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【ご相談内容】
色々な手段を講じましたが、どうしても回収ができない取引先があります。やむを得ず回収を諦めるという判断を行ったのですが、このような場合に会社が注意しなければならない事項はあるのでしょうか。
【回答】
費用対効果の問題、時間の問題、労力の問題等で債権回収を断念するということは経営判断として有り得ることであり、この点について法律は何か規制を及ぼしているわけではありません。
もっとも、債権(売掛金や報酬金など)は資産として計上されている以上、この資産を失わせる(価値ゼロにする)ことについて、税務上の処理を意識する必要があります。税務上の処理が適切に行えるよう、法務が行うべき注意事項を以下【解説】で記載します。
【解説】
1.はじめに
どうやっても相手方が支払ってくれない、あるいは債権回収ができないという場面が生じます。この場合、やむを得ず債権回収をあきらめるという選択肢を取らざるを得ないのですが、企業経営者が気を付けなければならないのは、債権(売掛金など)について、どうやって税務処理を行うのかということです。
なぜ、税務処理について意識しなければならないかというと、債権は資産であり、回収可能性の有無を問わず、原則的には債権の額面通りで計上されてしまうからです。裏を返せば、課税対象にされることなく損金処理を行わないことには、現実にお金は入ってこない、しかし、課税されて税金は持っていかれてしまうということになってしまいかねません。もっとも、債権者の判断のみで貸倒損失を認めてしまうと、所得金額が恣意的に操作されかねないという懸念がどうしても残ります。
このため、貸倒損失を行うにあたっては、直接償却に関する税務通達を参照しながら動く必要があるのですが、どうしても税務の分野となるため、顧問税理士さんの関与・協力が必要となります。
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2.取引先が法的整理手続きに入った場合はどう対応する?
まずそもそも論ですが、取引先が法的整理手続きに入った場合、いくら頑張ったところで全額債権回収は不可能と言わざるを得ません。特に、法的整理手続きに入ることが分かっていながら、うまく債権回収を果たしたとしても、後々の法的整理手続きの中で当該回収分の返還等を求められるのが通例であり、結果的に努力は水の泡…ということになります。法的整理手続きのための準備段階に入った場合、本当に法的整理手続きに入るのか見極めは必要ですが、時間・労力・費用をかけて回収を行おうとすることは回避したほうが無難ではないかと思います。
ところで、実際に債権を現金化できない以上、その経済的価値に見合った形でせめて税務処理(貸倒損失として処理)を行いたいとことです。この点、法的整理手続きに入った場合は、法人税基本通達9-6-1でその処理基準が明記されています。法的整理手続き=倒産、約定期日までに支払いができないことが確定、というイメージが強いためか、全額を回収不能として処理できると思われるようですが、通達上はそのような処理基準を記載していません。この点は注意を要します。
3.取引先が法的整理手続きではなく、任意の私的整理を行っている場合は?
税務署が気にしているのは、貸倒損失として処理することによる所得操作への懸念です。
この懸念を払拭できるだけの材料をどこまで収集できるのかがポイントであり、法人税基本通達9-6-1(3)もその点を明確にしています。結局のところ、①債務者が無資力であること、②債権回収を諦めても仕方がないこと、という2つの視点を念頭に置きながら証拠資料等の準備を行うことになります。
4.取引先との個別交渉の結果、一部債務免除を行うことになった場合
これについても、貸倒損失として処理することによる所得操作への懸念につきどう払拭するのかに尽きます。この点を意識しながら、法人税基本通達9-6-1(4)を見ていただければと思います。
5.取引先とも連絡がつかず、回収手続きを進めようがない場合
結局のところは「回収困難であること」をどうやって裏付けるのか、に尽きます。
ところで、「債権回収をあきらめても仕方がない」という実態を作出するのに一番有効な手段は法的手続きの実行となります。
すなわち、訴訟提起(少額訴訟や支払督促手続きを含む)を行い、判決を取得したうえで、強制執行手続きを行ったという一連の手続き遂行状況が分かる裁判資料を確保することが、有効な手段となります。ただ、これら一連の手続きを行うためには、それなりの専門的知識が必要となるため時間や労力を必要とします。一方で、これらの時間や労力を減らすために弁護士等の専門家に依頼するとなると、どうしても費用が発生してしまいますので、回収困難な債権管理のために費用をかけることは、費用対効果の観点から必ずしも適切とは言えない場合もあります。
このような費用対効果に難がある場合、税理士さんによっては、回収努力を行う経済的メリットが無いことを証する資料として、弁護士費用の見積書を提出することで損金処理を行うという手法をとる税理士さんもいらっしゃるようです(執筆者も、こうした処理を行う方針をお伺いし、見積書を作成したことがあります。ただ、この見積書がどこまで対税務署との関係で有効なのかは正直分かりませんでした…)。
また、比較的よく耳にする方法ですが、配達証明付き内容証明郵便の送付を試みるという方法もあるようです。
内容証明郵便を用いて債権回収を行うということは現場実務では行われていることですが、ここでの使い方は、配達証明付き内容証明郵便の送付を試みたが、「転居先不明」で配送できなかったという状態を作出することを目的としています。つまり、債権回収したくても、相手方がどこにいるのか不明であり、連絡が取れないので、如何ともしがたいとして「債権回収をあきらめても仕方がない」という実態を作出するということです。もっとも、執筆者が耳にする限り、この手法でOKという税理士さんと、ダメという税理士さんがいらっしゃるようです。したがって、顧問税理士さんがどのような見解をお持ちなのか確認を行ってからの手法になるかと思います。
その他にも「債権回収をあきらめても仕方がない」という実態作出のために、債権放棄を行うこと(但し、贈与的要素が無いようにする)、貸倒損失の計上(但し、利益操作的な要素が無いようにする)といったものが考えられます。また、強硬な債権回収による倒産招来など社会的非難を受けることが想定されること、といった事情も考慮要素になるようです。
ただ、これらの事項については、ケースバイケースの判断になると想像されますので、税理士と弁護士との連携が必須になると考えます。企業経営者のみで即断することは避けた方がよいかと思います。
<参考 関係通達の抜粋>
9-6-1(金銭債権の全部又は一部の切捨てをした場合の貸倒れ)
法人の有する金銭債権について次に掲げる事実が発生した場合には、その金銭債権の額のうち次に掲げる金額は、その事実の発生した日の属する事業年度において貸倒れとして損金の額に算入する。(昭55年直法2-15「十五」、平10年課法2-7「十三」、平11年課法2-9「十四」、平12年課法2-19 「十四」、平16年課法2-14「十一」、平17年課法2-14「十二」、平19年課法2-3「二十五」、平22年課法2-1「二十一」により改正)
(1)更生計画認可の決定又は再生計画認可の決定があった場合において、これらの決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(2)特別清算に係る協定の認可の決定があった場合において、この決定により切り捨てられることとなった部分の金額
(3)法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定で次に掲げるものにより切り捨てられることとなった部分の金額
イ 債権者集会の協議決定で合理的な基準により債務者の負債整理を定めているもの
ロ 行政機関又は金融機関その他の第三者のあっせんによる当事者間の協議により締結された契約でその内容がイに準ずるもの
(4)債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その金銭債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額
9-6-2(回収不能の金銭債権の貸倒れ)
法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになった事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる。この場合において、当該金銭債権について担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れとして損金経理をすることはできないものとする。(昭55年直法2-15「十五」、平10年課法2-7「十三」により改正)
(注)保証債務は、現実にこれを履行した後でなければ貸倒れの対象にすることはできないことに留意する。
9-6-3(一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ)
債務者について次に掲げる事実が発生した場合には、その債務者に対して有する売掛債権(売掛金、未収請負金その他これらに準ずる債権をいい、貸付金その他これに準ずる債権を含まない。以下9-6-3において同じ。)について法人が当該売掛債権の額から備忘価額を控除した残額を貸倒れとして損金経理をしたときは、これを認める。(昭46年直審(法)20「6」、昭55年直法2-15「十五」により改正)
(1)債務者との取引を停止した時(最後の弁済期又は最後の弁済の時が当該停止をした時以後である場合には、これらのうち最も遅い時)以後1年以上経過した場合(当該売掛債権について担保物のある場合を除く。)
(2)法人が同一地域の債務者について有する当該売掛債権の総額がその取立てのために要する旅費その他の費用に満たない場合において、当該債務者に対し支払を督促したにもかかわらず弁済がないとき
(注)(1)の取引の停止は、継続的な取引を行っていた債務者につきその資産状況、支払能力等が悪化したためその後の取引を停止するに至った場合をいうのであるから、例えば不動産取引のようにたまたま取引を行った債務者に対して有する当該取引に係る売掛債権については、この取扱いの適用はない。
<2020年9月執筆>
※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。
弁護士 湯原伸一 |