メンタル疾患が疑われる従業員に対し、会社が検討するポイントを弁護士が解説!

Contents

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【ご相談内容】

メンタル疾患の疑いがある従業員が出てきたのですが、どのように対応していけばよいでしょうか。また、今後こういった問題に対応するために、どういった点を中心に社内規程を整備していけばよいでしょうか。

 

【回答】

メンタル疾患の疑いがある従業員が生じた場合、本人の意向も聞きながら休職させるか否かを検討することがポイントとなります。また休職させた場合、復職が可能か、復職支援をどこまで行うべきかについても注意を払う必要があります。

なお、古い就業規則の場合、メンタルヘルス対策を講じる根拠に乏しい場合がありますので、【解説】に記載したような条項整備を検討したほうが無難と考えられます。

 

【解説】

1.メンタルヘルス対策の必要性

(1)メンタルヘルス対策と法律上の義務

メンタルヘルスについて法律上の定義規定があるわけではありません。あえて、直訳すると精神衛生への世話とでもなるのですが、「心の問題」といった方が分かりやすいかもしれません。

心の問題と言われてしまうと、会社担当者としても、どこか引き気味になってしまうかもしれません。しかし、労働契約法第5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められています。また、労働安全衛生法では「ストレスチェック」を義務付けています。したがって、会社は適切な対策を講じる必要があります。

さて、メンタルヘルス問題について周知がなされつつある状況下において、この問題に関するトラブルは増加するものと思われます。また、この問題に介入する専門家の増加、それに伴う訴訟等の法的手続きの増加も懸念されるところですが、概して企業側の準備は不十分のようです。特に、裁判となった場合、残念ながら企業が無傷には済まないのが実情です(敗訴した場合の損害賠償金の支払い問題はもちろんですが、訴訟提起の段階での悪意を持った報道などによるリピュテーションリスク、訴訟対応に要する労力・時間・費用など様々な影響が出てきます)。

したがって、メンタル疾患の疑いがある従業員が生じて慌てる前に、できる限りの対策を早急に講じるべきです。

(2)産業医に関する注意点

メンタルヘルス対策の1つとして産業医の存在が言われることがあります。たしかに重要な役割を担いますので、探し出しておくことに越したことはありません。

ただ、産業医がいるからといって安心できるという訳ではありません。といいますのも、産業医は内科医や外科医であることが多いのですが、必ずしも精神医学に強いとは限らず、会社としても判断を仰ぎたくても対応不可という場合があり得るからです。ちなみに、平成23年10月25日に報道されていましたが、大阪地裁において、医師がメンタルヘルスの不調を訴えている患者に対し、「病気やない。甘えるな」「薬を飲まずに頑張れ」等と発言し、その結果、病状が悪化し復帰が遅れたことについて医師に60万円の慰謝料等の損害賠償を命じる判決が出ているようです。

この様に、医師と言えども、やはり専門外のことについてはなかなか適切な指導ができないのが実情のようです。

 

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2.メンタルヘルス不調の種類

弁護士という立場上、精神医学的なことは筆者自身もよく分かりません。

ただ、一言でメンタルヘルス不調といっても、うつ病、躁うつ病、適応障害、統合失調症、・不眠症、パニック障害といった病名がつく場合もあります。一方、診断書には病名は記載されず「症状」のみ記載されて、果たして病気と判断してよいのかさえ分からないときもあります。

この様な状況のため、会社としても対応に苦慮するところがありますが、診断書が提出された場合は、とりあえずは以下で記載するような流れで1つ1つ対応していくのが無難です。

3.初期対応

(1)不調の原因について確認する

まず、メンタルヘルス不調の原因が業務によるものか、私傷病によるものなのかをはっきりさせる必要があります。というのも、業務が原因という場合、私傷病とは異なり次のような負担が出てくるからです。

  • 労災申請(業務災害)への協力
  • 会社の安全配慮義務違反による損害賠償義務
  • 解雇制限

なお、時々勘違いしている会社担当者がいるのですが、業務が原因となると私傷病ではありませんので、休職させて休職期間満了後に自然退職させるという訳にはいきませんので注意してください。

さて、いきなり従業員から診断書を提出されて、業務災害だと言われても、会社としては判断しようがないかと思います。主治医または会社指定医の診断を参照しながら見通しを立てていくことになりますが、会社側としても厚生労働省が公表している精神障害による労災認定基準に関する通達に目を通し、どういった点が考慮要素となっているのか調べておいた方が無難です(なお、通達は厚生労働省のWEB等で公表されています)。

(2)就労の可否について確認する

労災に該当するのか、私傷病になるのかはともかく、従業員本人が労務提供することが困難となっている場合、やはり休ませるということが原則的対応になるかと思います。そこで、休職を認めるか否かに際しては、やはり根拠資料が必要であり、最初が肝心ということで、診断書等の医学的な所見を収集するべきです。

なお、本人がどうしてもお医者さんのところに行くのが嫌だという場合、会社として受診命令を出すことができるのかという問題があります。「病院に行って診断書をもらってこい!」という抽象的なレベルの受診命令であれば可能と考えられます。しかし、どこどこ病院のだれだれ医師の診断を受けてこい!」と医師を指定してまで受診命令を出せるのかは議論の余地があります。会社側としては、合理的な医師の指定であると言えるのであれば、一応可能と考えてよいのではないでしょうか。

(3)解雇の可否について確認する

労災の疑いがある場合はもちろんですが、労災ではない、すなわち私傷病であったとしても、休職制度を設けている以上は休職制度を適用せずにいきなり解雇という手続きは回避するべきかと思われます。ちなみに、東京地判平成14年4月24日のような休職期間を適用せずに解雇が有効とされた事例もあることはありますが、事例判断であり、あまり過大視することはできないかと思われます(休職期間経過後であっても就労不能と診断されていた等の事情が考慮されている裁判例です)。

4.休職手続き

(1)休職命令可能か確認する

労災・私傷病のどちらに該当するかはともかく、本人からの休職申請の場合、比較的休職措置を取りやすいと思われます。しかし、従業員本人がメンタルヘルス不調であることを否認する場合は色々と配慮する必要があります。もちろん、説得することは大前提とはなりますが、いきなり休職命令を出すことを躊躇するかもしれません。

こういった場合、医師の診断書等といった証拠を入手することが困難な場合が多いので、従業員本人による適切な業務遂行が困難であるという状況証拠を確保した上で、現状では次のような対策を検討することになるかと思われます。

休職命令の包括条項を用いて休職を発令する。

  • 就業規則上の根拠があれば受診命令、受診命令に反するようであれば出勤停止等の懲戒処分を行う
  • 業務上の支障が出ている、服務規律違反を理由とした出勤停止等の懲戒処分を行う
  • 業務命令としての自宅待機処分を行う(但しこの場合は賃金支払義務が生じる)

なお、正当に休職命令を発令したにもかかわらず当該従業員が従わない場合、説得を試みることはもちろんですが、最終的には業務命令違反を理由とした懲戒処分を検討するほか無いと思われます。

(2)休職中の報告・行動制限について確認する

会社から見れば、休職期間中に療養に専念しているとはいえないのでは?と疑わざるを得ない事例が最近生じています(海外旅行に出かける、他でアルバイトをしている等)。

もちろん、気分転換のために長期旅行を医師が勧めるといった場合もあり、なかなか判断がしづらいところがあるのですが、例えば、就業規則に「休職期間中の者は、会社から指示があった場合、医師の診断書を提出しなければならない」といった規定を設ける、休職命令の書面上に、1ヶ月に1回の報告を行うよう指示するといった対処を行うことで、会社として従業員の管理ができる状況にはしておくべきかと思います。

ちなみに、大阪地判平成19年12月20日の事例は、休職中に療養に専念しなかったことに対して懲戒解雇したところ、結論として無効とされた事例となります。こういった会社にとって都合の悪い判決をもらわないためにも、休職期間中の(一見すると療養とは言えない)行動について、医学的な裏付けがあるのか適切に情報収集する必要があります。

(3)休職期間満了前の準備を確認する

まず、ここでいう「休職期間の満了前の準備」については、私傷病休職を念頭に置いていることにご留意ください。

さて、こういった事例について対処するに際し、遅くとも休職期間満了の1ヵ月くらい前までに、休職期間満了の期日、復職不能の場合は退職(解雇)となること、復職を申し出るのであれば医師の診断書等を準備し提出すること、といった通知文書を従業員に送付することが望ましいと考えます。というのも、復職に関するトラブルで意外と多いのが、「休職期間の満了日を知らなかった」という事例が結構な数として生じているからです。

次に、復職の可否に関連して、再休職命令(休職の延期を含む)を行うべきか、配転を考慮するべきか、リハビリ出社・リハビリ出勤に備えた受け入れ職場の確保、処遇など色々と検討しておくべき事項もあります。特に、最近の裁判例の傾向として、休職期間満了時に完全な復職ができない場合であっても、数カ月程度で完全に復職できるのであれば猶予を認めるべきであるといった傾向、復職前の職務に復帰することは困難であっても、他の業務に就かせることができないか検討が必要であるといった傾向が生じてきていると言われています。

いずれにせよ、安易に期間の経過による自然退職(解雇)は回避するべきと思われます。

(4)復職可否の判断について確認する

絶対視することはできませんが、従業員が提出した診断書において「復職可」と記載されていた場合、当該主治医の判断に従うのが原則です。それでもなお、復職不可と会社が判断するのであれば、会社側で医学的根拠をそろえること、例えば、主治医へのヒアリング調査の過程で診断を撤回してもらう、別の医師(産業医など)による「復職不可」の診断書を用意するといったものが存在しないことには、会社の復職不可という判断が違法と認定される可能性が極めて高いということを十分に肝に銘じる必要があります。

ところで、「復職」という用語の意味については、基本的には休職期間前の業務を遂行できる程度に回復したことを意味しますが、先ほども述べた通り、昨今の裁判例によって、この定義は崩れてきています。感覚で申し上げるのであれば、休職期間満了後3~6カ月以内で100%働ける見込みであるのであれば、復職を申し出ている以上、自然退職扱いは回避したほうが無難ではないかと思います。

ちなみに、時々、診断書に「寛解」という言葉が書いてあることがあるのですが、大まかなイメージとしては、投薬などにより症状が臨床的にコントロールされている状態のことをいいます。要は、好転した状態が継続することが見込まれるが完治した訳ではない、つまり悪化する場合もあるという意味になるのですが、この場合も、復職を原則認めるという方向で対処するほかないように思います。

次に、実務上悩ましいのは「軽作業であれば復職可」と診断書に記載されていた場合です。これは軽作業という業務内容をどの様に設定するのか、リハビリ出勤の制度構築とも関連する問題となりますが、たしかに、軽作業ということは休職前の業務遂行ができないことを意味することにはなります。しかし、近時の裁判例は配置転換を含めた配慮を求めていますので、いきなり復職を拒否するという対応はリスクが高すぎるかと思います。どういったものが「軽作業」に該当するのか、従業員本人との協議はもちろんですが、主治医からのヒアリングや照会等の対応が求められるところです。

(5)自然退職・解雇の可否について確認する

上記でも指摘した通り、安易に業務遂行不可=復職不可と判断し、退職してもらうという判断はしない方がベターです。

なお、メンタルヘルス不調の原因が業務上という場合は、労基法19条1項による解雇制限がありますので、そもそも辞めさせること自体できません(但し、治癒・症状固定していた場合は除く)。また、偶に見かけるのですが、就業規則上「休職期間満了をもって解雇とする」となっていた場合、解雇予告手当の支払が必要になるのではないかと疑義が生じます。したがって、退職扱いと明記するのが無難かと思います。

5.復職

(1)リハビリ出社・リハビリ出勤について確認する

法律的な定義はないのですが、「リハビリ出社」とは、出社しても業務遂行せず会社の雰囲気に慣れてもらうための措置、「リハビリ出勤」は一定の軽作業を行うため業務遂行すると使い分けて用いられているようです。この定義に従うのであれば、具体的な違いとしては、リハビリ出社の場合は賃金支払義務無し、リハビリ出勤の場合は賃金支払義務ありとなります。

さて、厚労省が公表している職場復帰支援の手引き等では、リハビリ出社・リハビリ出勤という用語例は用いていないものの、復職プロセスの1つとしてリハビリ出勤等に関する記載があります。しかし、そもそも論として法律的にはリハビリ出社・リハビリ出勤を絶対に行わなければならない義務はありません。ただ、考え方によっては、あえてリハビリ出勤で軽作業を行わせ、それでも出勤できない、業務遂行ができないという場合には復職不可であることは明らかであるという証拠作りのために利用されているところもあります。考え方の当否はさておき、先ほども申し上げた通り、休職期間満了による復職不可の取り扱いについて色々と制限が課せられている裁判例の傾向からすれば、こういった対処法は検討せざるを得ないかと思います。

ちなみに、リハビリ出勤を実施するに際しては、次のような事項を検討する必要があると考えられます。

  • リハビリ出勤を休職期間の継続として取り扱うのか、復職したものとして取り扱うのか。
  • リハビリ出勤の実施中に労務提供を求めるのか(いわゆるリハビリ出社のような形を設けるのか)
  • リハビリ出勤中の賃金支払いの有無、支払うとしてどの程度支払うのか。
  • リハビリ出勤中における会社指定医の診断を義務付けるのか。
  • 会社指定医の診断結果によっては、リハビリ出勤を中止することも想定するのか。
  • 出勤場所や出勤時間について別待遇が必要か。

(2)人事処分としての降格、配置転換と賃金減額の可否について確認する

休職していた従業員が管理職などの上長に該当する場合、いきなり管理職に戻すことは現場運用として難しい場合があります。したがって、「降格」を検討せざるを得ませんし、降格すること自体は従業員本人も了解することが比較的多いような気がします。しかし実務的に問題になるのは、役職・職位の降格に伴う賃金減額の可否、職能資格引き下げによる賃金減額の可否になります。

この点、役職・職位の降格については人事権の行使として、基本的には可能と考えられています(但し、役職・職位が限定された労働契約の場合は困難)。ただ、役職・職位と賃金が連動しているのであればともかく(典型的には役職手当の支給)、連動していないのであれば賃金減額が可能かは別途検討が必要となります。一方、職能資格については就業規則等の根拠無く行うことができないというのが裁判所の立場です。職能=職務遂行能力=経験値と位置付けられますので、一度身についた能力が何故下がるのかという考え方が根底にあると言われています。したがって、職能資格の引下げを可能とする根拠規定及び職能資格と連動する賃金規程、この2つが整備されていることはもちろん、一度身についた能力が低下したと判断する合理的な理由を説明できない限り、降格も賃金減額も不可能ということになります。

次に、配置転換についてですが、いわゆる職務の限定が労働契約内容となっていない限り、配置転換自体は会社が有する人事権行使の一つとして行うことは可能です。配置転換に伴い賃金減額ができるか否かについては、就業規則(賃金規程)の定め方いかんとなります。すなわち、業務(職務)によって賃金が異なるというのであれば、その賃金規程に当てはめることで対処可能となりますが、特段の定めがないのであれば、当然に減額という訳には行きません。やはり個別同意をもらわないことには賃金減額は困難と言わざるを得ないのが法律的な結論となってしまいます。

(3)再休職の可否について確認する

メンタルヘルス不調者の場合、出勤しては休み、出勤しては休みと言うことを繰り返すパターンが多いと言われています。そうなった場合、休職明けに少し出勤してきたが、また休んでしまった(あるいは出勤はしたものの早退を繰り返す)というときに、果たして新たな休職命令が出せるまで待たなければならないのかという疑問が生じます。

会社からすれば、果たして復職できる程度に回復しているのかと疑義をはさまざるを得ませんので、従前の休職制度の適用を検討したいところです。これについては、就業規則の定め方で結論が変わってきます。

すなわち、私傷病による休職を経て復職した後、一定期間内に同一の私傷病によって欠勤する場合には、前回の休職と通算するという旨の規定があれば、復職前の休職の延長として取り扱うことが可能となります。この結果、再度休職制度を適用することなく(リセットして新たに期間が進行するのではなく)、従前の休職期間を通算したうえで、従前の休職期間の満了時をもって結論を出すという対処が可能となります。

6.メンタルヘルスと労災

(1)労災申請への協力について確認する

労災申請の手続き自体は、労働者本人が行いうる手続である以上、会社として止めようがないものです。したがって、少なくとも手続き面では協力することを検討するべきかと思いますが、この際に注意するべき事項があります。それは「事業主の証明」欄の記載方法です。申請書の「災害の原因及び発生状況」への記載をよく見てほしいのですが、この欄は、通常、従業員本人が自己の主張を元に記載してあることが多いと思われます。そして、この欄の記載事項について何ら異議を挟まずに、会社側で「事業主の証明」欄にサインした場合、後々、特に労災では填補されない慰謝料等の民事訴訟の場面において、従業員の主張内容を認めたと言われかねません。つまり、会社としては良かれと思い手続きに協力したにもかかわらず、足元をすくわれるかの如く不利な状況に追い込まれてしまいます。

この観点からすれば、会社の認識とは異なる部分がある場合、「××は除く」と異議を出した上でサインすることが必要となります。

次に、労災申請が行われた場合、必ず労基署の担当官より連絡があり、ヒアリング調査はもちろん資料の提出等を求められます。会社側としては煩わしいという思いがあるかと思いますが、労災申請手続きに協力しなければしないで、今度は労災隠しとして変に疑われてしまうこともあるようです。したがって、基本的には協力する、しかしながら従業員の言い分と会社の認識が異なる場合には迎合しないという是々非々のスタンスで臨むのがベターではないかと思います。

(2)労災認定と会社の責任は異なることを確認する

業務災害として労災申請が認められた場合、会社が安全配慮義務違反により損害賠償責任を負う可能性は極めて高いと言わざるを得ません。ただ、当然に会社業務が原因で損害賠償責任を負うという訳ではありません。例えば、仙台高等裁判所が平成22年12月8日に出した判決では、労災は認められたものの、会社の責任は否定されました(長時間労働によるうつ病発症、そして過労自殺(過労死ではない)という案件のようです)。

したがって、労災認定があったとしても、専門家と協議の上、会社の責任が生じる見込みなのか、今一度検討を行うべきかと思います。

7.就業規則の整備について

上記までに、メンタルヘルス疾患が疑われる従業員が生じた場合の具体的対応策を記述しました。ただ、具体的な対応策を講じるためにはその根拠が必要となります。社内での対策となる以上、その根拠は就業規則となるのですが、メンタルヘルス対策用の就業規則となっているかは次の8点を検討すればよいかと考えます。

(1)私傷病休職制度の適用対象者について確認する

例えば、試用期間中の従業員や新卒の新入社員が、入社して1ヵ月程度で休んでしまう状況となった場合にまで、休職制度を適用するべきかという問題です。一昔前であれば五月病といって放っておけばそのうち出社してくるという感覚で良かったかもしれません。しかし、今の時代は会社が従業員に対して安全配慮義務を負担する時代です。したがって、放置という選択肢はあり得ません。

ところで、一般的に誤解があるようなのですが、そもそも休職制度は必ず設けなければならない制度ではありません。むしろ、会社にとって戦力となる従業員に対して恩恵的に解雇を猶予する任意の制度にすぎません。この観点からすれば、試用期間中の従業員も正社員と同様の休職制度を認めるべきか、例えば、試用期間中であれば一切休職制度の適用を認めないといった制度を構築することも検討してよいのではないかと思います。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

「試用期間中の者、期間を定めて雇用される者には適用が無い」

なお、均等待遇・均衡待遇(いわゆる同一労働・同一賃金)制度が導入されることを踏まえると、正社員と非正規社員との間で休職制度の適用の有無につき差異を設けてよいのか、差異を設けることが合理性ありと言えるのか改めて検討する必要があります。おそらく多くの会社では非正規社員に対して休職制度の適用なしと定めているかと思いますので、今一度確認するべきです。

(2)メンタルヘルス不調疑義者に対する受診命令が可能か確認する

採用時や年1回の定期健康診断以外においても、会社の裁量により受診命令を出すことができる旨明記するという意味です。もちろん会社は安全配慮義務を負っていますので、規定が無くても業務命令として受診命令を出せる場合もあろうかと思います。しかし、やはり規程上の根拠を明確にした方が従業員を説得しやすいところもあります。なお、法定外健診となりますので、労働安全衛生法66条5項但書を根拠に会社の指定医とすることも検討して良いかと思います。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

規定例「会社は従業員に対し、定時又は随時に会社指定医による健康診断を行う」

なお、裁判例によっては、「精神科医の受診を命じることはプライバシー侵害の可能性が高い」と述べたものもあるようです(名古屋地判平成18年1月18日)。したがって、規定を設け、いざ受診命令を行うにしても、周囲に分からない様な配慮をしながらの受診命令が必要となるのではないかと思われます。

(3)出勤停止措置が可能か確認する

受診命令を拒否する、しかし医学的な証拠が無い以上、休職制度を適用することには躊躇があるという場合、とりあえず本人への配慮及び周囲の従業員の業務への支障等を勘案して、業務命令として出勤停止措置を行うための根拠規定です。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

規定例「会社の命じる健康診断を受けない場合、会社は次の措置を取ることができる。①就業を一定期間禁止又は制限する、②配置転換を行う、③その他必要な措置」

なお、業務命令としての出勤停止ですので、賃金支払義務は生じると考える必要があります。

(4)私傷病休職命令の要件について確認する

多くの就業規則でみられるのですが、休職命令を発令するに際し、就業規則上「業務外の傷病により欠勤が引き続き×ヵ月に達し」という継続的な欠勤を要件としていないでしょうか。こういった継続欠勤を要件としている場合、メンタルヘルス不調者への対応が難しくなります。というのも、メンタルヘルス不調者の特徴として、出勤と欠勤を断続的に繰り返すことが多いのが実情であり、断続的な出勤・欠勤を繰り返された場合はいつまで経っても休職命令を発令できないという事態となってしまうからです。

こういった事態を回避するためには、継続的な欠勤ではなく、例えば「直近3ヵ月で×日欠勤した場合」とするのが一案ではないかと思います。また、欠勤扱いを免れる為に、出社して直ぐに帰社するということも想定されますので、出勤の定義(例えば6時間以上勤務したこと)を定めることも一案ではないかと思われます。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

規定例「会社の従業員が次の各号の一に該当する場合、休職を命じることができる。①直近×ヶ月で×日以上欠勤した場合。なお、1号の適用においては、×時間以上の就業をもって出勤扱いとする」

なお、創業が古い会社に多いのですが、私傷病休職の場合に賃金を支給する旨の規定を設けている会社もあるようです。しかし、今後は悪用される恐れも多いことから、私傷病休職の場合はノーワークノーペイの原則に基づき、無給とするのが筋論ではないかと思います。

(5)休職期間中の診断書提出義務があることを確認する

詐病対策として、休職期間中に定期的に診断書を提出させる等の条項を盛り込む趣旨です。あまりよくない事例であることは百も承知なのですが、2011年3月11日に発生しました東日本大震災後において、外国人を中心に一斉にうつ病の診断書が提出されて私傷病の休職申請を提出したという話は耳にしたことはないでしょうか。たしかに、放射能漏れ等の被害が想定される中で、「仕事どころではない」という気持ちも分からなくもありません。が、真面目に勤務している従業員との関係上、詐病を許すわけにはいきませんので、やはりこうした条項を入れておく必要性があるのではないかと感じています。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

規定例「休職期間中の者は、会社から指示があった場合、医師の診断書を提出しなければならない」

(6)復職の判断権は会社が有することを確認する

復職の判断については会社がイニシアチブを持っていること、つまり会社が復職の可否についての判断権があることを明示するという趣旨となります。そして、会社が判断する材料を得るためにも、会社指定医の受診義務や主治医へのヒアリングを行うことに対する承諾(なお、休職前に包括的に承諾を取っておくことについては法的には疑義が有ります)についても定めておくのが無難かと思います。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

規定例「休職の事由が私傷病による場合、従業員が提出する会社指定医の診断書をもとに会社が判断する」

(7)リハビリ出社・リハビリ出勤(連動して賃金規程も要検討)が整備されているか確認する

そもそも規定を設けるべきか否か議論があるかと思うのですが、厚生労働省はリハビリ出社・出勤について、義務ではないものの制度設計を呼びかけていますので、ある程度は対応した方が良いのではないかと思われます。ちなみに、詳細なリハビリ出社・出勤に関する規定を設ける余裕がない場合であっても、「業務上の都合等により、休職前の職務とは異なる職務に配置することがある」と定めておき、柔軟性を持たせることも一案かもしれません。

なお、(  )で賃金規程も要検討と書きましたが、これは、リハビリ出勤の場合軽作業を行わせることが多いところ、軽作業であるにもかかわらず、休職前の賃金満額を支払うのでは、どうも釣り合いが取れない可能性が出てくるからです。従って、リハビリ出勤の場合については、最低賃金に反しない範囲で別途定めることができる旨の規定を設けるべきではないかと思われます。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

「私傷病休職期間中、従業員からの申し出により一定条件下において、復帰準備のための出社又は勤務を認めることがある。」

「前項の出社・勤務における諸条件については、会社と従業員が協議の上、会社が決定する。」

(8)休職期間の通算が可能か確認する

メンタルヘルス不調者の傾向として、再発する蓋然性が高いことから、再び断続的な出勤・欠勤になりやすいことへの対応策として見直した方が良いという趣旨です。

そこで、次のような規定を検討してもよいかもしれません。

規定例「私傷病休職で復帰後1年以内に同一若しくは類似の傷病により欠勤した場合には、その欠勤開始日より再休職とみなし、前回の休職期間と通算するものとする」

 

<2020年1月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

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