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【ご相談内容】
以前より業務中にトラブルを起こしていた従業員がいたのですが、会社の対応に不満があるとして労働審判手続きの申立を行ってきました。通常の裁判手続きとは異なるということは分かるのですが、具体的にどういった点に注意をしながら手続きを進めていけばよいのでしょうか。
【回答】
労働審判とは、裁判官(労働審判官)1名と労働審判員2名の合計3名で組織された労働審判委員会が、個別労使紛争について、3回の期日内で解決を試みようとする紛争解決制度です。労働審判の特徴としては次のようなものがあります。
①原則として3回以内で結論を出す。
②原則話し合いによる解決(調停手続き)を目指すことが多い。
③話し合いによる解決ができない場合は、審判(裁判所の判断)が下される。
手続きが迅速に進む反作用として、準備・検討期間が相当制限されます。このため、労働審判手続きの申立が行われた場合、直ちに会社側としては対処する必要があります。
以下、詳細について【解説】で記述します。
【解説】
1.第1回労働審判期日の確認と関係者の日程調整を行なうこと
裁判所より資料一式を受け取った場合、まずは期日呼出し状に記載してある、第1回労働審判期日(日時)を確認し、関係者の日程調整と確保を行ってください。なぜなら、第1回労働審判期日を変更することは、ほぼ不可能な取り扱いとなっているからです。
なお、弁護士に依頼する場合は、とにかく急いで依頼をすることが必要です。たとえ顧問弁護士がいるとしても、第1回労働審判期日は既に予定が入っていて調整不可ということも、実際にはよくあることです。したがって、顧問弁護士がいるから後で調整すればよいなどとは考えず、直ぐに顧問弁護士に連絡し、顧問弁護士に依頼することが難しいようであれば別の弁護士を確保できるよう即時に動いていくことが重要です。
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2.タイトなスケジュールとなることを理解すること
労働審判手続きの特徴として、「原則3回の期日内で結論を出す」というものがあります。3回の期日内で結論を出すということは、手続きが非常にスピーディーに進むということですが、裏を返せば、会社側としても悠長に構えることできず、急いで反論事項をまとめ、証拠確保と整理を行わなければなりません。
特に、労働審判の場合、第1回労働審判期日において、主張しておきたいことの全てを書面にて主張すること(=答弁書では、申立人の主張に対する認否だけではなく、積極的な反論その他会社の言い分を含めた全ての主張を記載する必要があります)、裁判所に見てほしい証拠はすべて提出すること、という運用が取られています。通常の裁判のように、第1回裁判期日では1枚だけの「追って認否反論する」旨記載した答弁書を提出しておき、第2回裁判期日まで時間をかけてじっくり主張と証拠を整理していくという作戦を取ることができないことに注意が必要です。
なお、答弁書の提出期限は、だいたい第1回労働審判期日の10日前後に設定されることが多いようです。したがって、答弁書作成期間は、労働審判申し立て書を受領してから3週間程度しかなく、非常にタイトなスケジュールになってしまうことに注意が必要です。
3.会社側で準備する事項
弁護士に依頼する場合、各弁護士より整理・準備するべき事項について指示があるかと思いますが、最大公約数的な言い方をするとすれば、次のようなものは整理・準備しておけば協議をスムーズに進めやすいかと思います。
∇前提事項を理解してもらうために
・会社案内(パンフレット)
・組織図(できれば担当者名が入ったもの)
・社内規程(就業規則、賃金規程など)
・労働協約、労使協定
・申立人の履歴書、労働契約書、労働条件通知書、入社時の誓約書、辞令など(入社時までに会社が申立人より徴収した書類)
・申立人に対する辞令、業務指示・指導書、懲戒処分通知書など(入社後に申立人に対して会社が発行した書類、または会社が申立人より徴収した書類)
∇背景事情を把握するために
・入社から申立に至るまでの期間におけるトラブル時系列表(5W1H形式、箇条書きでまとめる)
∇答弁書作成のために
・労働審判申立書に記載されている事項について認否反論(一文節ごとに、「認める」「認めない」の認否と、認めないのであればなぜ認めないのか反論を箇条書きでいいのでまとめる)
4.答弁書作成に際しての注意点
弁護士に依頼した場合は、弁護士に答弁書案(たたき台)を作成してもらい、それに対して会社担当者が内容を検証の上、誤り等を弁護士に指摘し、弁護士が加除修正して修正案を作成し、会社担当者が再度検証し…という手順になるかと思います。
タイトなスケジュールなため、どうしても会社も十分な検証時間を確保しづらい実情があるかと思います。しかし、「弁護士が作成した文書だから問題ない」と安易に思うことは禁物です。また、「間違っていても後で訂正すればよい」と考えることも回避するべきです。なぜなら、弁護士も十分な検討時間が無いまま作成せざるを得ないため、経験則に基づくストーリー(要は、おそらくこうであろうと弁護士が憶測すること)に基づいて答弁書を作成することにどうしてもなってしまうからです。この弁護士が思い描いた「経験則に基づくストーリー」が会社の把握している事実関係と合致する場合はもちろん問題はありません。しかし、ズレが生じてしまった場合、最初は小さなズレでも、後々大きな相違になってしまい、後で述べる第1回労働審判手続きにおける審尋段階になって、その相違点が致命傷となってしまうこともありえます。
弁護士も、会社側が認識している事実関係を正確に記載したいと考えます。遠慮することなく、少しでも違和感があるなら弁護士に指摘し、意思の疎通を図ることでズレをなくしてくことが必要です。
なお、労働審判手続きで主張した内容と、労働審判がまとまらず訴訟となった場面における主張内容とに相違が生じた場合、表面上は訂正が可能です。が、主張の信用性に事実上の悪影響がでるように私個人としては感じます。労働審判手続きにおける答弁書に記載する主張内容が、会社の公式かつ最終見解であるという考えを持つべきです。
5.審尋(尋問手続き)のための想定問答
繰り返し記載している通り、労働審判手続きは、第1回労働審判期日で全ての証拠を提出するのが原則です。この証拠には、書類等の物証はもちろんですが、証言・陳述と言った人証も含まれます。つまり、第1回労働審判期日では、いわゆる尋問手続きまで行われることになります。
ただ、通常の裁判のような、まず会社側の弁護士が質問し、申立人側の弁護士が質問するという交互尋問形式をとりません。裁判官(労働審判官)が主導的に質問を行っていき、補充的に2名の労働審判員が質問を行うという形式がとられます。
先ほども記載した通り、この審尋手続きで、会社側の担当者がポロッと弁護士が想定していたことと異なる証言を行ってしまい、初めて会社の認識と弁護士の認識に相違があったことに気が付くということも残念ながらあります(そして、こういった場合はたいてい会社側に不利に作用することになります)。このため、可能な限り、どういった受け答えを行うべきか、想定問答を行うべきなのですが、実際には十分な時間を確保できないのが実情です。会社側の担当者としては、最低限、答弁書に記載した事項を頭の中に叩き込む、つまり答弁書に記載した内容とは矛盾する発言を行わないよう心がければよいかと思います。
6.解決方針の検討
労働審判手続きの特徴として、「原則話し合いによる解決(調停手続き)を目指すことが多い」という点があります。
事案の内容や裁判官の考え方(個性というべきか)にもよるのですが、第1回労働審判期日の段階から、話し合いによる解決を目指した和解協議が行われることもあります。弁護士に依頼している場合、ある程度の事案の見通しを示してくれるかと思います。その見通しを踏まえつつ、たとえ表面上は徹底的に対立しつつも、一方で落とし所はできる限り検討しておき、第1回労働審判期日に臨んだ方がよいかと思います。
7.第1回労働審判期日以降の対応
(1)第1回労働審判期日では、通常の裁判手続きとは異なり、裁判官(労働審判官)が主導的に発言し、適宜質問をぶつける形で手続きを進めて行きます。したがって、「今から尋問を行います」といった宣言も無く、ある時突然指名されて発言を求められ、証言・陳述を行うということになりますので、常に緊張感を持つ必要があります。
裁判官(労働審判官)が疑問に思う事項、関心のある事項について一通りのやり取りが行われた後、労働審判員より補充的な質問を受けたり、申立人側より質問を受けたりして、やり取りが進みます。そして、こういったやり取りが終わった段階で、裁判官より、当該事件に対する心証(=裁判官としての大まかな考え方や判断・結論)を示されることになります。
この心証を踏まえて、第2回目以降の労働審判手続きが進んでいくことになります。
(2)第2回労働審判期日では、第1回労働審判期日においてやり残したことの確認や、補充主張・証拠の提出が行われますが、基本的には和解協議が行われます。したがって、第1回労働審判期日での状況を見極めたうえで、ある程度の解決案を事前に検討の上、手続きに臨む必要があります。
(3)第3回労働審判期日はこれが最後の期日となります。和解による解決を図るのか、裁判官(労働審判官)の判断を仰ぐのか決める必要があります。
(4)労働審判手続が調停成立(和解)により解決した場合、当然のことながら、和解内容に沿った対処をすることになります。
一方、第3回労働審判期日までに調停(和解)が成立しなかった場合、審判(裁判官の判断、いわば判決のようなもの)が出されます。その内容に不服があれば、2週間以内に異議申立手続きを行なうことになります。会社側が異議申立を行った場合はもちろん、会社側が異議申し立てを行わなくても申立人側が異議申立を行った場合は、通常裁判に移行し、審理がスタートすることになります。
<2020年7月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
弁護士 湯原伸一 |