VCと締結する投資契約書の読み方のポイントについて、弁護士が解説!

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【ご相談内容】

当社は、当社の代表者が設立し一人株主として運営されている会社です。

今般、当社の事業に関心を持つベンチャーキャピタル(VC)よりお声をかけて頂き、資金提供を受けることになりました。この資金提供を受けるに当たり、VCより契約書案が提示されたのですが、見慣れない言葉が多く、また内容が難解であることから、十分な契約書チェックができない状態です。

投資契約書をチェック・審査するに際してポイントとなる事項を教えてください。

 

 

【回答】

VC等の投資家より資金提供を受ける場合、分厚い投資契約書(株主間契約書を含む)が送付されてくるかと思います。

かなり独特な用語と一文が長く難解な言い回しが多いことから、資金提供を受ける会社(対象会社)とその経営者は、投資契約書の内容をほとんど見ることなくハンコをついていることが多いようなのですが、やはりリスクが多いと言わざるを得ません(特に会社経営がおかしくなり始めてから、投資家よりあれこれ言われだして、よくよく投資契約書を読んでみると一方的に当方不利な内容であり、手の打ちようがない…という事態を執筆者は何度も目にしています)。

誤解があるようですが、投資契約書はポイントを押さえておけば、それほど理解に困りません。

そこで本記事では、「投資実行に際しての合意事項」、「経営(事業運営)に関しての合意事項」、「持株比率に関する合意事項」、「株式の処分に関する合意事項」、「経営者個人に課せられる合意事項」との分類し、具体的な条項を見ながら、どういって点に留意するべきか、またどのような対処法があるのかにつき、解説を行います。

なお、以下の解説では、取締役会設置会社である、経営者が100%株式を保有している会社であり、かつ投資契約の契約当事者としては対象会社と経営者の両方を含むものを前提にしています。

なお、投資契約に関し、さらに突っ込んで検証したい場合は、次の資料などをご参照ください。

 

(参考)

我が国における健全な ベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項(経済産業省)

 

 

【解説】

 

1.投資の実行に際しての合意事項

 

(1)新株発行

第×条

会社は、×年×月×日開催の取締役会決議及び×年×月×日開催の臨時株主総会の特別決議に基づき、投資者に対して次の内容にて新株を発行し、投資者はこれを引き受ける。

①募集株式の数

②払込金額

③払込期日

VC等の投資家が対象会社に金銭提供を行うことと引き換えに、対象会社の株式を取得する旨定めた条項です。

これ自体は特に疑問に感じることはないかと思います。

ただ、上記条項では普通株式の発行を念頭に置きましたが、最近多いのは「種類株式」と呼ばれるものを対象会社がVC等の投資家に発行するという形態です。

この「種類株式」には幾つかのパターンがあるのですが、投資契約の場合、特に用いられることが多いのが、「優先株式」と「選任権付株式」です。優先株式とは剰余金の配当が普通株式より優先される株式のこと、選任権付株式とは取締役等の選任を当該種類株主のみに付与される株式のことですが、要はVC等の投資家に対し、他の株主とは異なる特別な権利を付与することを意味します。新株発行の条項をチェックする際は、種類株式を発行することにならないか、種類株式の内容は何かを意識することがポイントとなります。

 

なお、新株発行に関連して、新株発行により得た資金につき、投資契約書にあえて使途目的が定められていることもあります(例えば、資金を××に関する開発費用に充てるなど)。後述するVC等の投資家による情報開示請求・調査権(2.(5)参照)を考慮すると、資金使途につき別会計にする等の取扱いが必要となります。このため、使途目的条項が存在する場合、対象会社内の経理作業が煩雑になりがちであることも意識しておいた方がよいかもしれません。

 

(2)前提条件

第×条

投資者は、次に記載する条件全てが成就していることを前提に、第×条に基づく払込み義務を履行する。但し、投資者は、次の各条件のいずれかについて、その裁量により条件不成就を主張する権利を放棄することができる。

(以下省略)

後述する表明保証条項とその異同が良く分からないというご相談を受けることが多いのですが、たしかに重なり合う内容が定められていることも有ります。この異同については効果論、すなわち前提条件条項に違反した場合は投資の実行を中止できるとう意味で契約の前段階で意識することに対し、表明保証条項違反は投資実行後の責任追及という投資実行後の段階で意識するとイメージしておけば十分と考えられます。

結局のところ、前提条件条項も表明保証条項も、具体的に何が定められているのか(対象会社がVC等の投資家に対して何を約束させられるのか)をじっくり確認することがポイントとなります。

なお、多くの場合、契約締結日から払込までの間に財務・信用等の状況に悪影響を及ぼす事由が生じていないこと、払込期日前までに対象会社において必要な手続きを履行していること、払込期日前までに法令上必要となる届出や許認可を取得していること、払込期日時点において表明保証条項に違反する事由は無いこと、が定められています。

 

(3)表明保証

第×条

会社及び経営者は投資者に対し、本契約締結時点及び第×条に基づき払込を受ける時点において、次に定めるいずれの事項について真実かつ正確であることを表明し、保証する。

(1)会社に関する表明保証

××

(2)経営者に関する表明保証

××

表明保証条項と前提条件条項との異同については、上記(2)の解説をご参照いただければと思います。

さて、表明保証条項にて定められる内容ですが、主として次のようなものとなります(実際には投資家に対しても表明保証が課せられますが、本記事では省略します)。

・会社
設立手続きに不備がない等の権利能力について瑕疵が無いことを、代表者の代表権に瑕疵が無いこと、法令違反が無いこと、財務諸表に不正が無いこと、開示情報に虚偽がいないこと等

・経営者
契約締結能力(意思能力、行為能力)に問題が無いこと、反社会的勢力に該当しないこと、株式の保有状況に誤りが無いこと等

 

この表明保証条項はボリュームが多いこと、小難しい用語が散りばめられており読む気が失せること、気合を入れて読んでも理解ができないこと等々の理由で、対象会社及び経営者において必要十分な事前チェックが行われていないようです。ただ、事前チェックを行わなかったがために、投資実行後に表明保証条項違反が発覚し、VC等の投資家とトラブルになることもよく見かけますので、じっくり熟読し、内容が分からなければ弁護士等の専門家に相談し、必ず理解するということがポイントです。

さて、表明保証条項の内容をチェックした結果、①真実であり表明保証しても問題ない条項、②真実ではなく表明保証することができない条項、③真実か否か分からず、表明保証することに躊躇を覚える条項、の3つのパターンに分類することができるかと思います。

この場合、②については「…。但し、××は除く」といった表明保証できない事項を明記するようVC等の投資家と交渉する必要があります(対象会社にとって不都合・不利益な内容であっても包み隠さずVC等の投資家に開示することが重要です。VC等の投資家も完全にクリーン(?)な会社など存在しないことは理解していますので、よほどのことが無い限り、この交渉によって投資実行が中止になる事態にはなりません)。なお、表明保証条項の削除交渉は困難と考えられますので、表明保証条項の例外をどこまで明記することができるのかを重視してください。一方、③については、「…について、会社が知る限り存在しない」といった、“知る限り”という限定文言を付すようVC等の投資家と交渉することが重要となります。なお、VC等の投資家より“知りうる限り”という文言にするよう要請されることがあります。“知る限り”と“知りうる限り”とではほぼ同義ではないかと思われるかもしれませんが、法律上は明確な相違が出てきます。すなわち、“知る限り”であれば対象会社が認識していない限り表明保証条項違反とはなりません。しかし“知りうる限り”の場合、たとえ会社が認識していなくても、会社が合理的に調査すれ認識することが可能であったと評価される場合は表明保証条項違反となります。対象会社からすれば“知る限り”という文言の方が有利なのですが、どちらの文言となるかは交渉上の様々な事情により最終判断するほかないかもしれません。

 

さて、表明保証条項に違反した場合、損害賠償請求ではなく、対象会社及び経営者に対して株式買取請求義務を課すことが多いように思われます。これは、表明保証条項に違反したからといって、具体的にどのような損害が発生しているのかVC等の投資家が証明することが難しいことに由来します(なお、よくよく考えると、VC等の投資家が対象会社に対して損害賠償請求を行った場合、VC等の投資家が保有する株式価値が下落しますので、投資家の行動として合理性がないといえるかもしれません)。

この場合、株式買取請求の内容、例えば一定の表明保証条項違反のみ行使可能とする、行使期間を一定期間内に制限する、買取金額については時価とする(但し、VC等の投資家が投資した金額を上限)等々の交渉が考えられます。

 

 

2.経営(事業運営)に関しての合意事項

 

(1)上場努力義務

第×条

会社及び経営者は、遅くとも×年×月×日までに×年×月×日を申請基準決算期として、投資者が同意する公開株式市場に株式上場するべく、最大限の努力を行う。

VC等の投資家が対象会社に資金提供する最大の目的は、株式上場により保有株式を売却することでキャピタルゲインを得ることにあります。したがって、このような条項を定めること自体は致し方が無いところがあります。

ただし、上記条項は努力義務に留まっていますが、「…株式上場する義務を負う」となると、期日までに株式上場ができなかった場合、形式的には契約違反となってしまいます。株式上場は対象会社の努力だけでは如何ともしがたい場合も多々あることを考えると、末尾が努力義務になっているのかは重要なチェックポイントとなります。

 

(2)取締役派遣

第×条

1 投資者は、会社の取締役×名を指名する権利を有する。

2 会社は、投資者の指名する者(×名以内)を会社のオブザーバーとし、会社の取締役会等の経営上重要な会議に参加させ、当該会議で意見を述べることを認める。

VC等の投資家が資金提供する主たる目的は上記(1)で解説した通りですが、株式上場するまでには数年程度の期間が必要です。この株式上場のための準備期間中に対象会社の価値向上を図るべく、VC等の投資家は、積極的に経営上のアドバイスを行うと共に、必要な内部情報を取得することを望むことになります。

これを実現する手段として、取締役派遣条項が定められることが通常です。

もっとも、取締役の派遣について、対象会社のみと取締役派遣条項を定めておいても意味がありません。なぜなら、取締役の選解任は株主総会での決議事項、すなわち株主の意向によって決まるからです。したがって、大株主との間でも取締役派遣条項を定めて合意するという手法が取られます(株主間契約)。

なお、上記1.(1)で触れた、種類株式(選任権付株式)の発行を対象会社に義務付け、VC等の投資家側において取締役の選任を確実にするといった手法が取られることもあります。

 

ただ、現場実務の動向として、取締役派遣条項が定められたとしても、VC等の投資家が取締役を実際に派遣してこないことがあります。これは、対象会社の取締役となった場合、当該取締役はいくらVC等の投資家側の属性であったとしても、対象会社に対して善管注意義務・忠実義務を負うことになるため、VC等の投資家側だけのために行動することが不可能となるからです(利益相反の問題。なお、この観点からすれば、対象会社はいわば人質を取ったともいえます)。

そのため、上記の条項例の第1項について、VC等の投資家によっては、わざわざ指名権を行使する義務を負わないこと、指名しないことによる一切の異議は受け付けないこと等を定めている場合もあります。

また、上記条項例の第2項のように、オブザーバーという取締役ではないが、取締役会等の経営会議に参加することができ、かつ意見を述べることができる特別な人材を置くといったことを定めることがあります。

いずれにせよ、投資契約において取締役又はオブザーバー派遣条項は必ず定められるものであり、対象会社としてはこれを削除するという交渉方針は立てるべきではありません。

むしろ受け入れるとして、取締役会の構成に留意すること(取締役会での過半数をキープできるよう、受入れ人数を制限できるよう交渉すること)がポイントになると考えられます。

なお、VC等の投資家より取締役又はオブザーバーを受入れる場合、対象会社としては別途当該取締役及びオブザーバーと秘密保持契約を締結したほうが無難です。

 

(3)事前承認

第×条

会社は、次の事項を決定又は承認しようとする場合、事前に投資者の承認を得なければならない。

①定款の変更

②資本金及び資本準備金の変更

③合併、会社分割、株式交換、株式移転その他組織再編行為

(以下省略)

VC等の投資家は取締役やオブザーバーを派遣することで、対象会社の内部事情を把握すると共に、企業価値向上のためにアドバイスその他活動を行います。もっとも、通常はVC等の投資家の息のかかった取締役は、対象会社の取締役会では少数派です。また、当該取締役は善管注意義務・忠実義務を負担している関係上、VC等の投資家の意向のみで取締役の職務遂行をできるわけではありません。

このような制限があることから、対象会社が何か重要な事項(投資環境に影響を与えるような事象)を決定・承認しようとする場合、事前にVC等の投資家の承認を必要とすることで、対象会社をコントロールする目的で事前承認条項が定められます。

対象会社側としては、ある程度受け入れざるを得ない条項となりますが、当然のことながら対象会社における経営の自由度(迅速性・柔軟性・自主性)を奪うことにもなります。したがって、対象会社としては一定事由を削除するべく交渉することがポイントとなります(例えば、新株発行は原則事前承認が必要となるが、ストックオプションについては例外的に事前承認不要とするなど)。

なお、対象会社としては、事前承認条項を無視した場合、どのような制裁を受けるのかを確認する必要もあります。損害賠償請求もさることながら、VC等の投資家が保有する対象会社株式の買取義務が定められることが多いと思われますので、この制裁が適用される場面を制限できないかといった点も意識することがポイントになります。

 

(4)報告(事前or事後)

第×条

会社は、次の事項を決定又は承認しようとする場合、事前に投資者に通知の上、投資者と十分な協議を行わなければならない。

①訴訟、強制執行その他の司法上又は行政上の手続きを開始する場合

(以下省略)

 

第×条

会社は、次の事項が発生した場合、速やかに投資者に通知しなければならない。

①訴訟手続きが開始した場合

(以下省略)

上記(3)の事前承認条項とは異なり、事前協議条項はあくまでも事前に通知して協議するに留まること(たとえVC等の投資家が反対しても対象会社は決定等が可能であること)、事後報告条項は決定等の後に報告さえ行えばよいこと、以上の点で、対象会社にとっては拘束が緩い条項と言えるかもしれません。

なお、どのような事由を事前承認事項とするのか、事前報告・協議事項とするのか、事後報告で足りるとするのか、法律上のルールは一切ありません。対象会社としては、経営の自由度(迅速性・柔軟性・自主性)を説明しながら、VC等の投資家と調整することになります。

 

(5)情報開示・調査権

第×条

投資者は、会社及び経営者に対し、会社の業務又は財産の状況を報告させ、資料を提出させ、又は会計帳簿その他投資者が指示する資料の閲覧若しくは謄写を求めることができる。

取締役・オブザーバーを派遣する、一定事由が生じた場合に事前承認や事前・事後報告を求める以外に、VC等の投資家が今後の投資方針を判断する上で情報開示・調査条項を設けることが一般的です。

対象会社としても資金提供を受ける以上、情報開示・調査権については認めざるを得ないと考えられます。ただし、投資方針を判断する上では関係が無い不必要な情報開示・調査権が認められていないかという観点より、対象会社及び経営者は検討することがポイントになります。

 

 

3.持株比率に関する合意事項

 

新株等の優先引受権

第×条

会社は、会社の株式、新株予約権、新株予約権付社債その他会社の株式を取得できる権利を発行、処分又は付与する場合、投資者に対して、その持分比率に応じて株式の割当を受ける権利を与える。

上記2.(3)の事前承認事由の1つとして位置付けることも可能ですが、色々と検討するべき事項があるため、ここでは独立条項として検討します。

さて、新株等に優先引受権については、VC等の投資家からすれば、持株比率を維持し対象会社に対して一定程度の影響力を保持することのみならず、株式上場等のExit時におけるキャピタルゲインに関係してくることから、強い拘りをもって投資契約に定めることが多い条項となります。

その観点からすると、対象会社が新株等の優先引受権条項を削除しようと交渉することは得策ではありません。基本的には受け入れた上で、①ストックオプションを付与する場合は例外的に投資家に対して割当不要とできないか、②投資家による優先引受権の行使期間を明示することができないか、といった点を中心に交渉を進めることがポイントになります。

 

 

4.株式の処分に関する合意事項

 

(1)先買権(優先買取権)

第×条

投資者は、会社株式の譲渡を望む他の株主より、当該他の株主が発した譲渡希望通知に記載された同一条件にて、当該株式を買取ることを請求することができる。

先買権とは、ある株主が第三者に株式を譲渡する場合において、当該株主に対し、当該第三者に優先して、自己に売渡すよう請求することができる権利のことを言います。

上記条項例はシンプルな記載に留めていますが、実際の投資契約書では、先買権の行使条件や行使方法について細かな規定が定められていることが通常です。また、例えば、経営者が既存株主に対して高値で株式買取を希望することで、投資家による先買権を断念させ、その後当該株式を第三者に廉価で売渡すといった脱法行為を防止するべく、先買権不行使後の当該第三者に対する株式譲渡価格は、一定額以上とすることを条件とする旨定めた条項を設ける場合もあります。さらに、先買権行使に際しては、譲渡予定株式の全部を買取ることを義務付ける場合があります(例えば、株式譲渡によってExitを図ろうとする別の投資家を妨害しないようにするため)。

VC等の投資家にとっては、誰が株主なのかは重要な関心事であること、持株比率を増やすことで対象会社への影響力を増大させる等の投資戦略に関わる条項となります。したがって、対象会社及び経営者としては、先買権については認めざるを得ないという認識のもと、上述した通り、その行使方法や行使要件で一定程度の制限をかけることができないかを探りつつ交渉を実施するのがポイントとなります。

 

(2)共同売却権(譲渡参加権)

第×条

投資者は、他の株主が会社株式を譲渡するに当たり、当該他の株主が発した譲渡希望通知に記載された同一条件にて、投資者自ら保有する会社株式の全部または一部を譲渡することを譲受予定者に対して申し出ることができる。

共同売却権とは、ある株主が保有する株式を譲渡しようとする場合、他の株主も自己の保有する株式を共同で売却することを要求できる権利のことを言います。

上記(1)の先買権と混同される場合もあるのですが、

・先買権⇒株式譲渡希望者が発生した場合、投資家がその株式を購入することを申出ることができる権利のこと

・共同売却権⇒株式譲渡希望者が発生した場合、投資家も一緒に保有株式を売却することを申出ることができる権利のこと

と整理すれば分かりやすいかもしれません。

さて、共同売却権は、VC等の投資家によるExit戦略の1つと位置付けられ、投資戦略に重要な条項となります。したがって、対象会社及び経営者としては、共同売却権は受け入れざる得ないことを前提に、譲受予定者が共同売却を拒否した場合の補償責任はどうなっているのか(経営者に買取義務が発生しないか等)といった、対象会社及び経営者が直接被る不利益を防止することを中心に交渉を進めることがポイントとなります。

なお、経営者にも共同売却権を認めるようVC等の投資家と交渉する場合もありますが、一般的に認めてもらえないことが多いようです。

 

(3)プットオプション(株式買取)

第×条

1.投資者は、次に定める事由のいずれかが発生した場合、会社及び経営者に対して、投資者が保有する株式の全部又は一部を買取るよう請求することができる。

①第×条に定める表明保証に違反し、×日以内に治癒できなかった場合

(以下省略)

2.前項に定める請求を受けた当事者は、当該請求を受けた日より×日以内に、××(株式評価方法を記述)によって算出された金額にて、株式を買取らなければならない。

VC等の投資家は、対象会社が株式上場することによるキャピタルゲインを狙って資金提供を行いますが、色々試したものの株式上場が困難という事態に陥る場合があります。この場合、VC等の投資家は損切覚悟の上で株式の売却を図ろうとする訳ですが、その場合に重要となってくるのが、このプットオプション(株式買取)条項となります。

一方、対象会社の株式を買取る第三者が出現する可能性は乏しいことから、買取義務者は必然的に対象会社(但し自己株式取得となることに注意)又は経営者となるため、対象会社及び経営者にとっても重大な関心事となります。

したがって、双方の利害が対立しやすい条項であり、この条項を巡っては熾烈な交渉となることが通常です。

様々な調整を経て落しどころを見つけなければならない内容となることから、できれば弁護士等の専門家の見解を踏まえながら、ギリギリのところで妥結するといったことを考える必要があります。

 

(4)株式譲渡制限

第×条

経営者は、投資者による事前の承認が無い限り、その保有する会社株式を第三者に譲渡、担保の設定その他一切の処分を行うことができない。

VC等の投資家は、経営者との信頼関係を前提に資金提供を実行している場合が多いため、経営者による株式譲渡(=対象会社からの経営に関与しないことを意味する)を制限することが通常です。対象会社及び経営者としては、これについては受け入れるほかないと考えられます。

むしろ株式譲渡制限について検討するのであれば、上記条項例では触れていない、VC等の投資家は無条件に株式譲渡することが可能かといった逆の視点での検討がポイントになると考えられます。基本的には無条件での株式譲渡可能という定め方になっているのですが、対象会社及び経営者としては、せめて同業他社(ライバル会社)への譲渡は禁止する、反社会的勢力への譲渡は禁止するといった点だけでも交渉したいところです。

 

 

5.経営者個人に課せられる合意事項

 

ここに記載する内容は、VC等の投資家と経営者個人との株主間契約として別契約にて定めることもありますが、対象会社と経営者の両者を当事者とする投資契約を想定して、まとめて解説します。

 

(1)専念義務及び競業禁止義務

第×条

1.経営者は、会社の取締役を任期満了前に辞任せず、かつ任期満了時には会社の取締役として再任されることを拒否しないものとする。

2.経営者は、会社の取締役の地位にある間、及び会社の取締役でなくなった日から2年を経過するまでは、自ら又は第三者をして会社の事業と競合する事業を直接又は間接に行ってはならない。

VC等の投資家は、経営者の技術・能力を評価し、経営者が継続して対象会社の経営に関与することを前提に資金提供を行うことが通常です。このため、経営者が対象会社より離脱しないよう縛りをかけること、及び対象会社以外の事業に手を出さないよう縛りをかけることはVC等の投資家において強い関心事であり、経営者としては当該条項を受け入れざるを得ないと考えられます。

むしろ、経営者としては、例えばこの条項を無視して辞任した場合(法律的には辞任が可能です)、違反行為としてどのような制裁を受けるのかに留意することがポイントになると考えられます。

 

(2)ドラッグ・アロング・ライト

第×条

会社の総議決権の●以上を保有する単一又は複数の株主は、会社の他の株主に対し、第三者からの買収提案に応じるよう請求することができる。

ドラッグ・アロング・ライトという用語を聞いたことが無いという方もいるかもしれません。端的に言えば、M&Aの提案があった場合、その提案に応じるよう要求することができる権利となります。要はVC等の投資家が買収提案を受け入れることでExitを図ろうとする場面において、経営者に対して買収提案を受け入れるよう要請できるということです。

経営者からすれば、かなり厳しい条項であり削除を求めたいところですが、VC等の投資家は当然入れるべき条項であるとして譲歩しないことが通常です。このため、ドラッグ・アロング・ライト自体は受け入れるとして、その発動条件、例えば、総議決権の割合を高めに設定する、買収額の下限を設定する、権利行使可能な時期を限定する(例えば株式公開が不可となったとき以降に権利行使可能とする等)、といった条件交渉に力を入れることがポイントになると考えます。

 

(3)買取義務

(具体的な条項例は、上記4.(3)プットオプション参照)

本記事内でも所々でVC等の投資家が保有する株式を経営者が買い取らなければならないリスクがあることに触れてきましたが、VC等の投資家は提供した資金額の回収を図ろうとしますので、その額は高額となり、経営者一個人が支払いに応じられるような金額ではないことが通常です。

結局のところ、経営者が株式買取リスクをどこまで覚悟して、VC等の投資家より資金提供を受けるのかという根本的な話になってしまうのですが、弁護士等の専門家から見た場合、「この場合にまで買取義務があるというのは行き過ぎだろう」等の問題点を見抜くことが可能です。したがって、この弁護士等の意見を参考にしながら交渉しつつ落しどころを探るというのが妥当な方法と考えられます。

なお、ここでは買取義務に関する条項が1つにまとめて整理されていることを前提に記述していますが、投資契約及び株主間契約によっては、1つの条項に整理されず、個々の条項に(紛れ込んで)定められていることがあります。かなりの確率で見落としがちとなりますので、やはり弁護士等の専門家に投資契約書等を見てもらい、アドバイスをもらうことを強くお勧めしたいところです。

 

 

6.その他(一般)に関する合意事項

 

(1)終了事由

第×条

1.次の事由のいずれかが生じた場合、本契約は終了する。

①本契約の当事者全員一致により終了することに合意した場合

②投資者の同意する公開株式市場に株式公開された場合

(以下省略)

2.本契約の終了は将来に向かってのみその効力を生じ、本契約に別段の定めがある場合を除き、本契約終了前に本契約に基づき発生した権利及び義務は本契約終了による影響を受けない。

契約審査・チェック業務を行っている方であれば、契約終了事由として契約違反(債務不履行)が定められていないことに違和感を持つかもしれません。この点、投資契約及び株主間契約の場合、契約を通じて対象会社及び経営者をコントロールすることに主眼が置かれているところ、契約違反があった場合は更に強いコントロールをVC等の投資家は行う必要が出てきます。

したがって、投資契約及び株主間契約の場合、契約違反を契約解除事由として定めないことが多いと思われます。なお、この観点から、一方的な申出による中途解約条項も定められないことが通常です。

対象会社及び経営者としては、契約が終了した場合、どのような義務が課せられるのか(株式買取義務など)を中心に確認することがポイントとなります。

 

(2)他の契約の締結制限

第×条

会社及び経営者は、本契約の内容よりも第三者に有利な条件を規定する本契約と同一又は類似の目的を有する契約を、投資者の同意を得ずに新たに締結した場合、本契約の規定にかかわらず、その有利な条件と同等の条件を投資者に付与することを承認する。

これは一般的な契約書ではあまり見かけない内容だと思われます。

例えば、新たにVCが対象会社に対して資金提供を行うに際し、投資契約及び株主間契約を締結した場合、新たに資金提供するVCの契約内容と既に資金提供済みのVC等の投資家との契約内容に矛盾・齟齬があった場合、既に資金提供済みのVC等の投資家が契約上の権利を行使できない可能性があるから、当該条項を設ける意義があると説明されるのが通常です。

何となく言わんとすることは理解できるものの、一方で対象会社及び経営者としては、そもそも「有利な条件」とは具体的に何を指すのか分からない等の疑義が生じることから、この条項自体は気持ち悪さが残るのではないでしょうか。

できれば削除する方向で交渉を進めることがポイントかもしれません。

 

 

<2022年6月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。

 

 


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

 

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