会社が従業員よりパワハラと言われないために対処法を弁護士が解説!

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【ご相談内容】

パワーハラスメント問題に取り組みたいのですが、結局のところ何が適切な指導で、何がパワーハラスメントに該当するのか理解ができません。どういった事項をポイントにして検討すればよいのでしょうか。

【回答】

パワーハラスメントの該当性については明確な区別基準が存在していません。ただ、厚生労働省は従前よりパワーハラスメントの6類型を公表していますし、また裁判例の蓄積等もあるため、ある程度の判断はできるようになっています。

以下、【解説】で具体的な事例を見ながら検討を行います。

なお、ご相談内容とは直接関連しませんが、2020年6月(なお中小企業は2022年の予定)より、会社に対してパワハラ防止に向けた措置義務が課せられるようになります。パワハラ禁止について再度意識を徹底すると共に、社内体制の構築が求められます。

【解説】

1.パワハラとは

厚生労働省が2019年に公表した指針によると、「職場におけるパワーハラスメント」とは、職場において行われる、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を 全て満たすもの、という定義を公表しています。一方で指針では、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない、ということも示されています。

さて、「パワーハラスメント」、「パワハラ」という言葉は今ではすっかり市民権を得たようなところがあります。しかし、巷では何をもって適正な指導orパワハラと区別するのかよく分からないと言われています。そして、上記の厚生労働省が公表した定義でも明確に区別することは困難です。

明確な区別基準がない以上、どういった事例であればパワハラに該当するのかを個別に検討するしかないのが実情です。

 

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2.職場におけるパワーハラスメント6類型

厚生労働省は2012年に職場におけるパワーハラスメントに該当しうる典型的な類型として、以下の6類型を掲げています。現在もこの6類型をベースに、「業務上必要かつ相当な範囲」を超えたかを議論していますので、2019年に厚生労働省が公表した指針内容を以下抜粋します。

(1)暴行・傷害(身体的な攻撃)

・該当すると考えられる例…殴打、足蹴りを行うこと。怪我をしかねない物を投げつけること。

・(該当しないと考えられる例… 誤ってぶつかる、物をぶつけてしまう等により怪我をさせること。

この類型の場合、たとえ業務の遂行に関係するものであったとしても、「相当範囲」に含むことはできません。暴力は絶対にダメということです。なお、具体的な裁判例として、例えば、日本ファンド事件と呼ばれるものがあります。

〔日本ファンド事件(東京地判平成22年7月27日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・扇風機の風当て(12月から翌年6月まで風を当て続けた。)

・暴行(背中を殴打。面談中に叱責しながら膝を足の裏で蹴る)

・始末書の提出及び会議での叱責(弁明させることなく始末書の提出を強要、「お前はやる気が無い。何でここでこんなこと言うんだ。明日から来なくていい」と怒鳴る)

・叱責及び始末書の提出(「馬鹿野郎」「給料泥棒」「責任を取れ」と怒鳴る。「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした。」という始末書提出の強要)

・暴言(昼食時に「よくこんな奴と結婚したな、もの好きもいるもんだな。」と発言)

∇裁判所の判断

加害者3名の関与程度に応じて、60万円、40万円、10万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

この裁判例は後述の脅迫等の言動も含まれていますが、真冬に冷風をあてる、殴打等の有形力の行使について違法性があると判断しています。

(2)脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)

・該当すると考えられる例… 人格を否定するような発言をすること(例えば、相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な発言をすることを含む)。 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。

・該当しないと考えられる例… 遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して強く注意をすること。 その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、強く注意をすること。

この類型は、最近上司が部下を適切に叱ることができない等の委縮効果が出ていると言われるものです。該当する例として記述されているものは名誉棄損等の犯罪にも該当する可能性があるので比較的イメージしやすいかと思います。ただ、業務を適切に遂行するためには、場合によって強い叱責や指導が必要なときもあります。この限界ラインの分かりづらさが、パワハラの問題を複雑化させていると言っても過言ではありません。参考裁判例として5つあげておきます。

 

〔日本航空事件(東京高判平成24年11月29日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・退職勧奨に際し、「いつまでしがみつくつもりなのかなって」、「辞めていただくのが筋です。」、「懲戒免職とかになったほうがいいんですか。」、「1年を過ぎて、OJTと同じようなレベルしか仕事ができない人が、もう会社はそこまでチャンス与えられないって言ってるの。」、「もう十分見極めたから。」、「懲戒になると、会社辞めさせられたことになるから、それをしたくないから言ってる。」、「この仕事には、もう無理です。記憶障害であるとか、若年性認知症みたいな」等といって退職を迫った。

∇裁判所の判断

20万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

引用した日本航空事件ですが、まず誤解の無いよう申し上げますと、退職勧奨が一律に違法と言っているわけではないという点です。退職勧奨それ自体は何ら問題ありません。本件裁判例のポイントは、自主退職しないと明言した後の執拗かつ長時間の退職強要はNGであるという点になります。

ちなみに、本件裁判例では、従業員が自主退職しないと明言してからも、会社担当者より言われた「お辞めいただきます」、「そこの決意は職を辞する覚悟で、ってことを書いて下さい」という発言は違法ではないと判断されています。一方、上記引用部分にも記載しましたが、「この仕事には、もう無理です。記憶障害であるとか、若年性認知症みたいな」等の発言は違法と判断しました。やはり、「人格を否定するような発言」は違法と判断されても仕方がないように思われます。

 

〔トマト銀行事件(岡山地判平成24年4月19日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・業務上のミスに対する叱責として、「もうええ加減にせえ、ほんま。代弁の一つもまともにできんのか。辞めてしまえ。足がけ引っ張るな。」、「一生懸命しようとしても一緒じゃが、そら、注意しよらんのじゃもん。同じことを何回も何回も。もう、貸付は合わん、やめとかれ。何ぼしても貸付は無理じゃ、もう、性格的に合わんのじゃと思う。そら、もう1回外出られとった方がええかもしれん。」、「足引っ張るばあすんじゃったら、 おらん方がええ。」、「今まで何回だまされとんで。あほじゃねんかな、もう。普通じゃねえわ。あほうじゃ、そら。」、「鍵を渡してあげるからいつまでもそこ居れ。」、「〇〇以下だ」(※他の従業員との比較)等の発言を行った。

∇裁判所の判断

100万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

岡山の方言(?)が混じっていると思われるため、どの程度の強い口調なのか判断しづらいところもあるのですが、このような引用の仕方をすると「部下の指導なんて行えないのでは」という上司の嘆きが聞こえてきそうです。しかし、この裁判例のポイントは、業務上の必要な指導であれば、多少厳しい口調であってもパワハラには当たらないとはっきり認めているところにあります。そうであるにもかかわらず、上記引用した発言は行き過ぎたものであるとして損害賠償責任を認めました。

では、どういった言葉がNGだと理解するべきでしょうか。

この裁判例を分析すると、「退職強要や解雇などを連想させる、つまり雇用に対する不安を生じさせるものはNG」だということです。また、「能力否定、他者比較による貶(おとし)めるような言動もNG」ということになります。つまり、部下の業務遂行方法に問題があるという事実を指摘し、具体的に××するよう改善指導することは、パワハラには当たらないということになります。

 

〔日能研関西事件(大阪高判平成24年4月6日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・年次有給休暇の取得申請に対して、「今月末にはリフレッシュ休暇をとる上に、6月6日まで有給をとるのでは、非常に心象が悪いと思いますが。どうしてもとらないといけない理由があるのでしょうか。」、「こんなに休んで仕事がまわるなら、会社にとって必要ない人間じゃないのかと、必ず上はそう言うよ。その時、僕は否定しないよ。」、「そんなに仕事が足りないなら、仕事をあげるから、6日に出社して仕事をしてくれ。」等と年次有給休暇の取得を妨害するような言動を行った。

∇裁判所の判断

120万円の慰謝料支払いを命じた(但し、上記以外にも不当な言動があり、その点も考慮しての合計額)。

∇注意

この裁判例は、どちらかというと感情的な言動ではなく、淡々とした内容になっていますが、これはメールを通じて言われたという特性があります。あまり感情的な言動とは言い難いのですが、本件裁判例から分かることは、労働者による正当な「権利行使を妨害」する言動はNGということを意識すればよいかと思います。

 

〔前田道路事件(高松高判平成21年4月23日)の概要〕

地裁はパワハラを認定したものの、高裁はパワハラを否定

∇具体的な言動(裁判所の事実認定)

・不正経理の早期是正を行うべく、「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」と発言した。

∇注意

参考例としてパワハラを認める裁判例が続きましたので、あえてパワハラにならないという事例を引用しました。ただ、この裁判例は、実は原審である高松地方裁判所ではパワハラに該当するとして損害賠償責任が認められており、高裁で会社側逆転勝訴となった事例です。その意味ではギリギリの限界事例と考えるべきでしょう。

さて、この裁判例は、部下に対し繰り返し開始指導するも改善が見られない場合、「ある程度厳しい改善指導」を行うことは正当な業務の範囲であることは明言しています。その意味で、繰り返しの改善指導の中で、少し強めに言ったから直ちにパワハラが成立するのではと心配する必要はないといえるかもしれません。ただ、やはり一線を越えるもの、例えば「能力否定による激しい罵倒」や「人格攻撃」などはNGとなりますので、この点は意識する必要があります。

 

〔岡山県貨物運送事件(仙台地判平成25年6月25日)の概要〕

※パワハラは否定。但し、言動と長時間労働とが相俟って不法行為責任を認定。

∇具体的な言動(裁判所の事実認定)

・日常的なミスが生じた際に「何でできないんだ」、「何度も同じことを言わせるな」、「そんなこともわからないのか」などと発言した。また、ときには「馬鹿野郎」などとより厳しい言葉で怒鳴るなどした。

∇本件事例は、上司が部下に対し結構きついことを言っているのですが、パワハラによる責任は否定されています。この裁判例から言えることは、

・叱責するのは「業務上のミス」があったときであり、理由が明確であれば該当しない。

・叱責する時間も「5~10分程度」であり、長時間ではないので該当しない。

・叱責する対象も「すべての従業員」に対してであり、公平であれば該当しない。

という点がポイントになるかと思われます。

(3)隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)

・該当すると考えられる例…自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。

・該当しないと考えられる例…新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育を実施すること。処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させる前に、個室で必要な研修を受けさせること。

この類型はいわゆる「いじめ」ですので、正当化されることは通常難しいといえます。現場実務では隔離等することについて、業務上の正当性をどこまで主張しうるのかがポイントになってきます。参考裁判例として1つ記載しておきます。

 

〔ネスレ事件(神戸地判平成6年11月4日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・配置転換の打診を拒否した者に対し、「同僚に仕事の話しかけをさせない。電話の取り次ぎに口をはさみ、最後には電話を取り外した。「会社のノートを使うな」「トイレ以外はうろうろするな」「今週は何をするのか」など、繰り返し嫌みを言う」などの嫌がらせ行為をした。

∇裁判所の判断

60万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

上記裁判例は、配置転換を拒否した従業員から仕事を取り上げたり、同僚従業員などから隔離させて孤立させるなどの嫌がらせを行った事例です。これだけを見ると、損害賠償責任が認められても仕方が無いな…というのが素直な感覚ではないでしょうか。なお、こういって配置転換の事例の場合、このような嫌がらせではなく、むしろ正面から「配置転換の業務命令権」を行使する、背くようであれば「懲戒権」を行使するという手順を踏む方がよいように思います。

(4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)

・該当すると考えられる例…長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。

・該当しないと考えられる例…労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

この類型は、「業務上の適正な指導」との線引きが難しいケースがあるといわれています。というのも、こうした行為について、何が「業務の適正な範囲」を超えるかは、業種や企業文化によって違いがあったり、あるいは行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても、判断が左右される場合があるからです。結局のところ、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望まれることになります。2つ参考裁判例を記載しておきます。

 

〔ザ・ウインザーホテルズインターナショナル事件(東京高判平成25年2月27日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・飲酒を強要した上で自動車の運転をさせる。

・不穏な内容の留守電・メール(帰社命令に反しことに対し、午後11時頃、「僕は一度も入学式や卒業式に出たことはありません。」とメール。その後2度にわたって携帯電話留守電に、「私、本当に怒りました。明日、本部長のところへ、私、辞表を出しますんで、本当にこういうのはあり得ないですよ。」と残す。)

・休暇中の携帯電話への不当な留守電(夏季休暇中の携帯電話へ深夜電話し、「ぶっ殺すぞ。」などの留守電を残す。)

∇裁判所の判断

150万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

上記裁判例でのポイントは、飲酒運転を強要させるといった肉体的な危害を及ぼすような指示、午後11時といった深夜帯や休日といった職務からか解放されている日時に業務上の連絡を行ったことが問題とされています。業務指導を行うのであれば、原則的には就業時間帯に行うべきでしょう。

 

〔カネボウ化粧品事件(大分地判平成25年2月20日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・参加義務のある研修でのコスチューム着用の罰ゲーム(上司からは早く着用するよう促された)

∇裁判所の判断

20万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

この事例自体は当時かなりマスコミ報道がされましたので、知っている方も多いかもしれません。

宴会・余興の場ではありませんし、罰ゲームの内容が事前に知らされていなかったという点が問題視された事例のようです。パワハラ該当性という観点からは、業務とは直接関係しない指示内容はNGと考えておけばよいでしょう。

(5)業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)

・該当すると考えられる例…管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

・該当しないと考えられる例…経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること。労働者の能力に応じて、業務内容や業務量を軽減すること。

この類型についても、上記(4)と同じことが言えます。特にこの類型については、従業員のプライドを傷つけたり、労働意欲の減退を招くなどの根の深いものになりがちと言われます。適切な評価基準の設定と見える化を実現できるかがポイントとなります。1つ裁判例を記載しておきます。

 

〔トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・ヤミカルテルを新聞社に告発したことに対する報復措置(20年以上個室席に配置、研修生の送迎等の雑務、昇格なし等)

∇裁判所の判断

200万円の慰謝料支払いを命じた。

∇注意

この事例は様々な報道がなされましたし、この事例がきっかけで公益通報者保護法が制定されたという経過もあります。引用した内容からすれば、損害賠償責任が認められて当然のように思います。パワハラの成否との関係では、合理的に説明できない職務の区別を行った場合、パワーハラスメントが成立すると言われても仕方がないと考えるべきです。

(6)私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

・該当すると考えられる例…労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

・該当しないと考えられる例…労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。

この類型は、個人の価値観の相違によってトラブルになることが多く、世話好き(悪気はない)でグイグイ個人の領域に入り込んでくる人がいたりするため、会社としても対処が厄介になります。1つ裁判例を記載しておきます。

 

〔誠昇会北本共済病院事件(さいたま地判平成16年9月24日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・勤務時間終了後も、遊びに無理矢理付き合わされたり、朝まで飲み会に付き合わされた。

・肩もみ、家の掃除、車の洗車などの雑用を一方的に命じられた。

・個人的な用事のため車の送迎等を命じられた。

・交際している女性と勤務時間外に会おうとすると、仕事だと偽り病院に呼出を受けたり、携帯電話を無断で使用し、当該女性にメールを送る等した。

∇裁判所の判断

500万円の慰謝料支払いを命じた(但し、上記外にも業務中のパワハラも認定されており、その点も考慮した合計額)。

∇注意

この事例は、先輩絶対の縦社会という環境があったという意味で、若干特殊な事例なのかもしれません。しかし、業務外の言動とはいえ、上司等がいじめを認識したのであれば、その時点から「積極的にハラスメントを防止する」行動が求められるということを示唆している裁判例となります。

3.パワハラ問題への対処に関する最近の傾向

パワハラ問題が大きく取り上げられるようになったのは比較的最近のことであるため、色々な捉え方があるかと思います。会社側でパワハラ問題を取扱ってきた私個人の感覚とはなりますが、最近の傾向として、次の3つがあげられるのではないかと思います。

(1)パワハラが独立の問題として主張されるようになったこと

一昔前は、嫌がらせ目的の配置転換なので無効、不当な解雇なので無効、といった紛争の中で、配置転換や解雇が行われた原因論のレベルで「パワハラがあった」と主張されることが多かったように思います。ところが、最近では、パワハラそれ自体が問題であるとして独立の法律問題としてとして捉えられるようになってきたという傾向があります。つまり、パワハラ行為が独立の損害賠償(慰謝料)請求の対象となってきたということを意味します。

(2)パワハラ被害申告後の対応が重要になっていること

パワハラが独立の問題として慰謝料の対象になっているというのは上記(1)で記載した通りです。これをさらに進めて、最近の傾向としては、パワハラ被害申告「後」の対応に問題があった場合、これについても「独立の不法行為」として損害賠償の対象となってきていることがあげられます。例えば、以下に記載する川崎市水道局事件の裁判例などが典型例です。つまり、パワハラ問題が起こった場合、事後対応を適切に行う義務を企業は課せられているということになります。

 

〔参考:川崎市水道局事件(東京高判平成15年3月25日)の概要〕

∇具体的なパワハラの内容(裁判所の事実認定)

・Aは内気で無口な性格だが、勤務態度はまじめで評価も最高のAを受けていた。それに対し、「何であんなのがA評価なんだよ」「何であんなのがここに来たんだよ」と、課に不要な厄介者であるかのようなを嫌味を言った。

・女性経験のないAにヌード写真を押し付けたり、「風俗店のことについて教えてやれ」「経験のために連れて行ってやってくれよ」等、猥雑な発言をしてからかった。

・身長172センチメートル、体重約75キログラムでやや太り気味のAに対し、「むくみ麻原(オウム真理による地下鉄サリン事件及び主宰者の麻原彰晃が連日話題となっていた時期)」「ハルマゲドンが来た。」「とんでもないのが来た。最初に断れば良かった。」等と嘲笑。ストレス等によりさらに太ったAが外回りから帰ってきて上気していたり、食後顔を紅潮させていたり、からかわれ赤面しているときには「酒を飲んでいるな」「顔が赤くなってきた。そろそろ泣き出すぞ」と嘲笑した。

・いじめのストレスから休みがちになったAだったが、職場の合同旅行会の際、挨拶に行ったところ「普通は長く休んだら手みやげぐらいもってくるもんだ。」と言ったり、チーズを切っていた果物ナイフを振り回すようにしながら「今日こそは刺してやる。」などとAを脅した。

・Aは同僚Bに、同課の上司3名からいじめを受けていると話した。その後、Bは組合にその旨を報告し、組合が実態調査を行なった。また、Aが川崎市にもいじめを訴え、川崎市も調査を命じた。ところが、上司3名はいじめの事実がAの被害妄想であると口裏合わせをするよう働き掛けた。また、いじめの当事者であるXに調査を命じ、X自らの調査結果によりいじめはなかったとして何ら対応策を講じることなく、職場復帰の話を進めた。

∇裁判所の判断(市の安全配慮義務違反、いじめと自殺の相当因果関係認容による国家賠償法に基づく賠償命令)

・執拗に陰口、卑猥な言動、悪口、からかいを繰り返し、ナイフによる脅しなどから職場いじめに認定。これによりAが精神的、肉体的に苦痛を被ったことが推測しうる。

・精神疾患に罹患した者が自殺することはままあることであり、Aの訴えを聞いた上司が適正な措置を講じていればAが職場復帰し、自殺に至らなかったと推認できる。

・自殺を図る要因が他になく、自殺念慮の出現する可能性の高い精神疾患であり、いじめを受けたことにより心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には事実上の相当因果関係がある。

以上のことから、市の安全配慮義務違反とAの自殺には相当因果関係を認めるのが相当であり、市は安全配慮義務違反により、国家賠償法上の責任を負うというべきと請求を容認。

ただし、本人の資質ないし心因的要因も加わったことが、自殺への契機となったものとし、請求の一部認容。

(3)メンタルヘルス問題への対応が求められていること

パワーハラスメントにより精神的に参ってしまった従業員への対応について、近時はいわゆるメンタルヘルス問題への対応として求められているようになっています。これについては、休職制度の運用や復職判断、労災申請への対応など様々な法律問題が発生してくることになります。

4.パワハラと言われないためには?

(1)問題が生じるきっかけ

裁判事例として公表される以外にも、パワハラ問題として対処しなければならない事例は数多く存在します。私自身もいくつかの事例を対応したことがあるのですが、私個人の主観とはなりますが、紛争となりやすい加害者の言動としては、次のようなものが大部分を占めるように思います。

・相手の立場や環境を全く考慮せずに叱る。

・ミスは絶対に許さないという対応。

・場合によっては相手がダメになっても仕方がないと突き放す厳しい指導。

そして、このような言動のうち、法律上責任を負いやすい(リスクある言動)パターンとしては、大まかには次のような3つがあるように考えています。

・自己の価値観で一方的に相手を否定する。

・相手を受け入れずにだめ出しする。

・仕事上の注意に止まらず、相手の性格やくせなどの人格をも問題にする。

ところで、頭ではわかっていても、ついついきつい口調になってしまうという方もいるのではないでしょうか。これはあくまでも一手法にすぎないのですが、たとえば、私個人が部下に対して叱咤激励する場合に意識していることは、まず一呼吸し、あえてゆっくりしゃべる…ということです。不思議なもので、意識的にゆっくりしゃべると、感情的な発言はある程度回避できるように思います。個々人で感情のコントロールの仕方はあるかと思いますが、ご参考までに紹介しておきます。

(2)注意・指導の仕方

裁判例などを踏まえると、パワハラと言われないための注意・指導の仕方について、以下の7カ条に整理できるのではないかと思います。

①不必要に大声で注意しない。

②感情的にならず、冷静に「注意・指導」する。

③短時間でテキパキ(長くても30分を超えないようにする)。

④大勢の前で恥をかかせるような態様は回避する。

⑤「辞めろ」「お前はいらない」など、本人の存在を否定する言葉は避ける。

⑥「バカ」「能無し」など侮辱的言葉は避ける。

⑦メールで叱責する場合は不必要に多数の同僚に同時送信することは避ける。

サザエさんの波平ではないですが、大声で「バカモン!!」と怒鳴るような注意指導は、現代社会ではNGと考えるべきでしょう(①)。また、頭ごなしに否定するような発言(②)、別室にて注意指導を行う(④)などの配慮も求められます。色々とやりにくくなったという声も聞きますが、これも時代の流れと考えた方がよさそうです。

 

<2020年1月執筆>

※上記記載事項は弁護士湯原伸一の個人的見解をまとめたものです。今後の社会事情の変動や裁判所の判断などにより適宜見解を変更する場合がありますのでご注意下さい。


弁護士 湯原伸一

「リーガルブレスD法律事務所」の代表弁護士。IT法務、フランチャイズ法務、労働法務、広告など販促法務、債権回収などの企業法務、顧問弁護士業務を得意とする。 1999年、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻課に在学中に司法試験に合格し、2001年大阪弁護士会に登録し、弁護士活動を開始する。中小企業の現状に対し、「法の恩恵(=Legal Bless)を直接届けたい(=Direct delivery)」という思いから、2012年リーガルブレスD法律事務所を開設した。現在では、100社以上の顧問契約実績を持ち、日々中小企業向けの法務サービスを展開している。

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