会社が、従業員の同意なく賃金・給料から相殺控除(カット)できる場合を弁護士が解説!

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【ご相談内容】

「賃金全額払いの原則」があると聞いているのですが、次の場合、賃金から控除することは問題無いのでしょうか。

①社員旅行の積立金

②賃金過払いが生じた場合の過払い分

③会社が推奨する銀行以外の金融機関口座に振込む場合の振込手数料

④遅刻した場合において、30分単位で切り上げて行う賃金カット

⑤出勤停止の懲戒処分による無給扱い

⑥降格・降職・職務変更による賃金変動(カット)

⑦業績悪化に伴う賃金カット

⑧労働者の不法行為に基づき被った会社の損害分

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【回答】

①労使の書面による協定があれば控除可能です。

②過払い賃金を翌月以降の賃金で清算することは原則許されると考えられます。

③振込手数料全額について会社が負担する必要があります。

④遅刻による不就労時間分について賃金カットすることは、ノーワークノーペイの原則により問題ありません。一方、就労しているにもかかわらず賃金カットすることは、減給の制裁に該当しますので、労働基準法91条の問題として処理されます。

⑤懲戒処分としての出勤停止処分が有効である限り、法律上の問題は生じませんし、労働基準法91条が適用されることもありません。

⑥人事権行使or懲戒処分のどちらであっても、有効な降格・降職・職務変更に基づき、賃金に変動が生じることが予め賃金規程等に定められている限り、法律上は問題となりませんし、労働基準法91条が適用されることもありません。

⑦労働条件の不利益変更の問題として、労働協約を締結する、就業規則を変更する、個別の従業員からの同意を取り付ける等の対応を取らない限り、賃金カットを行うことは困難です。

⑧会社(使用者)が一方的に天引きすることはできません。

 

【解説】

 

1.社員旅行の積立金について

賃金全額払いの原則については、労働基準法24条1項で例外が定められており、「労使の書面による協定」がある場合には、賃金の一部を控除しても良いとされています。

さて、この「労使の書面による協定」とは、いわゆる労使協定のことを指すのですが、この様式や記載事項については、労働基準法上の定めはありません。もっとも、行政解釈(昭和27年9月20日基発675)によれば、「購買代金、社宅、寮その他の福利厚生施設の費用、労務用物資の代金、組合費等、事理明白なものについてのみ」控除可能と示していますので、これに該当するか否かの検討が必要になります。この点、社員旅行の積立金は上記に含まれることで解釈上争いがないようですので、労使協定があれば控除可能という結論になります。

なお、いわゆる36協定と異なり、この労使協定については行政官庁への届出は不要とされています。

 

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2.賃金過払いが生じた場合の過払い分

これについては最高裁判所の判例が存在します(最判昭和44年12月18日)。この判例によれば、「許されるべき相殺は、過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならない」とされています。

ところで、具体的な控除額については、行政解釈として、民事執行法152条に基づき、賃金総額の4分の3に相当する部分については相殺することができない旨示されていますので、この点は注意が必要です。なお、前述1.との関係で、労使協定は無くてもよいのか?と思われるかもしれません。この点については行政解釈があり、前月分の過払い賃金を翌月分で精算する程度は、賃金それ自体の計算に関するものであるとして、労働基準法24条違反にはならないと示されています。

 

3.会社が推奨する銀行以外の金融機関口座に振込む場合の振込手数料

賃金の支払い方法については、今では当たり前のように銀行口座振り込みになっているかと思います。しかし、労働基準法の大原則論からすれば、実はこの銀行口座への振込みによる支払い方法は重大な問題があるのが実情です。なぜなら、労働基準法24条で定める「通貨払いの原則」や「直接払いの原則」に形式的には違反するからです。

もっとも、会社の便宜はもちろん、従業員にとっても、多額の現金を持ち歩くことへの不安や引き落としによる債務の支払い等の便宜もあり、銀行口座への振込による賃金支払いは労使双方にとってメリットがあります。そこで、厚生労働省としても形式的に違法という扱いをせず、通達により、銀行口座への振込による賃金支払いを行うに際しては、概要として次のような措置を講じるように指導しています。

・個々の労働者より、書面による申し出または同意を取り付けること

・労使協定を締結すること

・賃金明細書などの計算書を賃金支給日に発行すること

・賃金支給日の午前10時ころまでには払い出し・払戻しが可能な状態になっていること

・金融機関(金融商品取引業者も含む)については一行・一社に限定せず、労働者の便宜を図ること

・証券総合口座へ賃金を支払う場合は、MRF口座であることを確認すること

上記指導を踏まえると、従業員が希望する銀行について会社に取引口座がない場合、会社としては他行への送金手続を行うことになる以上、同行送金の場合よりも多くの振込手数料が発生します。この振込手数料を誰が負担するべきかという問題ですが、仮に従業員に負担させるとなった場合、上記指導にも反しますし、労働基準法24条に定める「全額払いの原則」にも抵触することになってしまいます。

したがって、振込手数料は会社が負担せざるを得ません。

 

4.遅刻した場合において、30分単位で切り上げて行う賃金カット

例えば10分遅刻した場合に30分の賃金カットを行うことは適法かという問題を検討する場合、2つの問題を切り分けて検討する必要があります。

まず、遅刻した10分は就労していません。従って、ノーワークノーペイの原則に則り、賃金を支給しなくても問題ありません。一方、切り上げられたことにより生じる20分相当の賃金分をカットすることについては、法的には減給の制裁という懲戒処分に該当します。果たして10分程度の遅刻に対して減給の懲戒処分が相当なのかという議論はさておき、減給の懲戒処分を行うのであれば、労働基準法91条に定める「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。」という上限内に収まるか検討する必要があります。ちなみに、一賃金支払期(通常は1ヵ月)において、上記のような遅刻が1回行われただけであれば、通常は平均賃金の1日分の半額を超えることも無いでしょうし、一賃金支払期の賃金総額10分の1を越えることは無いと思われます。しかし、あくまでも懲戒処分である以上、就業規則等に減給制裁に関する根拠が無いことには、この様な処分自体ができないことに留意する必要があります。

なお、労働時間の算定方法として、30分刻みで算定する、すなわち本件のような場合、30分勤務していないものとして取扱うことは違法となります(労働時間の算定は分単位で算出する必要があります)。

 

5.出勤停止の懲戒処分による無給扱い

懲戒処分として出勤停止処分が有効に行われる限り、労働基準法91条の適用場面とはなりません。これは、減給の制裁は、労務を提供したにもかかわらず賃金を支払わないという処分ですので、一定の歯止めをかけるべく労働基準法91条が適用されるのに対し、出勤停止処分は将来の一定期間の就労を禁止する処分ですので、そもそも労務の提供がありません。

この様な違いがあることから、出勤停止の懲戒処分については労働基準法91条の適用が無いことになります。

 

6.降格・降職・職務変更による賃金変動(カット)

これについては、人事権行使として行われる場合と懲戒処分として行われる場合の2種類が考えられます。

ただ、どちらの手段であっても、降格・降職・職務変更により賃金が変動する制度設計になっているのかが、ここではポイントとなります。例えば、賃金規程上、役位や役職が下がることにより賃金が減額することになっている、業務内容に応じて異なる賃金体系となっているというのであれば、労働基準法91条の問題では無いということになります。

なお、当然のことながら、有効な人事権行使であること及び懲戒処分であることが大前提となります(労働契約上3条5項、15条を参照)。

 

7.業績悪化に伴う賃金カット

これは減給の制裁(懲戒)処分ではありませんので、もともと労働基準法91条が適用される場面ではありません。いわゆる「労働条件の不利益変更」と呼ばれる問題となります。手段としては、

(1)労働組合が存在するのであれば労働協約の締結を行う(なお、当該労働組合が4分の3以上の組織率を有する場合、労働組合法17条により、非組合員に対しても労働協約の効力を及ぼすことができる場合があります)

(2)労働組合との交渉が不調あるいはそもそも労働組合が存在しない場合には、就業規則(賃金規程)の変更を行う

(3)10人未満で就業規則が存在しない等の事情がある場合には、個別に従業員から同意を取り付ける

ということが考えられます。

なお、就業規則の変更については、これまでにたくさんの裁判例が積み上げられてきており、当該裁判例の傾向を踏まえて労働契約法10条が設けられています。形式上は、就業規則を変更する場合は使用者(会社)側で一方的に変更することができますが、当該裁判例で指摘されている内容(①変更の必要性、②不利益の程度、③変更内容の相当性、④代償措置の有無、⑤労働者(労働組合)との協議などを総合的に考慮)、および労働契約法10条に定められた要件を充足しない限り、後で変更された就業規則は無効と言われてしまいますので、専門家を交えて十分な対策を協議することが必要かと思います。

具体的に検討するに際しては、賃金という労働者にとって最も重要な労働条件の変更を行う以上、単に経費削減の必要性と主張したところで、①の要件さえ充足しない可能性がありますので、何故、人件費を削減する必要があるのか、会社の業績及び経費関係の資料を示すことは最低限必要になるでしょう。また、②及び③についても賃金センサスや業種別賃金との比較検討等が必要でしょう。④については、例えば賃金減額の代わりに労働時間が削減される等の代償措置が講じられているかも1つのポイントになるでしょう。⑤については1回限りでは要件充足という訳にはいきませんので、複数回の協議は必要となります。

ところで、就業規則の有無にかかわらず、契約法の原則からすれば、個別に従業員から同意を取り付ければよいのではないかと思われるかもしれません。たしかに、賃金カットを行う場合は、できる限り個別従業員の同意を取り付けるようにするのですが、気を付けなければならないことがあります。それは、個別に同意を取り付けた労働条件が、就業規則で定められた労働条件よりも下回っている場合、労働契約法12条により、個別同意が無効とされてしまうことです。

したがって、個別同意だけでは不十分(就業規則の変更が必須となる)ということもあり得ますので、この点は非常に注意する必要があります。

 

8.労働者の不法行為に基づき被った会社の損害

これについては最高裁判所の判例が存在します(最大判昭和36年5月31日)。この判例では、「労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権を持って相殺することを許さないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであっても変わりはない」としています。

もっとも、一方的に控除することは禁止されているとしても、労働者が同意している場合(合意相殺)は、労働基準法24条の適用の場面ではありませんので、原則問題はありません。ただし、最判平成2年11月26日等が指摘する通り、労働者の自由な意思に基づく同意か否かは減額かつ慎重に行う必要がありますので、最低でも書面による同意を取り付けるのが実務的対応になると思われます。

なお、民法上、使用者が支払った損害賠償金を従業員に対して請求(求償)する場合、全額認められることはまずあり得ないと考えて下さい。業務遂行中の単なる過失により事故が生じたというのであれば、裁判例の傾向からして、せいぜい2~3割程度しか認められないと予想されます。

<2020年6月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

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