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【ご相談内容】
2020年4月1日より民法が改正され、不動産賃貸借に関してはかなり大きな変更があったと聞きました。賃貸人側としてどういった点に注意をすればよいのでしょうか。
【回答】
細かなことを含めれば、民法改正により変更があった内容としては次の16項目があります。ただ、賃貸人(不動産オーナー)として、まずは理解しておきたい事項としては、次の16項目のうち、⑦、⑧、⑩、⑭及び⑯ではないかと考えられます。
また、賃貸借契約では保証人を付けてもらうことが多いかと思うのですが、保証契約についても大きな変更があります。この点についても押さえておく必要があります。
さらに、民法改正以前に賃貸借契約及び保証契約を締結していたところ、民法改正後にいずれの契約についても更新した場合、旧民法と改正民法のどちらが適用されるのか、適用関係についても知っておく必要があります。
∇賃貸借契約に関する主な改正内容
①契約終了時の目的物返還約束を賃貸借契約の要素として明記(改正後民法601条)
②短期賃貸借しかできない者として定められていた「処分につき行為能力の制限を受けた者」との旧文言を「処分の権限を有しない者」との文言に修正(改正後民法602条)
③賃貸借の存続期間の上限を20年から50年に伸長(改正後民法604条)
④登記した不動産賃借権の対抗力についての文言の修正(改正後民法605条)
⑤賃貸人の地位の移転に関する規定を新設(改正後民法605条の2、605条の3)
⑥不動産賃貸権に基づく妨害排除請求権・返還請求権を新設(改正後民法605条の4)
⑦賃貸人が、賃借人の帰責事由により必要となった修繕の義務を負わないことを明記(改正後民法606条1項ただし書)
⑧賃借人による修繕が可能な場合を列挙して新設(改正後民法607条の2)
⑨賃借人の減収による賃料減額請求の主体を、耕作又は牧畜を目的とする賃借人に限定(改正後民法609条)
⑩賃借物の一部滅失による賃料の減額について、「賃借人の責めに帰することができない事由」により、一部滅失「その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」との文言に修正(改正後民法611条)
⑪転貸の効果について、転借人が賃貸人に負う義務の範囲を明確化するとともに、承諾転貸の転借人に対して原賃貸借の合意解除を対抗できない旨の規定を新設(改正後民法613条1項・3項)
⑫賃借物の全部滅失等による賃貸借の当然終了を新設(改正後民法616条の2)
⑬賃貸借の解除に伴う損害賠償請求について、「当事者の一方に過失があったときは」との文言を削除(改正後民法620条)
⑭賃借人の原状回復義務に関する規定を新設(改正後民法621条)
⑮使用貸借の規定の準用条文として、期間満了による終了、終了時の収去義務・収去権の条文を追加(改正後民法622条)
⑯敷金に関する規定を新設(改正後民法622条の2)
∇保証契約に関する主な改正内容
①個人保証における公正証書による保証債務履行意思の表示(改正後民法465条の6第1項)
②個人根保証契約における極度額の定め(改正後民法465条の2)
③情報提供義務
・主債務者(賃借人)の保証契約締結時の情報提供義務(改正後民法465条の10)
・債権者(賃貸人)の賃貸借契約締結中の情報提供義務(改正後民法458条の2)
【解説】
1.はじめに
上記【回答】でも記載した通り、賃貸借契約に関する内容については多くの改正事項があります。ただ、内容的には裁判所が従前より示していた判断内容を改正民法に取り入れたという要素が強く、実は従前の取扱いと極端に変わるということはありません。
一方、保証契約については、新たなルールが制度化されるなど大きな変更があります。その意味では保証契約についてより重点的に意識する必要があるかと思われます。
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2.賃貸借契約に関する改正内容
(1) 敷金について(⑯関係)
「敷金」という名目で預かった金銭については、賃貸借契約終了後に返還するという取扱いが従前より行われていましたが、その取扱いについて改正民法で明文化されました。
ところで、賃貸人が賃借人より受け取る金銭として、敷金以外にも「保証金」や「礼金」といったものが存在します。これらの取扱いについては改正民法で触れられていません。もっとも、改正民法では、「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的」で預かった場合は敷金として取り扱うと定めています。したがって、上記のような「保証金」や「礼金」という名目であっても、賃料不払い等に備えた担保金と預かるお金と賃貸借契約の際に説明した場合、法律上は敷金として取り扱われることになります。「保証金」や「礼金」は定義の曖昧さがあったため、返還する必要なしという慣行も存在するようですが、担保目的で預かる場合は、このような慣行は否定されることになりますので要注意です。
次に、敷金の返還に際して、一定額を控除する敷引きと呼ばれる慣行が一部存在します。この点については、改正民法で新たなルールが設定されたわけではありません。ただ、従前より、賃借人が消費者の場合は、敷引特約が消費者契約法に違反するのではないかと度々裁判で争われるなどしています。今般の民法改正で、敷金は原則返還するものであることが明記されたことから、敷引特約が不当であるとして争われる場面が増加する可能性があります。こういった状況を踏まえると、果たして敷引特約を設定するべきなのかも含めた再検討が必要なのかもしれません。
なお、敷引特約を行う実質的理由として、物件明渡後の原状回復費用に充当するためといった説明が行われることがあります。ただ、後述しますが、原状回復については、今回の民法改正で通常損耗及び経年劣化については原状回復義務を負わないことが原則化されました。こういった状況を踏まえると、本来賃借人が負担するべきではない通常損耗や経年劣化分の原状回復費用として充当される敷引特約は不当であるといったクレームが出現するかもしれません。敷引特約を設定するのであれば、その名目や目的、対価内容等を明確に説明できるよう準備する必要があるものと思われます。
最後に、賃貸借契約当事者の変動による敷金の取扱いについてです。改正民法では、賃貸人が変更した場合、敷金は新たな賃貸人に承継されること(要は新たな賃貸人が敷金返還義務を負担するということです)、一方で、賃借人が変更した場合、敷金は従前の賃借人に残ったままになる(要は従前の賃借人が敷金返還請求権を行使することが可能)というルールを明文化しました。
ルールとしては分かりやすいのですが、賃貸人が変更となった時点で未払い賃料等が発生していた場合、未払い賃料分が控除された残額分の敷金が新たな賃貸人に承継されるのか、実ははっきりしません。また、いわゆる居ぬき物件による賃借人の変更を想定した場合、従前の賃借人が敷金を返還してもらうために原状回復を行い、新たな賃借人に承継させるとなると、かえって物件の経済価値を損なうことにもなりかねません。こういった問題について改正民法は対応できていませんので、賃貸借契約の特約条項を設けるなど意識的に対応する必要があると考えられます。
改正前と改正後の民法の内容の比較
改正前 | 改正後 |
規定なし | 第622条の2 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。 2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。 |
(2)修繕について(⑦、⑧関係)
賃借物件に対する修繕に関しては、賃貸人が修繕義務を負うのかという問題と、賃借人が修繕する場合に賃貸人が受け入れなければならないのかという異なる問題を分けて整理する必要があります。
まず、賃貸人の修繕義務ですが、原則として賃貸人は修繕義務を負うことになります。このため、経年劣化等による修繕はもちろん、自然災害等で物件が損壊した場合なども賃貸人の費用と責任で修繕しなければならないことになります。もっとも、例外として、修繕しなければならない原因を作出したのが賃借人に責任によるものである場合、賃貸人は修繕義務を負いません。なお、「軽微な修繕」の場合は、修繕費用を賃借人負担にさせるという特約を設けることが実務上よくみられます。この特約自体、当然に無効という訳ではないのですが、「軽微な修繕」とは何かをめぐって解釈上のトラブルが生じる可能性があります。したがたて、「軽微な修繕」については、できる限り具体的内容を契約書に明記することが望ましいと言えます(例えば、軽微な修繕の例として、畳表の取替え・裏返し、ヒューズの取替え、障子紙の張替え、ふすま紙の張替え、電球・蛍光灯の取替え等を契約書に明記する)。
次に、賃借人の修繕権、すなわち一定の事由が生じた場合には賃借人自らが修繕を行い、その費用を原則として賃貸人に請求可能であることが改正民法により明文化されました。
ここで勘違いしやすいのですが、賃貸人が修繕義務を負わない場合として、賃借人に帰責事由がある場合というものがありましたが、賃借人の修繕権は賃借人の帰責事由の有無を条件としていません。つまり、賃借人に帰責事由がある場合であっても、賃借人は自ら修繕を行うことができる、ただしその費用は賃貸人に請求できない(賃借人が負担する)という場面が生じてくるということです。
このように書くと、賃借人に責任がある場合、賃貸人は修繕費用を負担する必要がないので問題がないのではと思うかもしれません。しかし、これには落とし穴があります。たとえば、賃借人が華美な修繕を行い、その修繕費用は賃借人が負担したとします。その後、賃貸借契約が終了した場面で賃借人は賃貸人に対し、修繕により物件価値が向上したので有益費償還請求を行ってくるリスクがあるのです。要は修繕時点では賃貸人は負担がなくても、明渡し時に賃貸人が何らかの費用負担がありうるかもしれないという話です。
上記のような問題を含め、賃借人の修繕権行使については、契約上一定の特約を設けておくべきではないかと考えられます。具体的には、賃借人が修繕を行うに先立ち賃貸人に必ず通知を行い、修繕内容について協議するといった条項を設定するということです。賃借人による不必要な修繕・過剰な修繕を防止し、思わぬ負担から回避するためにも、こういった特約条項を検討したいところです。
改正前と改正後の民法の内容の比較
改正前 | 改正後 |
(賃貸物の修繕等) 第606条 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。 2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。 |
(賃貸人による修繕等) 第606条 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。 2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。 |
規定なし | (賃借人による修繕等) 第607条の2 賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。 一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。 二 急迫の事情があるとき。 |
(3)一部滅失等による賃料減額について(⑩関係)
旧民法の建付けと異なる内容となります。すなわち、賃借人に責任がない事由により物件の一部が滅失その他の事由により使用及び収益ができない場合、改正民法では当然に賃料減額の効果が生じると規定されています(旧民法では、賃借人が請求して減額の効果が生じるとされていました)。
改正民法の内容を踏まえて、賃貸人があらかじめ検討しておかなければならなない事項は次の3つとなります。
まず1つ目として、「使用及び収益ができない」場合の該否をどうやって判断するのかという点です。例えば、特に物件それ自体に損壊はないが、インフラ(電気、ガス、水道、通信)設備が止まることによって事実上物件の使用収益が困難となった場合の該当性なども想定する必要があります。ちなみに、賃貸借契約の特約条項として、物理的に使用不可の場合に限定する旨明記するといった対策も考えられますが、賃借人が消費者の場合、消費者契約法との関係上どこまで有効性が認められるのか注意が必要になると考えられます。
次に2つ目として、一部滅失等した場合に賃料の減額割合・程度をどうやって定めるのかという点です。滅失した箇所や機能によっては、単純に面積比例で賃料を減額するという訳にはいかない事例も生ずるように思われます。少なくとも、減額割合については事前協議を経て決定するといった特約条項は設けることが望ましいのではないかと考えられます。さらに踏み込んで、賃借人が賃貸人に対して減額通知を出さない限り賃料減額の効果が生じない(改正民法の適用を排除し、旧民法と同じ内容に戻す)とする特約を設けるべきかについても検討が必要かと思われます。
最後に3つ目として、一部滅失等による物件の使用収益が一部できない場合による賃料減額は、賃借人に責任がある場合は認められません。しかし、一部滅失等による物件の使用収益不可の場合は、賃借人の責任の有無にかかわらず、賃借人は契約解除とされている点です。もちろん、賃借人に責任がある以上、賃貸借契約が解除されても、賃貸人は賃借人に対し損害賠償請求を行うことは可能です。契約関係の処理と損害賠償の清算は別問題として処理する必要があることがポイントとなります。
ところで、ここでは「一部滅失」等により使用収益ができない場合による賃料減額について触れましたが、改正民法では「全部滅失」等により使用収益ができない場合は、賃借人の責任の有無を問わず、当然に賃貸借契約が終了になることが明記されました。
ここで上記1つ目と事項と少し関係してくるのですが、例えば、賃貸借の対象物件が相当古い(建築年数が経過している)場合、修繕するまで期間中は賃料の一部減額に応じつつ物件を維持管理するよりも、かえって賃貸借契約を終了させたほうが経済的合理性に資すると考える賃貸人も出てくるのではないかと思われます。こういった事例の場合、「使用及び収益ができない」場合の該当事由をあえて拡大し、その該当事由は一部滅失等ではなく全部滅失等による使用収益不可に該当する、といった例示を明記した特約を設けることで対処するということも今後は検討に値します。もちろん、客観的に見て賃貸借契約を終了させるだけの使用収益が難しい事由に当てはまると考えにくいものまで「全部滅失等による使用収益不可」と明記するのは問題ですが、こういった観点で特約条項を設けることは相応の紛争予防機能をもたらすのではないかと思われます。
改正前と改正後の民法の内容の比較
改正前 | 改正後 |
(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等) 第611条 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。 2 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。 |
(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等) 第611条 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。 2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。 |
規定なし | (賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了) 第616条の2 賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了する。 |
(4)原状回復について(⑭関係)
賃貸借契約に関係する改正民法の目玉とされているのが、原状回復義務に関する規律を明文化したことになります。
まず、賃借人が負担する原状回復義務については、次のように整理されました。
・賃借人の責任によらない損傷については、原状回復義務を負わない。
・たとえ賃借人の責任による損傷であっても、通常損耗(借主の通常の使用により生ずるキズ・汚損等)と経年劣化(年数の経過や自然現象により品質・性能が劣化、低下するもの)による損傷については、原状回復義務を負わない。
要は、これまで賃貸人にとっては当然のように考えていた、次の入居者確保目的のための設備の交換、化粧直しなどのリフォームは原状回復義務の対象外となる、すなわち賃貸人が負担するべき費用であることが明確になったという点がポイントとなります。
ちなみに、国土交通省が公表している「賃貸住宅標準契約書」の解説では、原状回復義務の負担について、次のような例をあげて説明しています。
貸主の負担となるもの | 借主の負担となるもの |
【床(畳・フローリング・カーペットなど)】 | |
1.畳の裏返し、表替え(特に破損してないが、次の入居者確保のために行うもの) 2.フローリングのワックスがけ 3.家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡 4.畳の変色、フローリングの色落ち(日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの) |
1. カーペットに飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ(こぼした後の手入れ不足等の場合) 2. 冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し、床に汚損等の損害を与えた場合) 3. 引越作業等で生じた引っかきキズ 4. フローリングの色落ち(借主の不注意で雨が吹き込んだことなどによるもの) |
【壁、天井(クロスなど)】 | |
1.テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ) 2.壁に貼ったポスターや絵画の跡 3.壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの) 4.エアコン(借主所有)設置による壁のビス穴、跡 5.クロスの変色(日照などの自然現象によるもの) |
1.借主が日常の清掃を怠ったための台所の油汚れ(使用後の手入れが悪く、ススや油が付着している場合) 2.借主が結露を放置したことで拡大したカビ、シミ(貸主に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合) 3.クーラーから水漏れし、借主が放置したため壁が腐食 4.タバコ等のヤニ、臭い(喫煙等によりクロス等が変色したり、臭いが付着している場合) 5.壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの) 6.借主が天井に直接つけた照明器具の跡 7.落書き等の故意による毀損 |
【建具等、襖、柱等】 | |
1.網戸の張替え(特に破損はしてないが、次の入居者確保のために行うもの) 2.地震で破損したガラス 3.網入りガラスの亀裂(構造により自然に発生したもの) |
1.飼育ペットによる柱等のキズ、臭い(ペットによる柱、クロス等にキズが付いたり、臭いが付着している場合) 2.落書き等の故意による毀損 |
【設備、その他】 | |
1.専門業者による全体のハウスクリーニング(借主が通常の清掃を実施している場合) 2.エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いなどが付着していない場合) 3.消毒(台所・トイレ) 4.浴槽、風呂釜等の取替え(破損等はしていないが、次の入居者確保のために行うもの) 5.鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合) 6.設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの) |
1.ガスコンロ置き場、換気扇等の油汚れ、すす(借主が清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合) 2.風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビ等(借主が清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合) 3.日常の不適切な手入れ又は用法違反による設備の毀損 4.鍵の紛失又は破損による取替え 5.戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草 |
さて、改正民法による原状回復義務については上記の通りなのですが、賃貸人としては、賃貸借契約上、通常損耗や経年劣化による損傷についても賃借人負担するとする特約条項を設けて対処するといったことが想定されます。では、このような特約条項は有効とされるのでしょうか。
この点、賃借人が事業者か消費者かによって判断が分かれる傾向があります。すなわち、事業者(オフィス使用目的など)である場合、原状回復に関する特約は原則として有効なものとして取り扱われるようです。一方、消費者(居住目的など)の場合、消費者契約法により無効と判断されることが多いようです。ちなみに、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」では、賃借人が消費者である場合に原状回復特約を設定する場合の注意点として、次のような記述を行っています。
①特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること
(執筆者注:経年劣化・通常損耗の修補を賃貸人が負担することを前提に賃料を設定しているとした上で、通常損耗の修補費用を賃借人に負担させるのは二重の負担を課すのではないか、裁判所は考える傾向あるようです)
②賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
(執筆者注:契約書上の条項の定め方に工夫が必要と考えられます。場合によっては定期建物賃貸借のような別の説明書面を準備するといった対策まで講じる必要があるかもしれません。また、原状回復については、その範囲・項目のほか、施工単価(算定基準)など具体的費用の目安を提示するといった対策が必要になると考えられます)
③賃借人が特約による義務負担の意思表示
(執筆者注:基本的には賃借人の署名押印が必要であり、口頭のみでは不十分と考えるべきと思われます)
なお、上記(1)でも少し触れましたが、敷引特約や定額補修分担特約等で通常損耗、経年劣化による原状回復義務を負わせることについても、上記と同様の検討事項が当てはまるものと思われます。
ところで、原状回復の問題については、物件を損傷した場合どうなるのかという場面を想定することが多いのですが、逆に、賃借人が物件に設置した付属物のうち分離不可能な(分離することに過分の費用を要する。例えば敷地内にアスファルト舗装を行った場合など)場合、賃借人は原状回復義務を負うのかについても一応検討する必要があります。なぜならば分離不可能である以上、賃借人は原状回復義務を負わず、むしろ賃借人は賃貸人に対して有益費償還請求を行ってくる可能性があるからです。
こういった場面への対応としては、賃貸借契約の特約として、賃貸人の事前承諾を得ない付属物の設置禁止条項を設けるというのが対処法になると考えられます。なお、有益費償還請求権が発生しないという特約を設けることも一応は検討できますが、消費者契約法との関係で無効と判断されるリスクもあるのではないかと懸念されるところです。
改正前と改正後の民法の内容の比較
改正前 | 改正後 |
規定なし | (賃借人の原状回復義務) 第621条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 |
規定なし | (使用貸借の規定の準用) 第622条 第五百九十七条第一項、第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百条の規定は、賃貸借について準用する。 (借主による収去等) 第599条 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。 2 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。 3 借主は、借用物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において、使用貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が借主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 |
3.保証契約に関する改正内容
(1)個人保証における公正証書による保証債務履行意思の表示(改正後民法465条の6第1項)
保証契約の改正としては非常に重要な話にはなってきますが、賃貸借契約に基づく債務を担保する目的にて保証契約を締結する場面を想定した場合、実は適用がありません。なぜならば、公正証書による保証債務履行意思の表示については、債務者にとって事業により生じた債務であり、かつ貸金債務である場合に必要とされているからです。
なお、賃貸人が、賃貸借物件(投資物件)を購入する際にローンを組むことになるかと思うのですが、その際の保証人になってもらう人に対しては適用があることになります。
(2)個人根保証契約における極度額の定め(改正後民法465条の2)
まず、根保証という言葉自体が聞きなれない言葉かもしれません。根保証とは、一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約のことを言います。
さて、賃貸借契約に基づき発生する債務としては、例えば、未払い賃料、修繕費用、原状回復費用、自殺による収入減分の逸失利益などが想定されます。こういった様々な債務が賃貸借契約に基づき発生し、それらを担保する目的で保証契約を締結する以上、賃貸借契約に付随して締結する保証契約は根保証に該当します。
では、根保証に該当するとして、賃貸人はどういった点に留意すればよいのでしょうか。
まず1つ目として、極度額を必ず契約書に明記する必要があります。
ここで極度額とは、保証人が負担する債務の最大金額とイメージしてください。この極度額を契約書に明記しない限り、保証契約自体が無効となってしまいますので、要注意です。
次に2つ目として、極度額の設定の仕方です。
実は極度額をいくらに設定するのかという点について、改正民法では何ら定めはありません。ただ、月額賃料が数万円程度の賃貸借契約を担保するための保証契約として、極度額1億円と設定することは保証人に対する過大な負担であり、公序良俗違反として保証契約は無効になるリスクが生じます。したがって、いくら改正民法に定めがないからと言って、常識外れの極度額を設定するのは回避するべきです。この点、おそらく現場実務の数字としては、月額賃料の6ヶ月から3年の範囲内で設定することが多いように思われます。
なお、このように書くと、契約書への極度額の記載方法として「月額賃料の×ヶ月分」といった書き方で問題ないのではと思われるかもしれません。たしかに、改正民法では具体的な記載方法について定めはありません。ただ、分かりやすさとリスク回避を考えるのであれば具体的な金額を明記する、例えば「極度額100万円」という数字を明記したほうが良いのではと考えます。
最後に3つ目として、賃借人が死亡したが引き続き家族等が賃借し続ける場合、再度保証契約を締結しなおす必要があることを意識する必要があります。
このような事態が生じるのは、極度額の確定事由という制度が存在するからなのですが、これについては少々知識が必要なので説明は省略します。端的には、賃貸人にとって知っておきたいのは、上記のような事例の場合、従前の保証契約により、引き続き家族等が借り続けた場合に生じる債務が担保されるわけではないという点です。改めて保証契約を締結しなおす必要があることを押さえておいてください。
改正前と改正後の民法の内容の比較
改正前 | 改正後 |
(貸金等根保証契約の保証人の責任等) 第465条の2 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であってその債務の範囲に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務(以下「貸金等債務」という。)が含まれるもの(保証人が法人であるものを除く。以下「貸金等根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。 2 貸金等根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。 3 第四百四十六条第二項及び第三項の規定は、貸金等根保証契約における第一項に規定する極度額の定めについて準用する。 |
(個人根保証契約の保証人の責任等) 第465条の2 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。 2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。 3 第四百四十六条第二項及び第三項の規定は、個人根保証契約における第一項に規定する極度額の定めについて準用する。 |
(3)情報提供義務
この情報提供義務は、改正民法により新たに設けられた制度となります。ただ、いつの時点で、誰が誰に対して情報提供しなければならないのかを適切に把握しないことには非常に混乱しやすい内容となっています。
まず、保証契約「締結時」の情報提供義務についてです。これは、主債務者(賃借人)が保証人(法人は除く)に対して、主債務者の財務内容等の信用情報を提供する義務となります(改正後民法465条の10)。
このように書くと、賃貸人には直接関係がないので、あまり気にする必要がないのではと思われるかもしれませんが、これは大きなリスクが伴います。というのも、この締結時の情報提供義務を果たさなかった場合、保証人は後日保証契約を取消すことができるからです。したがって、賃貸人としては、むしろ賃借人が保証人に対して情報提供義務を果たしたか強く関心を持つ必要があります。実務的には、保証契約書に「賃借人が保証人に対して情報を提供したこと」を表明保証させる一文を入れて対処することになるかと考えられますが、賃貸人は自らが課せられて義務ではないとして、この締結時の情報提供義務を軽視してはならないと言えそうです。
さて、上記のように締結時の情報提供義務は、賃貸人が負担するものではないとはいえ強い利害関係を有するものとなります。もっとも、賃貸借契約により発生する債務を担保する目的で保証契約を締結する場合、この「締結時」に情報提供義務が課せられる場面は限定されることになります。主たる場面として、賃借人が事業者(個人事業主、法人)であり、かつ賃借人の事業内容に関連(オフィス目的で賃借する、社宅目的で賃借するなど)する場面と考えておけば、まず間違いはないかと思われます。なお、念のため付言すると、賃借人が消費者等で、居住目的で賃借する場合には締結時の情報提供義務が課せられないこととなります。
次に、賃貸借契約(保証契約)が「継続中」の情報提供義務です。これは、債権者(賃貸人)が保証人に対して情報提供義務を負担することになります(改正後民法458条の2)。
この義務の特徴は、賃貸借契約締結期間中に保証人(個人、法人を問いません)より問い合わせを受けた場合、債権者は情報提供しなければならないとされている点です。提供しなければならない情報とは、賃料の支払状況や滞納の有無などといった履行状況となります。なお、この情報提供義務が履行されない場合、締結時の情報提供義務のような保証契約の取消権といった効果が生じるわけではありません。しかし、情報提供義務を果たさないことで保証人が何らかの損害を被った場合、債権者は損害賠償義務を負担するリスクは生じることになります。賃貸人は、日ごろから賃借人の支払い状況について適切に管理する必要があると思われます。
なお、情報提供義務とは関係ありませんが、今回の保証契約に関する改正民法の影響として、賃貸人は、「保証人に対する請求等の効力は賃借人にも及ぼす旨の約定」を新たに明記するべきか検討する必要があります(従前の民法と改正民法とで内容が真逆になっているため)。
改正前と改正後の民法の内容の比較
改正前 | 改正後 |
規定なし | (主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務) 第458条の2 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない。 |
規定なし | (契約締結時の情報の提供義務) 第465条の10 主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証又は主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をするときは、委託を受ける者に対し、次に掲げる事項に関する情報を提供しなければならない。 一 財産及び収支の状況 二 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況 三 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容 2 主たる債務者が前項各号に掲げる事項に関して情報を提供せず、又は事実と異なる情報を提供したために委託を受けた者がその事項について誤認をし、それによって保証契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合において、主たる債務者がその事項に関して情報を提供せず又は事実と異なる情報を提供したことを債権者が知り又は知ることができたときは、保証人は、保証契約を取り消すことができる。 3 前二項の規定は、保証をする者が法人である場合には、適用しない。 |
4.2020年4月1日より前に締結していた契約と更新後の処理
賃貸借契約と保証契約とでは処理内容が異なるため、注意が必要です。
(1)賃貸借契約について
まず、2020年4月1日より前に既に締結済みの賃貸借契約であり更新前であれば、引き続き従前の民法が適用されることになります(賃借人による妨害排除請求権など改正民法の一部が強制的に適用される者もありますが、賃貸人としてはあまり気にする必要はないかと思われます)。
一方、2020年4月1日以降に期間満了したものの引き続き期間延長(自動更新など)した場合、期間満了日の翌日以降の賃貸借契約は改正民法が適用されることになります(例外として、法律上強制的に更新となる場合、例えば借地借家法26条での「期間満了前に更新拒絶の通知を行わなかったことによる法定更新」、「期間満了前に更新拒絶の通知をしたが、引き続き建物使用を継続していることによる法定更新」は引き続き従前の民法が適用されます)。
(2)保証契約について
まず、2020年4月1日より前に既に締結済みの賃貸借契約であり更新前であれば、引き続き従前の民法が適用されることになります(賃貸借契約と同様)。
一方、2020年4月1日以降に賃貸借契約期間満了したものの引き続き期間延長した場合は次の通りです(2020年4月1日時点の法務省の公式見解)。
(a)保証契約も新たに契約締結しなおした場合は、改正民法が適用される(極度額の設定、情報提供義務の履行などが必要)。
(b)賃貸借契約は(自動)更新、保証契約は特段対応なしの場合は、従前の民法が適用される。
(c)賃貸借契約の期間等について新たに契約締結し、保証契約は特段対応なしの場合の場合は、従前の民法が適用される
上記整理を踏まえると、賃貸借契約の更新時において、賃貸人は保証人との間で特段の対応を行わない(賃貸借契約の更新が行われた旨の通知を行う程度に留める)というのが、一番得策のように考えられます。
ただ、上記のような整理でよいのかはやや疑問もありますので、今後の解釈論や裁判動向に注視する必要があると考えられます。
<2020年4月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
弁護士 湯原伸一 |