかわらず、ユーザに対しては一切の責任を負わない…といった条項も、一方的過ぎる内容であるため不当条項と判断される可能性が極めて高いと考えられます。
②不意打ち条項
例えば、商品販売において、ユーザが注文した商品以外の商品が抱き合わせで購入することを定めている条項などが想定されます。これは、ユーザは通常抱き合わせで商品を購入したことを予想しえないと考えられるためです。
(2)利用規約等を合意内容とする旨の表示
利用規約等の条項内容の見直しではないのですが、民法第548条の2第1項では、利用規約等を合意内容に組み入れたい場合、次のいずれかを充足させる必要があると定めています。
・定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
(例えば、ネット通販であれば、購入申込画面等で「利用規約に同意する」という一文とチェックボックスを設置し、チェックを入れたら購入手続きが完了するような設定を行っている場合などが想定されます)
・あらかじめその定型約款を契約内容とする旨を相手方に表示していたとき
(例えば、店舗等での対面販売において、ユーザが作成する購入申込書に「本取引は、当社ホームページ(https://××.jp/)にて公表されている利用規約が適用されます」と表示している場合などが想定されます)
なお、上記の要件については「当たり前では…」と思われるかもしれません。しかし、ここでのポイントは、民法に定める定型約款では、定型約款(利用規約等)が存在することをユーザは認識しているが、その中身・内容までは熟知していないという点です。つまり、それぞれの契約条項についてユーザが認識していないにもかかわらず、合意した内容として取扱うという、利用規約等を作成・提示する側としては非常に有利な法体系になっていることが特徴です。
したがって、改正民法に定める定型約款の規制を免れようと小細工するよりは、むしろ真正面から改正民法の適用を受け入れたほうが有利である、という考え方も成り立ちます。
(3)ユーザからの求めに基づく利用規約等の開示
これも、上記(2)と同様に利用規約等の条項内容の見直しではなく、現場での顧客対応上の注意事項というべきものとなります。
すなわち、取引開始前にユーザが定型約款(利用規約等)の内容を開示するよう要請してきた場合、その内容を開示しなければならず、開示しなかった場合は定型約款(利用規約等)に定めた事項が合意内容として組み入れられない、と規定されています(民法第548条3第1項)。なお、開示方法は、ユーザが確実に内容を確認できる方法を選択するべきであり、例えば、インターネット利用困難者であるにもかかわらず、自社ホームページを案内する方法では開示したとはいえないことに注意が必要です。
なお、ユーザによる定型約款(利用規約等)の内容開示要請は、取引開始後であっても認められます。この場合、内容開示応じなかったことに対する制裁として、定型約款(利用規約等)に定めた事項が、遡って合意内容として組み入れられないといった効果までは生じません。もっとも、サービス提供者による法律違反であることは間違いありませんので、決して望ましい状態ではないこと、押さえておく必要があります。
3.利用規約等の条項内容の変更
見直すべき事項の3つ目は、利用規約等に定める条項を将来的に変更する際のルールの整備となります。従前までは、「サービス提供者の都合により、いつでも一方的に変更可能」という条項を定めていることも多かったと思われますが、将来的に条項変更の可能性あることをユーザに告知するという意味で意義はあるものの、文言通りにサービス提供者の都合だけで条項変更を行うということは不可能となります。
なお、ユーザにとって利益となる変更については実務的に問題にはなりませんので、ここではユーザにとって不利益となる変更に絞って解説を行います。
(1)不利益変更するための手続き面での要件
この手続き面での要件とは、端的には「周知を行うこと」になります。
もう少し具体的に説明すると、「いつの時点で変更の効力が発生するのか」、「どういった変更が生じるのか」について、「インターネットの利用その他の適切な方法によって」周知する必要があります(民法第548条の4第2項)。なお、周知手続きは、変更予定日より前段階で行わない限り、変更の効力が生じないと定められています(民法第548条の4第3項)。
例えば、インターネット上でサービスを提供している場合、ユーザ登録の際に取得したメールアドレス宛に一斉配信するなどして変更の周知を図る、サービス利用の際に必ずユーザが閲覧することになる画面上に変更告知を行う、といった方法が実務的には想定されます。
(2)不利益変更が許される内容面での要件
内容面での要件については、民法第548条の4第1項が定めていますが、分解すると次のように整理できます。
①契約の目的に反しないこと
②変更内容に合理性があること
※合理性の考慮要素としては次の事項を総合的に考慮する
・変更の必要性があること
・変更後の内容に相当性があること
・利用規約等において、条項変更に関する定めを設けていること
・その他の変更に係る事情
実務的に問題となってくるのは、②の合理性の要件になると考えられます。法律上は考慮要素が明記されていますが、いずれも充足しなければならないという訳ではありません。例えば、利用規約等において条項変更に関する定めを設けていないから、一切変更が許されないという訳ではありません(もっとも、定めておいた方が有利に作用することは間違いありません。その意味では、条項変更に関する定めを設けていない場合、まずもってやるべきは条項変更に関する定めを設置することであり、これを民法の規定に則って進めることになると考えられます)。
なお、現場実務を見ていると、変更に異議のあるユーザは無条件解除を申出ることができる旨定めたり、変更に関する予告期間を数ヶ月単位の比較的長期にする、サービス提供期間を有期とした上で契約更新時に変更後の内容を適用する(変更に同意しないユーザについては、サービス提供者が更新拒絶を行う)といった方法をとるなどして、合理性担保を行おうとしているようです。特に、お金が絡んでくる場合(利用料の値上げ等が代表例ですが、損害賠償責任の免責事由や、利用料に対応するサービス内容の一部削減なども考えられます)、改正民法により利用規約等の変更が可能となったとはいえ、慎重に手続きを行うべきと考えられます。
4.業界ごとでの具体例
利用規約等は様々な業界で用いられていますが、執筆者が個人的に問題となりやすいと考えている業界について、見直しを検討したほうが良いと思われる典型的な条項を以下解説します。
(1)ソフトウェア・システムのライセンス規約
ソフトウェアやシステムライセンスに関する利用規約等の場合、「サービス提供者に契約違反等があっても一切の責任を負わない」とか、「サービス提供者の責任の有無及び程度を問わず、ユーザが支払ったサービス料金相当額を上限として損害賠償責任を負う」といった、サービス提供者が負担する損害賠償責任を制限する条項を設けることが多いようです。
たしかに、ソフトウェアやシステムのバグ等により、ソフトウェアやシステム以外のものに支障を来し、莫大な損害が発生したと言われかねないリスクがあることから、損害賠償責任を一定範囲で制限したいという考え自体は理解ができます。しかし、少なくとも帰責性の有無や程度を問わず、一切責任を負わないと定めるのは不当条項と言われる可能性が高いと言わざるを得ません。したがって、損害賠償責任に関する条項は見直し対象として検討を行ったほうが良いと考えられます。
また、ソフトウェアやシステムライセンスに関する利用規約等では、「サービス提供者の都合により、いつでも内容を変更することが可能」と定められていることが多いという特徴があります。ただ、これについては、利用規約等の変更に関するルールが法制度化された以上、無条件での内容変更は不可能と言わざるを得ません。
利用規約等の変更に関しては、上記3.で解説した通りですが、ケースバイケースの判断が要求されるという実情があります。したがって、利用規約上は、どういった手順で内容変更を行うのかという手続きだけでも定めておく、といった見直しが有効ではないかと考えられます。
(2)施設(自習室、レンタルオフィス、インキュベーション施設)の利用約款
施設と一口で言っても色々なものがあるのですが、この記事では、リモートワークの推進により、会社と自宅以外での仕事場を求める人が増えていることを踏まえ、個人が業務を遂行するための一時的施設を念頭に以下解説します。
まず、業務スペースを提供する施設の場合、登録料等の名目で前払費用の支払いがあり、この前払費用については、「事由の如何を問わず返金しない」と定めていることが通常です。ただ、施設提供者の責任により施設利用ができなかった場合にまで前払費用を返還しないとなると、やはり不当条項の問題が出てくるものと考えざるを得ません。同様の不返還の問題は会費等の名目で徴収する前払いの施設利用料についても該当します。
このような費用不返還、特に前払費用の返還ルールについては、内容見直しの対象とした方が良いと考えられます。
また、上記(1)の解説と重複しますが、「施設内で発生した怪我などの人身損害、盗難などの物的損害について、施設提供者は一切責任を負わない」とか、「1ヶ月分の月額使用料を上限として損害賠償責任を負う」といった、損害賠償責任の全部又は一部の免責条項を定めていることが多いのですが、これについても不当条項の問題が生じ得ます。
損害賠償責任の制限条項は、消費者契約法との関係もありますので、優先的に見直しを行ったほうが良いと考えられます。
さらに、月等の一定期間単位での契約となる場合、「利用者による中途解約は一切認められない」といった解約制限条項が定められることが多いのですが、これについても不当条項になる可能性があります(なお、中途解約を認めても、前払いの施設利用料については返金しないと定める場合も同様の問題となります)。
中途解約を一切認めないから不当であるとは直ちには言いづらいように思われるものの、執筆者個人として一律に認めないというルールではなく、中途解約を認めた上でどのように清算ルールを設けるのか、という点に注力しながら見直しを図ったほうが安全なのではないかと考えます。
<2021年5月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
弁護士 湯原伸一 |